Finally-06(157)



 マルスは声を押し殺すことが出来ずにむせび泣く。サンは号泣するリビィを支えながら、自身も泣いている。


「やるだけやってくれませんか! 無駄って事は無いですよね? だって、キリムはあんなに……これじゃキリムは何のために戦ったんだ!」


 ブリンクが目を真っ赤にし、なんとかならないのかと治癒術士に詰め寄る。だが皆は悲しげな表情で目を伏せるだけだ。イグアスはそんな皆を必死に宥めようとしている。


「俺は、最高の装備で送り出したつもりだったのに……なんだよ、キリムがいるから、俺は……俺はワーフ様とカーズになっても仲間がいるって、思ったから……!」


「先に逝くのは老い先短いババアで良かっただろうに」


「あたしらを庇って何度助けてくれた事か。良い子だったよ、この子は」


「良い子なもんかい! あたしらみたいな婆さんを置いて先に逝きよって!」


 エンキはキリムがいるならと、ワーフとのカーズを決心していた。老婆達は若者の未来の為に戦った。


 しかし、皆の思いは虚しくも儚く散ってしまった。


 そんな中、悲しみに暮れる皆の様子を見守りながらも、ノームは思う所があったようだ。恐る恐る歩み出て、召喚士達に頼みごとをした。


「あの……確かに今はステアの主さんの事で大変なのだけど、今にも消えそうなアスラや、負傷したオーディン達に血を分けてくれないかい」


「わ、分かりました」


 この場で悲しんでいても状況は好転しない。召喚士達は自身の腕を小刀で薄く切り、滴る血をクラム達に分け与える。


 アスラはようやく立ち上がり、オーディンもスレイプニルに跨る事が出来るまでになった。ステアを除き、多くのクラムを失う事だけは避ける事が出来たようだ。


「ふむ……人の子はまだ目覚めぬか」


「クラムのみんなは、無事だったんだ。怪我した人たちも、ちゃんと目を覚ました。何でキリムだけ目を開けないのよ!」


「私達が、私達がもっと霊力を持っていたら、もっとクラムに力を与えられていたら……」


「それを言うなら俺達のせいだ。ベテラン面して、何もかもキリムくんに頼った。這ってでも駆け付けるべきだったのに、回復を待っている間、出来る事があったはずなのに!」


 実際にあの場で出来る事などそうなかった。けれど誰もが自分を責めずにはいられなかった。


 そんな中、ふとミゴットが周囲を確認し、違和感に気付いた。


「クラムディンと、クラムサラマンダーがいない……」


「えっ!? まさか、消えた!?」


 まだミゴットはディンとサラマンダーに血を与えていない。その場の全員も、ミゴットに指摘されてようやく姿の見えない2体のクラムに気付いた。


 だが、召喚士は傷を負った訳でもないし、ディンとサラマンダーは確かに魔物がなだれ込むのを最後まで防いでいた。


「消えるはずはありません! 私、確かに最後までクラムディンを召喚していました!」


「私も、召喚を解いたのはガーゴイルの姿がなくなってからです!」


 召喚士は消失ではないと断言する。まさかこの状況で帰る事はないだろうと誰かが口にした時……崩れかけた屋敷の一部が吹き飛んだ。


 木片が皆のすぐ近くに落ち、思わぬ不意打ちに何人かが武器を構える。


「な……何だ!?」


「まさ……か、ガーゴイル」


 皆の脳裏に最悪の事態が過ぎる。だが爆発音と共に塵が舞うだけで、何かが起こる気配はない。


「何か、爆薬でもあったのかも」


「よー、終わったんだな! よくやったよ、あのガーゴイルを倒しちまったんだからな!」


 大きく空いた穴から出てきたのはディンだった。それに続き、サラマンダーも出てくる。


「いやあ、燭台はそのままだったし、何か燃えてたし、炎は全部吸ってきたぜ! あのまま燃えちまったら大変だからな」


「あーこれで平和って事だ、めでたいね! ……ってどうした? 感極まって泣いてんのか、そうだろうな、分かるぜその気持ち」


 ディンは満面の笑みで皆の頑張りを労う。どうやら状況が分かっていないようだ。サラマンダーと手分けして皆の荷物を拾ってきたと言い、その場にどっさりと置いて微笑む。


「あんたら……キリムがこんな目に遭ったってのに、ステアは同じクラムだろ!? 仲間の死を悼む心はねえのかよ!」


 エンキが呑気にしているディンを鋭い目で睨みつける。ディンは怒られると思っていなかったようで、サラマンダーと顔を見合わせて驚く。アスラは負傷者の手当てをしており、オーディンは我関せずだ。


「ふっ……ふぇっ、き、キリムは死んじゃったのに、ステアも……も、起きないってぇ……!」


 リビィが泣きながら状況を説明しようとする。それを聞き、ようやくディンとサラマンダーは状況を理解したようだ。


「ちょっと待った!」


「は? 死んだ? ステアの主と……ステアが?」


「おい人の子よ、死んだというのは……まことか」


「ステアの主は確かに目覚めないが……」


 ディンに続き、サラマンダー、アスラ、オーディンも驚いたように言葉を続ける。


 特にアスラなどは、先程まで成す術が無いと言っていたはずなのに、まるでキリムが死んだとは思っていないかのような口ぶりだ。


「いやいや、待ってくれ。死んだ? そんな訳がないだろ。ここに確かにいるじゃないか」


「ひ、人は、クラムみたいに消えない……から、そこに居るけど、も、目ぇ開かないんだよ……!」


 また声を大きく上げて泣き出すリビィに、ディンは心底理解できないと視線で告げる。クラムには死の重みが分からないのかと、その場の者達が怒りをも覚え始めた時だった。


「あ、やっぱり! お前ら、キリムくんが死んだと思ってんのか! そういう事か! そういう事だよな?」


 晴天の下に良く似合うディンの明るい声に、旅人や町の者達の視線はいっそう厳しく投げかけられる。だがクラム達からは深刻そうな気配を感じられない。


 耐えきれずにマーゴがディンを罵ろうかと思った時だった。


「いや、だってよ? お前ら知ってるだろ。召喚したクラムが死んだらどうなるよ? 召喚士が死んだら、呼び出されたクラムはどうなるよ?」


「え、それは……召喚士は死んじゃうし、クラムは消えるし……」


 ミゴットは召喚士達と確認し合い、リビィやマルスもそうだと頷く。ディンはそれを聞きながら、何とも嬉しそうにニッコリと笑った。


「分かってるじゃないか。じゃあ目の前にいるキリムくんは死んだのか? ステアは消えたのか?」


「……あっ!」


「あっ! じゃねーよ、ったく」


 そう、旅人達は頭では分かっていたはずなのに、実際に目の前に生じている事を見逃していたのだ。


 召喚士が死ねば、呼び出されたクラムも死んでしまう。しかし、ステアは意識がないものの消えていない。


 つまり、呼び出した召喚士は死んでいない。キリムは生きているのだ。


「で、でもどうやって目覚めさせるの? 蘇生術は効かないし、ステアは気を失ってて血をあげられないし……」


「あーほんとお前ら歴戦の強い旅人なのか? 頭真っ白で何にも考えられねえのは……まあ分かるけどよ。互いにその血をやりゃあ解決だっての」


「血……そっか! あたし、献血する! キリムにあげても構わないわ!」


 何を勘違いしたのか、リビィが閃いたと言いたげに腕まくりをする。ディンはどことなく憐れむような表情だ。


「おい嬢ちゃん、ステアの血がいるって言ってんだろうが。そんなもん、ちょっとステアの腕でも腹でもぶった切ったら幾らでも出るだろ」


 そう言ってディンが自身の剣でステアの左腕の外側を切る。口で言うよりは随分優しく、僅かに滲む程度だ。


 ディンはステアを担いでキリムの横に寝かせると、まずはキリムの額の血を拭ってステアの口に垂らす。次にステアの腕の傷口をキリムの口に当てた。


「誰か異存のあるやつは?」


 簡単だろ? と笑うディンに対し、旅人達は拍子抜けしていた。こんな事を思いつかずにさっきまで泣いたり怒ったりしていたのだ。

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