IDENTITY-06(144)
「この町に装備を直せる鍛冶師なんていないよね」
「……そうだな。おい、装備の修理をしたい奴はどれくらいいる」
ステアは自身の装備も傷だらけだが、キリムの次に、鎧を破壊されたニジアスタへと視線を向ける。結果、マーゴ、ニジアスタ、リャーナ、ブグス、キリム、それにステアの6人が装備の修理を希望した。
上級者が集まるネクサスで、近接攻撃を行う者の装備は全員ボロボロ。それだけでレッツォ達は亜種の恐ろしさが分かったようだ。
ステアは手を上げた者に、装備を脱いで袋に入れろと告げる。特に頼んだわけでもないのに、ステアは皆の装備の修理まで考えていたのだ。
万全の態勢で挑まなければならないと考えての事だが、マーゴ達はキリムがステアの事を「優しい」と言う意味が分かったようだ。
「ワーフとエンキに直させる。他の鍛冶師に頼みたいなら自分でなんとかしろ」
「あ、いや……お願いする」
ステアは皆の装備を集めると、そのまま瞬間移動をして消えた。そしてエンキの工房に装備を置き、数分で戻って来た。
「金を幾らか渡しておいた。足りなければゴーンで帰りに支払え」
「あ、ああ……」
「じゃあ装備もないし、1週間くらいはやることなしか。釣りでもして待っていようかな」
町がホテルを解放してくれたらしく、皆が泊れるようになったという。疲れを取ろうと皆が宿に戻る中、キリムはミゴットに伝言を頼んだ。
「ミゴット姉ちゃん、俺……マルス達を探してくる」
「えっ!? だって防具を今預けたところでしょ? その格好で……」
「武器はある。戦わずに走れるし、カーズになって体力には自信があるんだ」
「ここまで来てこう言うのも変だけど、無理してないよね?」
ミゴットの目には明らかに不安の色が窺えた。キリムまで何かあったなら、正気でいられないのだ。キリムは少し考えた後で「見てて」と言うと、軽く準備運動をした後で駆けだす。
「えっ……」
ミゴットはまるで汽車のように速いキリムの走りに驚く。黒髪がその風圧で大きく乱れ、ミゴットは髪を掻き分けながら目を真ん丸にしていた。
「こんな感じ。カーズになって、ステアの身体能力が少し備わったんだ」
「そ、そう……だ、大丈夫ならいいけど。気をつけてね? ぶ、ぶつからないようにね」
キリムが元気に手を振り、そして今度は小走りで町の東を目指して消えていく。ミゴットもすっかり頼もしく強くなったキリムに小さく手を振り、笑顔のままため息をついた。
「キリムは成長してるんだな。良かった」
* * * * * * * * *
時々休憩をとりつつも、キリムとステアは夕方近くに鉱山へと辿り着いていた。
道がなだらかな登りとなり、左手に木々の生い茂る山の斜面が迫りだすと、その先に松明が見える。丸太を綺麗に立てて並べた頑丈な門の前には、警備担当と思われる者が数人立っていた。
キリムは走るのをやめて歩いて近寄り、その中の1人に声をかけた。
「あの、すみません!」
「なんだ、お? そんな軽装でこんな所まで……」
キリムは旅人と名乗ろうとしたが、装備を着ていない事を思い出した。旅人だが仲間が近くにいると言い訳し、旅人証だけを見せた。
「実は人を探しているんです」
「先日も10人ちょっとの集団が来たばかりなんだが、何かあったのか? 失踪か」
「4人組で、俺……僕と同じ歳くらいのパーティーが来ませんでしたか」
キリムはマルス、リビィ、ブリンク、サンのそれぞれの顔や装備の特徴を告げる。それを告げると、別の男が思い出したように確かに来たと返事をした。
「良かった! やっぱり無事だったんだよステア!」
「そのようだな」
「ああ、確かに来たよ。旅人が来るのは珍しいから忘れることはないけど、確かにそいつらが1週間くらいここの手伝いをしてくれた。4人じゃなくて5人だったが」
「ああ、あの5人か! それは10人ちょっとで来た旅人の一行にも伝えたはずだ」
「もう1人、ですか」
「キリム、お前はノウイで確かに4人を見送ったのだろう? その時に一緒に向かった者がいたのか」
やはりズシで鉱山方面へと足を伸ばしたパーティーが言う通り、鉱山の男たちも4人ではなく5人だという。しかしキリムの伝えた特徴と、鉱山に来た若い4人の特徴は合致しており、人違いではなさそうだ。
キリムはノウイでエンキと一緒に船の出港を見送った日の事を思い出そうとする。
その日の乗客すべてを見ていたわけではないが、少なくともマルス達と一緒に行動している者はいなかった。とすると、マルス達はこのエンシャントでその1人と出会った事になる。
「それで、その5人はどこに行きましたか? 何か言っていましたか」
「北東といっても随分と距離はあるが、俺達の村の先にもう1つ村がある。そこにはここで使うようなつるはしや、トロッコのレールを加工する職人が何人もいると言うと、行ってみると言っていたよ」
「やっぱり……まだ北を目指しているんだね」
「すまないが、その5人はここに何をしに来たのか分かるか」
「いやあ、貴重な鉱石を探しているとかで、産出されるなら譲ってほしいと言われてさ。偶然鉱脈にぶつかった所だし、譲ってやってもいいと言ったよ」
「男3人は鉱山の手伝い、女2人は料理と掃除をするっつうから、1週間働かせて譲ってやったよ。流通はさせてねえが、買えば目玉が飛び出る額さ」
「そんなに……北の村ですね。目指してみます、有難うございます!」
キリムは深々と頭を下げ、ステアと一緒に再び走り出そうとする。すると、それを1人がちょっと待ってくれと言って引き留めた。
「なあ、こんなに旅人が頻繁に来るようになったなんて、一体何があったんだ? 急いでいるようだが俺達に教えて欲しい」
「……じゃあ、せっかくなので俺が知っている限りの事なら」
キリムとステアは門の中へと通された。その際にずいぶんと立派な結界装置が作動している事に気付く。この場所は結界によってしっかりと守られているのだろう。
2人はそのまま門から入ってすぐの広場に椅子を用意され、そこに腰掛ける。すぐ目の前には大きな焚火、そして奥には鉱山の入り口が見えた。
広場の脇にはコテージが並び、次々と鉱夫が出てくる。ちょうど食事が終わった頃だったのか、厨房係とみられる10人ほどの女達も、エプロンをしたまま出てきた。
「えっと、はじめまして、俺はキリム・ジジと言います。召喚士です。こちらはクラムステア」
ステアは口を開かず、やや動いたかどうかという程度のお辞儀をする。まずキリムは先ほど門で話したように、ここに来た理由を話し、そして次に数十人の旅人と一緒にデル討伐に来たことを告げた。
どうやらここに先に来た班はデル討伐の話はしていないようだ。鉱山の中を確認しただけらしい。初めて聞く話に驚く者も多いが、数人からは知っていたという声も上がった。
「あんたが探しに来たという少年達も、デルを倒すという動きがあるから偵察がてら来たんだと言っていた。友人が召喚士で、この大陸に渡る事を禁止されているから一緒に来れなかったんだと」
「やっぱり俺の事だ、きっとマルス達です」
「そうだ、マルスとブリンクと、イグアスだ。活発な子達でよく覚えているよ」
「俺はリビィちゃんがお気に入りだな、可愛いし気丈だ」
「なにを、サンちゃんの方がおしとやかで、ちょっと不思議な感じがいいと思わねえか」
「ブリンクっつう男、あいつは貴族の出かと思う程気品があったな。鉱夫なんかさせて後で怒られねえかとヒヤヒヤしたぜ」
鉱山の男達の話から、どうやらマルス達であることは確実だ。しかし、イグアスという名にはキリムも心当たりが無かった。
「それでよ、そのデル? っつうのは倒したのか」
「あ、いえ。本当の敵はデルではなかったんです。亜種……って分かりますか」
「亜種? なんの亜種だ?」
「えっと、魔物の、亜種です。南西の港町ズシをご存じないですか?」
男たちは顔を見合わせ、勿論知っているが普段は行かないという。
「これ、話していいのか迷うんですが……皆さんを信じて話します。まず、ズシの人達はとても優しくて、平和を愛しています。俺達もそこで泊まって過ごしています」
「ふうん、それで?」
「……住人の方々は、殆どが魔物なんです」
「えっ? ま、まま……魔物!?」
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