Finally-03(154)



 * * * * * * * * *




「今、キリムくんの悲鳴が……」


「どんな事があっても、あたしらが手を止めたら皆死ぬばい! 隣の部屋ではまだレッツォ達が戦っとる! あっちにガーゴイルが行ってしまったらどんな酷い事になるか」


「あたしらはね、覚悟を決めてきたんです。私はさっき、もう死んだと思っとりましたわ。一度使い果たした命を、誰かの為に使えんと意味がないとです」


「くっそ、助けが来るわけじゃないってのに……」


「ここを守れなかったら、あの坊やを道連れにするのと一緒ですよ! 助けるのは私達ばい!」


 治癒術士達は、まだガーゴイルが自分達を狙っているとは知らない。ダーヤは悔しそうに横たわる者達の治療をしている。ニジアスタには無事に蘇生術が効いたが、まだ目覚めない。


 トルクが弱気なダーヤを叱りつけたその時。


「そう、だよな。俺達がやらなきゃ……」


「助けが来ない? クラムを見くびって貰っては困る」


「よっしゃ、暴れてやろうぜ!」


 ふと背後が明るくなり、暖かな空気が流れてきた。そこにいたのはサラマンダーとディン、そしてステアだった。


「何を呑気に喋っておる。ステアの主の危機なのだろう。この場は私に任せ、お前たちはさっさと戦いに行くが良い」


「あ……クラム、アスラ!?」


「そなたらの治癒を願う心、私が引き受けよう。だが召喚されておらぬ故、どこまで出来るか」


 アスラがそう言ってふっと口から息を吹いた瞬間、その場に倒れていた者達が起き上がった。皆がきょとんとした目で状況を確認しようと辺りを見渡している。


「な、何が……」


「治癒術士らよ、そなたらの魔力を使わせてもらった。霊力を使うには及ばぬが、体を動かすくらいはできよう。外でワーフが待っておる、体勢を整えてくるがいい」


 アスラがステア達に憤怒の顔を向け、闘志を授ける。


「行くぞ」


 ステアは部屋の扉を蹴り開ける。そして部屋の奥に見えるガーゴイルの背に向け、両手に持つ2本の剣先を定めた。





 * * * * * * * * *





 部屋の中では、壁の残骸に埋もれたキリムが起き上がれずにいた。ガーゴイルはキリムを放置し、部屋の入口へと向かっていく。


「……だ、めだ!」


 なんとかしなくてはと、キリムは自由になる右手で短剣を握りしめ、力を込めて瓦礫の隙間からガーゴイルへと短剣を投げる。


 その短剣がガーゴイルの翼を掠めると、ガーゴイルはとても苛々した顔で振り向き、キリムにとどめを刺そうと戻ってきた。


「ファイ……ア!」


 キリムはファイアなど効き目がない事くらい百も承知だった。ヤチヨやデニースの魔法ですら致命打にならなかったのだ。


 ガーゴイルの口内に、禍々しい闇が集まり始める。今度こそ駄目だと分かっていても、キリムはそれが部屋の外にいる者達に向けられないようにと、再びファイアを放つ。


「ギエェェェェ!」


 ひと際大きく口が開かれ、ガーゴイルが今にも炎弾放とうかという時、その体が大きく傾いた。


「おっと、お前の相手は俺だぜ!」


 今まで誰もいなかったはずの空間に、男の声が響く。


 ガーゴイルが振り向こうとする瞬間に、ガーゴイルの翼の付け根が大きく斬り割かれた。


「その声……まさか、ディン?」


「まさかとは何だい。ヘッ、俺を召喚してくれてる綺麗な嬢ちゃんに感謝しな!」


 隙がある分しっかりと力を込めることが出来たディンの一太刀が、ガーゴイルへとしっかりとしたダメージを与えたのだ。


「熾焔……斬!」


「ギエエェェァァァァ!」


「ステア!」


「済まない、遅くなった」


 ステアの声がし、それと同時にガーゴイルの左翼が床に落ちる。バランスを崩したガーゴイルが一度倒れ込むと、今度は炎の塊となったサラマンダーが立ちはだかる。


「ギエエェェァァァァ!」


「うるっせえ! ディン、俺ごと叩き斬れ!」


「りょーかい! 後で痛いなんて言わないでくれよ、サラマンダー!」


 サラマンダーはガーゴイルの顔を抱きかかえるようにして視界を遮る。熱さで身をよじるガーゴイルめがけ、ディンの更なる斬り付けが決まった。


「グォォォォ!」


「俺は炎そのものになれる。斬れねえし、引き剥がせねえよ。残念だったな」


 サラマンダーを引き剥がそうと、ガーゴイルはその場で暴れだす。それでもサラマンダーは離れず、ディンは次々と傷を負わせていく。その間、ステアはキリムを瓦礫から掘り起こそうとしていた。


 ステアが大きな壁の破片をどけてやると、キリムはなんとか自力で這い出てくる。


「ステア! 良かった、戻って来てくれたんだ」


「当り前だ。お前が時間を稼いでくれたおかげで、応援を呼ぶことが出来た」


「怖かった……とにかく避けまくってたけど、ちょっと無理だった」


「痛い思いをさせてすまない。血が出ているが、大丈夫か」


「額を切ったのかも、今更痛くなってきた」


 キリムの左目の横を、赤い筋がつたう。だが、ガーゴイルを睨むその目力は損なわれていない。


「ステア、今のうちに俺の血を飲んで」


「分かった」


 ステアはキリムの額から流れる血を指の腹で掬う。それを口に含んだ後、好戦的な笑みを浮かべてガーゴイルを見据えた。


 キリムは短剣を1本だけ構える。もう1本は投げてしまったため、ガーゴイルのすぐ足元に落ちているままだ。


 キリムはまずそれを拾う為、ガーゴイルの後ろへと回り込んだ。そして短剣を拾ってすぐに距離を取ろうとした瞬間……


「おいサラマンダー! ディン! いったん離れろ!」


 ガーゴイルがサラマンダーを引き剥がそうと暴れ狂う。運悪く、ちょうどのタイミングでガーゴイルの右翼と尻尾がキリムへと襲い掛かって来た。


 動けないが、死ぬことはないだろう。そう思ってキリムが歯を食いしばった時だった。


「我が槍にて貫かん」


「え、だ……誰!?」


 短剣を掴んだまま動けないキリムの前に、全身を黒い甲冑で包んだ大柄の男が現れた。手に持った槍の柄でガーゴイルの攻撃を防ぐと、男はガーゴイルの背に長い槍を突き刺した。


「……我が名はオーディン。悪しき者を狩る存在」


「クラム、オーディン……」


 オーディンは馬から降りないと教わっていたキリムは、目を丸くして驚いていた。もっとも、実際に人の前でスレイプニルから降りたのは今日が初めてだ。


 オーディンは槍を使ってキリム達を攻撃から守ってくれている。キリムはすぐに転がっていた自身の鞄まで走り、回復薬をいくつか飲み干した。


「よし、正直体中痛いけど……全力でいきますか!」


「おい、ディン!」


「ステア、おいディンって呼ばれるとオーディンのおっさんと聞き間違えるじゃねーか! オーディンの事はおっさんって呼んでおけばいいんだよ!」


「我が名は如何なる時もオーディン、ただそれのみ」


 クラム達が見せる余裕のおかげで、キリムにも勝とうという闘志が戻ってくる。その闘志はアスラが送ってくれたのかもしれないが、今のキリムにとって必要な物である事に違いはない。


「貴様ら随分と余裕だな。その調子で全力を出して倒してくれればよいものを」


「うるせー! お前は俺達に助けを請う立場だろうが!」


 ステア、ディン、サラマンダー、そしてオーディンの4体は全く手を抜くことなくガーゴイルへと攻撃を繰り出し続ける。


 その姿を見てキリムが負けじと戦闘態勢に入る。駆けだそうした瞬間、部屋の入り口からヒールが飛んできた。


「クラム……アスラ!」


「久しぶりだなステアの主よ。そなたの奇異な運命は、私をも戦場へ駆り立てる。実に興味深い」


 アスラはそう言うと、顔を幾つも重ねたように瞬時に変化させ、そして能面のような顔で落ち着いた。その瞬間、キリムに言い知れぬ勇気と力が湧いてくる。


 廊下では「俺の出番が無いじゃん!」と大声で抗議するダーヤの声が聞こえる。それに対し、ニジアスタが「素直に助かった有難うって言えばいいものを」と言う声も聞こえてきた。


 皆が無事でいる。キリムはそれを知って更に気合が入った。もうこれでこの場を守らなければならないという焦りや不安はなくなったのだ。


「これで目の前に集中できる!」

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