Finally-02(153)





 * * * * * * * * *





 ノームが屋敷の外に応援を呼びに走る少し前。


 ダーヤやレベッカの治療を受け、戦力にはならないが動ける者達が一足先に屋敷の外に出ていた。その満身創痍な姿を見て、外を警備していた者達が絶句する。


 ローブが焦げてボロボロの者、鎧が凹み、もう使い物にならない者、血まみれの者……。それぞれの姿を見れば、流石に自分も助けに入ろうとは思えなくなる。


 なにせ中には等級8や10のベテランにクラムが数体いるのだ。そこに等級5や6の者が入ってどうこうなるとは思えなかった。


「どうしよう、ああ、本当にこれじゃ……」


 命を落す覚悟で来た者ばかりではない。勿論、怪我くらいの覚悟はあっても、明らかな死へと向かえる者などそうはいないだろう。そんな狼狽える者達の前に、1体のクラムが現れた。


「大変だよ! 屋敷の中でみんなが……」


 ノームだ。ノームは屋敷の中の惨状を伝えに来たのだ。


「あ、ああ。さっき出てきた人たちに聞いた。でも、どうすれば……俺達の力でどうにかなるとは思えない」


 ノームの呼びかけにも、旅人達の反応は芳しくない。ノームはしばらく考えた後、回復の担い手が足りないからせめて後方支援をしてくれと頼み、その場から消えた。瞬間移動をしたのだ。


「わ、私……直接対峙しないんだったら行きます。治療する魔力は十分だし!」


「そ、それなら俺は護衛してやる!」


「俺は負傷者を外に運ぶ! 中よりも外の方が安全だ」


 ノームの呼びかけで覚悟を決めた1人の治癒術士を皮切りに、皆が出来る事をやろうと動き出す。レッツォ達の情報も耳にすると、数人はレッツォの加勢に回ると名乗り出た。


「よし、みんな……」


 そうしてその場にいる旅人が全員で屋敷の中に入ろうとした時だった。


「おーい!」


 皆の遥か後方から叫ぶ声が聞こえた。振り返るとそこにはブリンク、イグアス、やや遅れてマルスとリビィ、そしてサンの姿があった。


「あんたらは……確かキリム・ジジと再会した仲間の」


「ハァ、ハァ、そうです、ハァ……あの、町の外に、魔物が大量に……」


「何だって!?」


「け、結界は大丈夫なのか!?」


 息を切らす5人の衝撃的な告白を聞き、さあ屋敷に入ろうと意気込んだ者達に動揺が走る。今まさに屋敷の中では死闘が繰り広げられているのだ。


 自分達が救いに行かなければやられてしまう。だがそれは町なのか、屋敷の中の者なのか。二手に分かれられる程の余力はない。


「今、屋敷の中で皆が大変な状況なんだ! 悪いが町の防衛にまで手が回らない……」


「え、キリムは、キリムは大丈夫なんですか!?」


「ミゴット姉ちゃんは、他の皆は……」


 リビィとマルスが咄嗟に詰め寄る。サンがそんな2人の肩を叩き、視線を誘導する。その先には血まみれで座り込んだ者、装備が破壊されてしまった者の姿があった。


 等級2の彼らからすれば、全員が手の届かない程高い所にいるベテランだ。そんな者達が傷付き、戦闘から離脱している事で、中がどういう状況なのかを察しないはずはない。


 この場に余力など一切無く、無事だと言い切る事も出来ないのだ。


「あの、デルと戦ってるんですよね? デルと戦うのは無理でも、町の防衛なら出来るって人はいないんですか!」


 サンが皆に呼びかける。2人程が力を振り絞って立ち上がるも、足を引きずって結界の前に立ったところで、亜種がいたなら太刀打ちできない。


「どうする……お、俺はとりあえず結界に戻る! 俺達が屋敷に入っても役に立てないけど、外ならなんとかなる! 1人でだって守るさ!」


「俺も行こう、ここで迷ってる暇はない」


 ブリンクが駆け出し、イグアスがその後に続く。サンは回復役がいないと戦えないと言い、まだ整わない息のまま2人の後を追った。


「どうしよう、キリムがやられちゃう! でも私達……」


 リビィは泣きそうな顔で魔導書を握りしめる。リビィも自分達が屋敷に残ったところで足止めにすらならない事は理解していた。だが目の前の友をどうにもできないとなれば、パニックになるのも仕方はない。


 なにせ、リビィやマルスはまだキリムと同じ17歳なのだ。


 10歳以上も年上の旅人達は、そんな若者に任せざるをえない現状を不甲斐なく思い俯く。しかし今は悩む暇さえ惜しい。自分達がやらなければならない事のため、連合の旅人達は屋敷の中に入ろうとした。


「よーし、屋敷の中に入ろう!」


 ふとその場に似合わない軽い声が上がる。不謹慎にも思える声に眉をひそめて振り向くと……


「えっ?」


「いやあ、ちょっと集めすぎちゃったかい」


「うわっ……酷いな。でもワーフ様、装備補修のし甲斐がありますね」


「うん、みんなが戦っているんだからやるしかないね!」


「私は先に中で皆の治癒をしよう。憤怒の心が欲しければ授ける」


「……クラム?」


「エンキ! クラムワーフ!」


 そこには数体のクラムとエンキがいた。ノームは屋敷の中に戻ったのではなく、クラムの洞窟まで仲間を呼びに行ったのだ。


「よっしゃ、装備が壊れてる奴は脱げ! えっと……人数ってこれだけか?」


「え、あ……中にまだ沢山」


「連れて来てくれ! 炉は無いけど叩いて治せる部分は直す、火は……魔術士がいれば何とかなる!」


「火は私が出す! あ、でも……町の外に魔物が大群で押し寄せて来てるの!」


 リビィはエンキの加勢を申し出たいところだが、ブリンク達3人では町を守れないと打ち明ける。それを聞いたノームが名乗り出ると、他にも何体かが協力を申し出た。


 そしてあっと言う間に屋敷と町の防衛を手分けして行う事が決まり、町の防衛に向かうクラムがマルスと5,6人の戦える者を抱えて走り出した。


「マルス! みんなをお願い!」


「ああ! そっちが片付く頃には殲滅しているさ!」


「スレイプニルを見ていてくれ」


「えっ?」


 ふとリビィの横に馬に乗った1体の黒い甲冑姿のクラムが現れた。良く見れば馬は8本足で、明らかに動物ではない。


 クラムは馬から降りると手綱をリビィに預け、自分の足で屋敷の中に入って行った。


「クラム、オーディンか……驚いた」


 旅人の一人が目を真ん丸にして驚いている。オーディンはクラムの中でも最高峰と言われる戦神だ。


「実は、各地で魔物の動きが活発になっていてね。ランダム召喚でかなりのクラムが出払っているんだ。屋敷の中に向かえるのはオーディンとアスラくらいしかいない」


「それでも……頼もしいです! あの、キリム達をお願いします!」


 リビィが腰を90度に曲げ頭を下げる。そんな若者の姿を微笑ましく思ったのか、アスラはとても穏やかな顔を向けた。


「人の子よ。私達はその誰かを想っての願いや祈り、ひたむきさを持つ者が好きだから、こうして出てきたのだ。期待には応えよう」





 * * * * * * * * *





「くっそ……!」


 ステアの戻りを今か、今かと待ちわびながら、キリムはガーゴイルの攻撃による衝撃と痛みで顔を顰めていた。


 キリムはあちこち壊れた部屋の中、壁際に追いやられ、もう逃げる場所がない。いや、もっと言えばキリムの体は壁に打ち付けられ、めり込んだ状態にあった。


 それでもガーゴイルから視線を逸らすまいと、キリムは目をしっかりと開く。しかし最悪なことに、ガーゴイルは羽ばたきの真似をしながらこちらに突進しているところだった。


 壁にめりこんだ体を起こしてその場を離れるほどの時間はない。キリムは短剣を交差させて持ち、ガードを試みた。


 その瞬間、ガーゴイルがキリムヘと突進し、キリムの姿は粉砕された壁と巻き上がる埃によって見えなくなった。


「ギェェェェ!」


 キリムが瓦礫に埋もれた事で戦う相手が居なくなったガーゴイルは、次には部屋の外に見える光に反応を示す。


 そこには必死に蘇生術を試みるレベッカとダーヤ、そして回復し、今度は蘇生する側に回ったトルクと、もう一人の治癒術士がいた。


 彼らが大きな音に不安を覚えても、一刻を争う蘇生術や、回復の手を止めることは出来ない。


 治癒術士だけでは戦う術はない。誰か1人でも全快できなければ、治癒術士達は1分ともたずに全滅だろう。


 もはやこの場を凌ぐことは出来ない。そんな4人の危機的な蘇生・回復という戦場に、ガーゴイルは大きな足音を立てながら近づいていた。

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