IDENTITY-08(146)
* * * * * * * * *
ステアがゴーンへと装備を持って行ってから数分後。
談笑していたキリムの許に、ステアがまた戻って来た。遥か西に位置するゴーンは明るいが、日の沈みが遅いとはいえ、エンシャントはもう薄暗い。
ステアは持って行ったものよりも色の淡い麻袋を2つ担いでいる。どういう事かと首を傾げる皆の前で、ステアは麻袋の口を開いて見せた。
「これは、果物じゃないか!」
「食え」
「こっちは肉? おい野菜もあるぞ! ど、どうして……」
「我が主の為に貴重なものをくれたのだから、礼はせねばならん。足りないなら買って来てやる」
「いや、十分だ! エンシャントでは瑞々しい果物や新鮮な肉なんて滅多に食べられねえんだ。ああ、とても嬉しいよクラムさん」
エンキからの貰い物をそのまま渡すのではなく、ステアは自身の手持ちで新鮮な食材も購入していた。キリムが旅の途中、美味しいものを食べたいと常々言っていたから喜ばれると考えたのだ。
「ステア有難う。お礼を考えてくれたなんて……すみません、俺からは何も出来なくて」
ステアがとうとうそこまで気遣いの出来るクラムなったと、キリムは驚きと共に感動している。
「金の出処は一緒だ。キリム、お前は従者に手柄を渡してどうする」
「有難うよ旅人さん! あんたが優しいから、呼び出したクラムもこうやって礼をしてくれるのさ」
2人は先を急ぐと言って皆に別れを告げた。賑やかな鉱山の者達の見送りを背に受け、頭を下げると再び夜の街道を走り出す。鞄には何故か逆に持たされてしまった林檎が5つ入っている。
途中で休憩をしながらも、日付が変わる頃には北東の村を超え、翌朝には最北の村に着いていた。
北東の村には最北の村から戻る途中のネクサスがいたのだが……キリムは立ち寄らず、通過してしまった。
* * * * * * * * *
最北の村リースは山の斜面に築かれており、想像していたよりもせまい村だった。石を積み上げて造られた簡素な家が並び、門をくぐれば斜面を登る坂道しかない。
山の斜面をくり抜いて石で固めた鍛冶場を過ぎると湧水池があり、斜面をジグザグに巡らされた水路が何度も道を横切る。
「どこかで行き違いになったのかな、この村を目指してたネクサスはどこにいるんだろう」
「野宿の際に火を消していたなら気付かない。どこかですれ違っていたのだろう」
朝は湿度が高く、霧がやや立ち込めている上、寒冷地であるため夏でも寒い。もしキリムがまだ完全に人であったとしたなら、装備を脱いだだけの薄着では震えていただろう。
人気の少ない道を歩いて数分、前方に村人らしき姿が見えた。キリムが駆け寄って声を掛けると、厚手のポンチョを身に纏った女性は、珍しい訪問者に驚きつつも親切に応えてくれた。
「あのすみません!」
「はい? あんれ、どうなさったね、そんな恰好ばすて」
「あ、ちょっと人を探しに……この村に旅人が滞在していませんか?」
「旅人? なんぬつか前に、えーれえ沢山の旅人やあ行列つぐってくだども」
「ここを目指してたネクサスのみんな、もう帰っちゃったのか。他に5人組の旅人は、いませんでしたか?」
キリムの顔には焦りが見える。ここに寄っていなければ、通り過ぎた北東の村にいたのか。そんな祈るようなキリムの表情を察したのか、女性は微笑みながら教えてくれた。
「たすかに5人組のめんこい子達ばくだど。すばらぐ村長やあ家なん泊まっでたども、あどがらくだ旅人達とけえっただや」
「こ、この写真の……」
キリムが写真を見せると、女性は笑顔のまま頷く。
「ああよかった! ステア、マルス達は無事だったよ!」
「ネクサスと合流しているのなら安心だろう。俺達はズシに戻るぞ。女、世話になった」
「なんも、なんも」
キリムは教えてくれた礼として、鉱山で持たされた林檎を5個全部女性に渡す。驚きと嬉しさで声が出ない女性に深々と頭を下げ、そしてステアと共に村を後にした。
せっかく未踏の地を訪れたというのに、キリムは居ても立ってもいられなかったのだ。
「帰りに追いつけないかな!」
「ズシで待っていれば帰ってくる」
「あ、そっか」
キリムはステアの瞬間移動でズシへと戻ってすぐに宿へと駆け込み、ミゴットにマルス達の無事を知らせた。マルス達を連れたネクサスが戻って来たのは、キリムとミゴットが肩を抱き合って喜んだ翌日の朝だった。
「あ、サンだ!」
「キリム! あー久しぶり! 元気にしてた?」
「それはこっちの台詞だよ! ああ本当に心配してたんだ、良かった……」
ネクサスの中からはマルス、リビィ、ブリンクの3人も顔を出す。
「キリム! 悪いな、色々と道中に話は聞いたけど……各地で大変な事になってるんだって?」
「うん、もう北西の洞窟で真新しい装備の残骸を見つけた時には、体の力が抜けたよ」
「北西……?」
キリムが北西の洞窟で体験した事を聞かせると、まだその話を聞いていなかったネクサスの者達が仰天し、自分達が行かなくて良かったと冗談交じりに胸をなでおろした。
しかし、マルス達は強い魔物の話を聞いてもあまり驚いていない。キリムが何故だろうと考えていると、ブリンクが1人の少年を横に立たせた。
銀色の髪に色白の肌、少し気の弱そうな顔をしているものの、体格はキリムよりも良い。
「こっちはイグアス。このエンシャントで知り合ったんだよ。旅客協会がないからパーティーは組めないけど、訳あって一緒に行動してる」
「はじめまして、キリム・ジジです」
「はじめまして。俺はイグアス、多分君の1つ年上になるのかな。驚いたよ、まさか本当にマルス達があの有名な召喚士キリムの友人だったなんて」
イグアスは噂から想像し、キリムの事を屈強で自信家な少年だと思っていた。まさか自分より華奢だとは思っていなかったと素直に打ち明ける。
「な? キリムは俺が言った通り男前だろ。隣にいるのがクラムステアだ」
マルスは自慢の幼馴染だと言ってニコニコとキリムの紹介を続け、そして隣がクラムステアだと告げた。
「イグアスさんはこのエンシャント出身なんですか? 見る限りでは旅人のようですけど」
「ああ、俺は旅人だ。長剣を扱う剣術士だ。エンシャントには……仲間と渡って来たんだ」
「渡航が制限されているのに……って事は」
イグアスは肩を落としてゆっくり頷く。北西の洞窟でマーゴ達と話していたように、お金になるものが手に入ると思ってきたらしい。
「俺達は、エンシャントは貴重な素材が手付かずだと聞いて、一獲千金のつもりで来たんだ」
「その仲間はどこにいる。見たところお前しかいないようだが」
ステアは当然の疑問を投げかける。仲間と一緒に来たと言いながら、マルス達と共にいるのは不審に思われも仕方がない。ステアの問いかけに対し、イグアスは言い難そうに答えた。
「仲間は……死んでしまった。知らなかったんだ、外は自分達でもなんとか倒せる程度だったのに、雨宿りのつもりで入った洞窟の中で、出会ったことが無いほど強い魔物が……」
「洞窟って? まさか……ズシの北西の」
「動物の格好をした恐ろしい魔物が出る洞窟だよ。多分君がさっき話した洞窟の事だ、真新しい装備は……」
キリム達が見つけた装備は、イグアスの仲間の物だった。キリムとステアは顔を見合わせて頷く。
イグアスは力なく笑い、後悔をにじませる。洞窟内で皆が推測した通り、若く未熟なパーティーが知識もなく入り込み、強い亜種に襲われて逃げる事も出来ずに死んでしまったのだ。
「俺は……お前だけでも逃げろと言われて…逃げたんだ」
「イグアスさんだけでも逃げ切れて……良かったです」
「良かった? 良かった訳ないだろ!」
イグアスはキリムの慰めに対し、怒りをぶちまけた。キリムを睨みつける目は次第に赤く充血していく。
「目の前で……仲間が切り裂かれて、喰われて……そんな仲間に逃げろと言われたんだぞ! あいつらが……助けてとも言わず俺の盾になって……背後で断末魔を聞きながら、俺は見捨てたんだ。逃げたんだ」
「それは……」
「あんな強い魔物相手じゃ弔いも出来ない! 洞窟の中に入るのを一番嫌がったのは俺さ、だから一番最後尾にいた! いつも俺を守ってくれた4人が、俺達が守るからと言って先に進んだんだ! 俺が守る側だったら、止めていれば……!」
イグアスの青い瞳から悔し涙がこぼれる。キリムはイグアスに掛ける言葉が見つからなかった。
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