IDENTITY-07(145)



「えらいことだ、いやしかし町から来る奴はどう見ても人だったぞ!」


 キリムがズシの住民の事を告げるも、誰もが知らなかったようだ。驚いて怯えるようなそぶりすら見せる。


「俺達は、その事実を町長から聞きました。町長も人の体を使って生み出された魔人だと。そして、生みの親がデルだと教えてくれました」


「そのデルって奴が、魔物を人に変えたのか? それは俄かには信じがたい話だ」


「本当……だと思います。でも外の魔物とは正反対なんです。むしろ旅人を恐れて逃げ出すくらいに」


「クラムである俺と同じだ。中身は違うが、人と生活に大差はない」


 そうは言っても……と不安そうな皆の中で、1人の若い男が手を上げて立ち上がった。そしてキリム達の目の前まで出てくると、皆の方を向いて口を開く。


 握った拳は僅かに震えていた。


「……俺、俺はその魔人かもしれない。本当は北の村じゃなくて、生まれはズシなんだ」


「え、とするとお前、魔物なのか!」


「いや、さっきこの子が魔人って言ってたべ」


 誰も知らなかったようで、その場にいる者達が驚きのあまり固まってしまう。本人も自覚がなかったらしい。


「だってお前、俺達と同じように働いて、飯食って、風呂入って……なあ?」


「ああ、冗談だろ?」


「俺は育ての親しか知らないんだ。実はいつも村に帰ると言ってこの結界の外と中を出入りする時、体に電気が走るような痛みがある。そうか、俺の体には魔物の血が入っているから……」


「結界が大丈夫っつう事は、2世、3世は魔物の部分が薄まっているのかもしれないってことか」


 恐ろしいものを見るような目線を覚悟していたのか、青年は力なく笑う。すると、別の者も立ち上がり、自分もそうだと言って告白した。


 それに続くように数人の男と、エプロンをしている女のうち2人もズシ出身であると名乗り出た。


「これで分かって貰えたと思います。ズシの魔人達は全然怖い存在じゃないんです」


「ああ、ああ……。長年一緒に働いてきて、今更言われても、なあ? もう俺達は仲間としか見れねえし」


「私たちも、じゃあどうしろと言われたところで困るだけよ。だってあんなに料理も上手で、私たちが教えてもらったくらいなのに……まさかそんな人種がいるとは思わなかった」


「細かな疑問点は、いずれ誰かが代表してズシの町長に聞きに行くとしよう。なに、正体が魔物だろうと動物だろうと、追いだしはせん。悪い事さえしなければ皆仲間だ」


 中年の男が豪快に笑い、魔人である事を打ち明けた若者のうち1人の背中を、励ますように2度叩く。


「有難う、ずっと知られたら働けないと思って黙っていたんだ、すまねえ」


「何がすまねえだよ。誰だって素性なんざ洗いざらい語っちゃいないさ。俺は遠い昔、結婚してた事があんだよ。子供もいた」


「えっ!? そうなのか!」


「ああ、そうとも。言ってねえ事なんて幾らでもある。言わなきゃいけねえ事を言えばそれでいいんだ」


 デルが生み出した亜種のうち、人型の者達は本当の人として懸命生きているだけに過ぎなかった。キリムはそれを感じ、そして鉱山の者達が理解してくれたことに安堵した。


「それで、あんたの言う亜種が何かは分かった、それが討伐理由だったのか?」


「いえ、違います。問題は動物を素にして生み出された魔物の方なんです。そちらを俺達は亜種と呼んでいます」


 キリムは先日の洞窟での戦いの事を話した。動物に見えても中身は凶暴な魔物で、その見た目では判断できず、遭遇すれば確実に殺されるだろうと警告をした。


「その亜種の全貌は分かりませんが、知恵や感情を手に入れた事で更に強くなったようなんです」


「聞いたことがあるぞ、ラージ大陸の村が魔物の大群に襲われたことがあると。確かあのマルスって子が言っていた」


「もしかして、それが亜種の仕業と」


 キリムは頷き、ステアが説明の補足を行う。1週間後には村に戻り、デルへと対処法を尋ねるのだと告げると、皆が初めての話ばかりで動揺しながらも、キリム達のことを応援してくれた。


「なんだかよく分からねえが、村を襲われるというのは辛いことだ。それを防ぐためなら俺達も応援する。おい、この坊主に何か持たせられるものは無いか!」


 この鉱山のリーダー格らしき男が、キリムに土産物を持たせようと下っ端に声をかける。その者達は慌てて鉱山の入り口まで走っていき、しばらくして重そうな袋を抱えてやって来た。


「馬鹿! こんなに持って帰れねえだろうが! なあお2人さんよ、実はこの鉱山のある場所の真反対には、かつてケントシティって町があったんだ。そこも魔物に襲われて消えた町なんだよ」


「その頃はまだ魔物も少なくて人の往来も活発でね。俺の父親は北側に逃げのびたのさ」


「俺らの上の世代には身内を失ったもんが大勢いる。そうか、あれはデルって奴が生み出した魔物の仕業だったのか……頼む、仇を討ってくれ」


「はい。かならず方法を見つけ出して、村や町へ魔物が襲撃を行わないようにしてみせます」


 キリムは「好きなだけ持って行け」と言われて差し出された袋の紐をほどき、中を見てみる。名は分からずとも、そこには貴重と思われる鉱石がたくさん入っていた。


「い、頂いていいんですか?」


「ああ、俺達のハンマーやつるはしに使っているくらいだ、少しくらい問題ねえ。俺達の本業は石炭と鉄鉱石さ」


「なんて贅沢な……ステア、どうしよう」


「そうだな、これもエンキに預ける。待っていろ、1分で戻る」


 そう言うと、ステアは軽々と麻袋を肩に担ぎ、瞬間移動をした。





 * * * * * * * * *





「おおう!? ステアか、びっくりした……今度は何の用だ?」


「エンシャントの鉱山で、貴重な鉱石を譲り受けた。お前達なら使えるだろう……ワーフも来ていたか」


 ステアがエンキの工房に現れると、ちょうど食事をしていたのか、エンキが驚いてパンを喉に詰まらせた。ゴーンはまだ昼頃だ。


 エンキは牛乳で慌てて流し込み、ハアッと深くため息をつく。その横ではワーフがエンキの膝に縋りつくように泣いていた。


「……どうした」


「ううう……おいら、もうエンキと一緒じゃないと鍛冶できないよ、何も思い浮かばない、もうおいら駄目なんだ……」


「最近ずっとこんな調子なんだよ。ワーフ様、大丈夫ですって、少し作るのをお休みしてもいいのではないですか?」


「おいら、作っていないと意味がないんだ、クラムである意味がないんだ……うゆゆゆゆ……」


 ワーフはエンキに召喚された時にはとても機嫌がよく、持ち前の想像力と技術で様々な物を作りたがるという。だが、1日が終わって洞窟に帰ると、とたんに言い知れぬ不安と寂しさで何も手につかないのだ。


 ステアは「やはり」と言って腕を組む。


「……お前達もあるべき主従なのではないか? そうだとした場合、お前はどうする」


「俺もキリムの話を聞いて色々考えたさ。悩んだ結果、やっぱり鍛冶を極めるのは捨てがたい。俺はもしあるべき主従ってやつだったら、カーズとやらになってもいいと思ってる」


 エンキはもうとっくに覚悟が出来ているようだ。ではなぜワーフはこんなに悲しんでいるのか。


「も、もし……でも、でも……ぐずっ……エンキがおいらのあるべき主じゃなかったら……おいら悲しくて生きていけない」


「面倒臭い奴だな。おい、ワーフ。俺とキリムが帰ってくるまでに覚悟を決めておけ。貴様が弟子の思いを踏みにじってどうする」


 エンキはワーフに貰った鉱石を見てみましょうと誘い、そしてズタ袋の中を覗いて尻もちをつく。


「こ、こ……これ! アダマンタイトじゃねえか! こっちは何だ? この黄色の鉱石は見た事がねえ! ワーフ様、泣いている場合じゃありませんって!」


 まるで子供をあやすようなエンキと、すっかり不甲斐なくなってしまったワーフの様子を見て、ステアはため息をつく。


「俺は帰るぞ。エンキ、とりあえずワーフを召喚してやってくれ。ワーフ、貴様……鍛冶の神として今の己を誇れるか」


「……ううう、誇れない……誇れないんだあ、おいら……エンキのあるべき従者じゃなかったらどうしよう……!」


「ワーフ様……あ、ステア待ってくれ! エンシャントがどんな所か知らねえけど、貰いもんの果物があるんだ、皆で食ってくれ」


 エンキは貰ったズタ袋と同じくらいの大きさの袋に、オレンジやリンゴなどを目いっぱい詰めてステアに渡す。ノウイのゴジェとミサから送られてきたものだ。


「礼を言おう、それとワーフ。その不甲斐ない志のままでキリムの装備には触れるな、穢れる」

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