Finally-04(155)



「ギエェェェ! ギェェェェーーー!」


「うるっさい! 回転斬!」


「双刃斬」


 ステアはキリムの攻撃に重ね、ガーゴイルへと攻撃を畳み掛ける。サラマンダーがガーゴイルの体を焼かんとしているせいで、ガーゴイルは嫌がって暴れるだけとなり、爪や尻尾での攻撃も殆ど繰り出さない。


 キリムはクラム達と共闘し、更に魔法や技をお見舞いしてガーゴイルの消耗を誘っていく。


「グォォォ!」


「みんな避けて! 炎の弾が来る!」


 キリムはガーゴイルの挙動をしっかりと覚えていた。皆がすぐにガーゴイルの側面に回り、炎弾は全く見当違いの方向へと飛んでいく。


 ガーゴイルは畳みかけられる攻撃と妨害で、思うように動けない。それに加え、ステアと互角に戦う事が出来るクラムが数体いる。形勢は逆転していると思われた。


「レッツォ達が雑魚を引きつけてくれているお陰だ。ミスティの時よりも戦い易い」


「ああ、そうだな! さて、俺はあの勝気なおっさんの所に戻るぞ、あっちの戦力にも不安がある!」


「こっちにはオーディンがいる、お前は向こうを守れ」


 ディンとサラマンダーがレッツォの加勢に向かい、戦える者はキリム、ステア、そしてオーディンだけとなった。それでも立て直しは十分だ。


 ただクラムが守ってくれるとは言え、大きな翼や長く硬い尻尾での攻撃は命取りになる。キリムは慎重になりながら攻撃を繰り出していた。


「グオォォォ!」


「本当に……攻撃効いてるよね!? 全然……弱らない!」


 徐々に削っていくだけの状態が続くと、確実に圧しているという自信と同時に、いつまで戦い続けるのかと不安も生まれていく。キリムの技の威力が心の迷いから鈍くなり始めた時だった。


「尻尾を見ろ! 来るぞ!」


「避け…! ぐっ」


「キリム!」


 ステアの目の前でキリムが尻尾に弾き飛ばされる。オーディンは噛みつきを防いでいて、尻尾の攻撃を防ぐ手段が無かったようだ。


「くっそ……」


 キリムが倒れ込み、両手を床について血を吐く。それはできるだけステアには見せたくない姿だった。


 危機を目の当たりにすると、ステアはクラムとしての本能が働いてしまい、捨て身でも魔物へと向かってしまう。


 キリムにとって、本能で動くステアは理想の姿ではない。キリムがステアに対し望まない、あるべきでない姿だ。


「ステア、駄目だ! ステア!」


 キリムは咄嗟に召喚を解こうと腕輪に触れた。だが、魔窟で同じような事が起きた時、霊力が切れて召喚が解かれても、暴走が止まらなかった事を思い出す。


 その間にもステアは自身の力を無意味と思える程溢れさせ、ガーゴイルへと向かっていく。


「ど、どうしよう!」


 キリムは何とかしてステアを止められないかと考える。


 その時、ふと理想というキーワードから1つの可能性に気付いた。


「俺の……理想のステア! そうか、そうなんだ!」


 キリムは召喚を解くのではなく、静かに呼吸を整えてステアの固有術を唱え始めた。カーズとなった自分達の結びつきは、何も信頼だけではないのだ。


 固有術を唱えると同時に、キリムはステアにどうあって欲しいのか、理想と希望をありったけ詰め込んでいく。


 敵を殲滅する力、人に対する優しい心、キリムを誰よりも信頼し、育ててくれる頼もしさ。こんな場にあっても冷静さを失わず、キリムを導いてくれる……


「ステア」


 キリムの願いを込めた澄んだ声は、ガーゴイルやステア達が激しくぶつかり合う空間では聴き取れない程だった。


 だが、ステアには伝わっていた。


 ステアは自分を取り戻し、キリムへと振り向く。明らかに今までとは違う、とても濃い霊力がステアに流れ込んでいた。


「これは……」


 未だかつてない程に力が溢れてくる。ステアはガーゴイルの残った片翼を斬り裂いた。


「ギエエエエェ!」


「この、力は……」


 今までガーゴイルの隙を突かなければ、致命傷を与える事は出来なかった。だが、今の斬撃では、確かに警戒心丸出しのガーゴイルの翼が半分になった。


「ステアは……俺の理想のクラムだ! そう在ってくれなきゃ困る!」


「そうか、俺はお前が望む姿になろうと、こんな力を」


 ステアは不敵な笑みを浮かべ、そして攻撃を重ねていく。その横ではキリムが同じようにガーゴイルに攻撃を与えている。


 キリムはステアが教えたつもりのない技や、体の捻り、宙返りを加えた斬撃を繰り出していく。


 ステアが面倒を見れば見る程、キリムは強くなっていく。クラムであるステアに全幅の信頼を置き、そしてステアを誰より案じてくれる。


「ああ、俺は……こんな風にキリムといられたらと願っていたんだ」


 そう呟いた時、ステアもまた気が付いた。ステアにとっても、キリムは理想の主なのだ。あるべき主従であり、キリムはステアの求める姿そのもの。


「キリム」


 クラムが召喚士を召喚するなどという発想は、今まで全くなかった。


「今から……お前を呼ぶ。キリム、俺のために強くなってくれるか」


 ステアがキリムの事を念じて名を呼ぶと、キリムの体は一瞬赤い光を纏う。


「えっ、何……!」


 キリムは自分の体に何が起こったのかと驚き、ステアへと目をやる。


 いや、驚いただけで、自分の体に何が起こったのか、キリムはすぐに理解していた。ステアの力が宿っているのだとすぐに気付く程、漲る力を感じていたからだ。


「な、なんか、行ける気がする!」


 戸惑いを含んだキリムのやる気に、ステアは思わずフッと笑みが零れた。緊迫した状況を打開するにはやや覇気が足りないが、ステアはそのキリムらしい言葉を頼もしく思えた。


 キリムが覚醒し、気力が増したことが分かったのか、圧されつつあったガーゴイルは新たな強敵の存在を認識し、対抗するように憤怒する。


 体に纏っていたうっすらとした黒いオーラはいっきに濃くなり、攻撃の1つ1つが全力のものとなっていく。負傷した手を強引に動かし、よく見れば爪も倍ほどの長さになっている。


「ステア、そしてその主よ。ガーゴイルの姿が変化した。心せよ」


「尾に気を付けろ! 来るぞ!」


「避ける! ……風車!」


「花鳥風月」


 キリムの力は明らかに上がっていた。ステアの力を借りたおかげで、その斬撃の重みはステアにも劣らない。


「グォォォォ!」


「炎が来る、耐えられるか」


「勿論!」


 ステアの敏捷性を備えた事で、キリムは今まで避けられなかった攻撃も躱すことが出来るようになっていた。ステアの理想を追いかけ、キリムは更に力を増して技を放つ。


 ガーゴイルの渾身の攻撃も、キリムとステアには敵わない。


「攻撃が増してるって事は、それだけ俺達の攻撃を嫌がってるって事だよね!」


「ああ、効いているという事だ」


「うん!」


 尾による攻撃をオーディンが槍で防ぎ、体力はアスラが回復してくれる。最高のお膳立てをしてくれるクラム達のためにも、キリムは自身の手でガーゴイルを、そしてデルを止めたいという思いを強く抱く。


「キリム、今までと同じ技では時間が掛かり過ぎる! 別室のディン達の召喚はそろそろ限界だろう、死月を撃つ隙が欲しい」


「分かった! 後ろ足……落として動きを止めよう!」


 キリムがそう叫んだ時、ガーゴイルは既に黒く淀んだ空気のゆがみを作り出していた。炎に変わったその塊は、跳び上がったステアに向けられている。


 その様子に気付いたアスラが防御魔法を掛けようとした時、オーディンが持っていた槍を全力でガーゴイルへと突き刺した。


「ギエェェェ!」


「我が槍グングニルでも滅びぬか」


 ガーゴイルの放った炎弾は、オーディンの攻撃が当たった弾みで逸れ、ステアのマントを掠めるようにして壁へと当たった。


 その衝撃で地下室の天井までもが一部崩れ、辺りには土埃が舞う。槍を突き刺したままのオーディンは防ぐを術を失い、ガーゴイルの尻尾による反撃をまともに喰らって吹き飛んだ。


 そんな中にあっても、ガーゴイルの視線は……ステアに向けられていた。


 その一瞬の隙をステアは見逃さなかった。


「死月」


 キリムの前に飛び出したステアは、しっかりと力を溜めて死月を繰り出した。いつもより大きく描かれた黒光りする鏡面に、ガーゴイルの姿が映し出される。


 ガーゴイルは必死に顔を持ち上げようとするが、金縛りにあったように動けない。


「やった! 決まった!」


 額の血を拭いながら、キリムは勝利を確信した。


 このまま死月が決まれば、ガーゴイルの体は粉々に崩れ、炎を上げて燃える筈だ。

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