Finally-05(156)



 だが、ステアは歯を食いしばって腕を伸ばしたまま、次の動作に移らない。


「ステア?」


「くっ……抑えるだけで、精一杯だ、技が、撃てん」


「えっ」


 ステアの死月はしっかりと発動し、ガーゴイルもその鏡面に映し出されたことで捕らわれている。


 しかしステアよりも強い者が相手だからか、捕える以上の事が出来ない。ステアにとっても計算外なのは、普段見せないような苦しい顔が物語っている。


「キ……リム、お前が死月を重ねて……切り刻んでくれ!」


「俺が!?」


「出来る、俺の技を何度も見てきただろう! 俺が……力を貸す!」


 もうこれ以上抑えているのは限界なのだろう。ステアは目をぎゅっと瞑り、心なしか腕や短剣も震えている。


「分かった」


 この場で倒せるのは自分しかいない。キリムは心を落ち着かせ、そしてステアの力を感じながら両手の短剣でゆっくり弧を描きだす。


 その弧の軌跡は黒い霧を発生させ、その中心部は真っ黒とは言わないまでも、半透明の黒い水鏡のようにはなっていた。


 完全とは言い難い。それでもキリムはそれをステアの描いたものに重ね、技を発動させた。


「死月!」


 キリムが技名を口にした瞬間、耳鳴りを伴う金属音が辺り一面に響き渡った。思わず怯みそうになるのをキリムも歯を食い縛って耐える。


 その音はキリムとステアの作りだした死月が1つに合わさった音だった。漆黒の鏡面はしっかりとガーゴイルの姿を黒い円の中へ吸い込み、動きを封じている。


「今だ!」


 そうステアが大声で叫んだ瞬間、キリムは黒く大きな鏡面を剣で思い切り斬りつける……


 しかしキリムもまた、その維持で精いっぱいだった。剣は思うように動かない。


「これ以上……動かない!」


 すぐに斬り割くことが出来ないせいか、鏡の中でガーゴイルが僅かにもがき始めた。早くしなければ抜け出してしまう。


「キリム、片手を貸せ! 俺の持つ双剣を握るんだ!」


 キリムの右手をステアの左手が掴む。


「うぉぉぉぉ!」


 キリムもステアも鬼のような形相で、力を出し切る事、目の前の標的を切り裂く事だけを考えていた。


「斬れ!」


 ステアの声と共に剣が振り下ろされたその瞬間、黒い鏡面は真っ二つに裂け、その部分から小さな破裂音を伴ってヒビが伸び始める。


「割るんだ!」


 ステアの声に、キリムは左手に持っていた短剣を両手で握り、熾焔斬を繰り出す。


 だがキリムが鏡を見た瞬間。


 そこにあったのは捕らわれ半分になりながらも大きく口を開いた、ガーゴイルの姿だった。


 そして続いて重なるように浮かび上がったのは、ガーゴイルの口を手で塞ごうとしている1人の老人の姿。


 キリムはその老人に心当たりがあった。


「もしかして……デル?」


 キリムがそう口にした時。デルの口が何かを呟いているのが分かった。


「デル……なんだ」


 キリムがデルに気を取られている間に鏡が割れる。しかし一瞬遅かった。


 キリムとステアには、ガーゴイルの最期の力を振り絞った渾身の炎弾が放たれていた。


 それはキリムとステアへと命中し、2人は粉々になったその黒い板と一緒に、体ごと吹き飛ばされてしまった。





 * * * * * * * * *





「何の音だ!」


「何かが……割れた?」


「いや、炎弾がまともに当たったんだ!」


 ダーヤが部屋に駆け込んでくる。治癒を行う間、開いた扉から様子を覗いていたのだろう。マーゴがニジアスタの肩を担ぎ、老婆達は杖をまさしく杖として使いながらよろよろと続く。


「……ガーゴイルは?」


「倒したのか!」


 鏡が割れる音、そしてそれに続いた爆音と共に、ガーゴイルは消えていた。


 辺りには土埃の立ち込める薄暗い静寂だけが残っている。一体どうなったのか、見ていたダーヤもはっきりとは分かっていない。


「キリムくんは……どこだ!」


「クラムオーディン、クラムアスラ! 戦いを見ていたよな、どうなったんだ!」


「……人の子とステアはよくやった」


「よくやったじゃねえ、2人は何処に行ったって聞いてんだよ!」


 ニジアスタが尻尾を膨らませ、珍しく声を荒げる。隣の部屋も静かになっており、レッツォ達もキリム達が戦っていた部屋に入って来た。


「魔物が全て消えた! 終わったのか!?」


「キリムは? キリム!」


 ミゴットが皆を押しのけ、青白い炎を上げる何らかの残骸の前に立つ。


「どうなったの? ねえ!」


 周囲を見回すも、誰も答えられない。


 召喚士達は必死に耐えていた霊力の維持をやめ、その場に倒れ込む。召喚を解かれたクラム達は、血を強請ることなく状況を把握しようとしていた。


「俺はガーゴイルに弾き飛ばされ、その瞬間を見ていない」


「私も、爆風と煙で詳細は見えておらぬのだ」


 唯一居合わせたアスラとオーディンは最後の瞬間をその目に映していなかった。


「ま……さか」


「おい! キリム・ジジがいたぞ!」


 ミゴットの顔が暗闇でも分かる程に青ざめ、唇が震え始めたその時、部屋の隅でデニースがキリムを見つけた。その横にはステアも倒れている。


「キリムくん! クラムステア!」


「キリム! しっかりして!」


 すぐにダーヤがキリムを抱き起こし、頬を軽く叩く。


「う、動いてない、ど、どうしよう、動いてない…」


 旅人達は、ダーヤの言葉を聞き、まさかとショックを受けていた。ステアもピクリとも動かない。


 その場の誰もが何も言葉を発せず、この場をどうすればいいのかも頭が働かず思いつかない。放心状態になっている。


「俺……キリムくんが、ステアの力を借りて、凄く強くなって、真っ黒な鏡にガーゴイルを閉じ込めた所までは見たんだ」


「人の子はステアの力を宿し、最後には奇跡のような展開でガーゴイルを封じた」


「倒したんだな⁉︎」


「勝利したのに……!」


 そこまで追い込んだ功労者が、まさか相討ちによって倒れるなどとは誰も思っていなかった。


「と、とりあえずここから出よう! 皆、負傷者を担いで外へ! 屋敷が崩れるぞ!」


 天上からパラパラと壁や橋の欠片が落ちて来る。


 皆は負傷した者、魔力を使い果たして姿を保てなくなったアスラ、負傷して動けないオーディン、そしてキリムとステアを手分けして担ぐ。


 そして崩壊が始まった屋敷から脱出を始めた。





 * * * * * * * * *






 皆が屋敷から脱出する頃、この館の使用人の女と共に外にいたメンバーは、崩れそうな屋敷を不安そうに見守っていた。


 もういよいよ倒壊するという状態になった時、滑り込みで外に出てきた一行にホッとしたものの、脱出する事が出来た皆の顔には安堵の色が一切ない。


 リビィとエンキの目に、担がれた姿のキリムとステアが映る。リビィはスレイプニルの手綱を足のおぼつかないオーディンへと渡し、キリムの傍に駆け寄った。


「どう、したんですか?」


「ま、まさかデルに逃げられたのか!?」


「……いや、デルには勝てた。おそらく」


 そうレッツォが言葉少なく返事をするも、声色は芳しくない。


「キリムくんが、負傷した」


「それは見たら分かる! ねえ、治癒は? 回復掛けたら……そうだ、蘇生術を掛けたら起きられるんですよね!?」


 必死に良い案を出そうとするリビィに対し、ダーヤは俯いたままだ。その様子を見てマーゴは事態を察していた。


「そうか、キリムくんは回復が効きにくいんだった……クラムアスラ! あなたなら」


 マーゴの声に、ミゴットがハッと気づいてアスラを召喚しようとする。だがアスラは消耗が激しく、実体を保つだけでやっとだった。


 アスラは回復が殆ど効かないキリムのため、戦いの間ずっと自身の力を注ぎ続けていたのだ。


 まるで葬式でも始まるのかという程暗い雰囲気の中、町の防衛に向かっていたマルス達も帰ってくる。


「みんな! 町の防衛は成功だ!」


「って屋敷が……どうなったんだ!?」


 ブリンクとイグアスに続き、やや遅れてマルスとサンが追いつく。町の者も大勢が駆け付け、何があったのかと口々に聞いてくるが……事の真相を知る2人は倒れたままだ。


「キリムは、確か回復が効きにくいって……蘇生術、蘇生術は試しましたか!?」


「掛けているさ。だけどノウイでの情報を聞くに、ステアの力を借りなければキリムくんは目覚めない」


「そんな……」


 サンは力が抜けたように、その場にすとんと座り込んだ。その横で、マルスが静かに呟く。


「……つまりキリムは、死んだって事か?」

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