IDENTITY-05(143)


 戦いは長引き、武器職は重い攻撃に何度も耐えられず足が滑り、膝をつく。魔術士達の攻撃や回復は、魔力を補給しながらでも間に合っていない。


「キリムくん!」


「俺達がこんな所で苦戦するようじゃ……もしこいつらですら雑魚だったら……!」


 目の前の1体すら倒せない状況では、もう間もなく壊滅してしまうだろう。皆の頭に死が過ぎった時だった。


「ステア!」


 キリムは歯を食いしばって猛攻に耐えていた。亜種はキリムを壁に押し付け、軽鎧を牙で突き刺そうとし、肩当を噛む。そんなキリムの姿を視界にとらえた瞬間、ステアの纏っていた空気が変わった。


 キリムが大きく傷つけられたと分かり、ステアの本能が呼び覚まされたのだ。


「サザンクロス」


 ステアが高速で短剣の突き刺しを繰り出す。その1撃1撃は短剣の柄までも体内に押し込む程強力で、致命傷となっていた。表情をなくし、淡々と攻撃を繰り出すステアの様子に、皆は恐怖すら感じていた。


 背中を強く狙われて体が砕けたイノシシ型の亜種は、断末魔とも呼べる悲鳴を上げ、そして屍となった。キリムがその下から這い出すと、ステアがキリムをぎゅっと抱きしめ、周囲を睨む。


「よ、よっしゃ、あと2……体」


「クラムステア! 聞こえるか、頼む、マーゴ達を助けてくれ!」


 リャーナの声が聞こえていないのか、ステアはキリムを守ろうと周囲の全てに威嚇をする。


「ステア、ステア! あと2体、一緒に倒そう」


 キリムはステアにそう伝え、額に滲んだ血を指で掬ってステアに与える。ステアはキリムをその場にそっと座らせ、次の瞬間にはマーゴとブグスを襲う亜種達に斬りかかっていた。


「やっと助けが来た……か! もう盾は動かせない、このまま耐えるからやってく……」


「死月」


 ステアが技名を冷たく言い放つと、亜種の体が完全に停止した。現れた黒い鏡に魔物が閉じ込められ、ステアは短剣で鏡ごと切り刻む。


「今の技は……なんだ?」


 マーゴが戸惑っている間、ステアはブグスを食い殺そうとする大きな山猫型の亜種に対し、同じように死月を繰り出した。黒い炎を上げながら燃える肉片を見つめながら、皆は息を呑んでいた。


 ステアは冷たい表情のままキリムの無事を確認し、手負いの獣が子供を守るように、キリムをしっかりと抱きかかえる。だが次の瞬間、ステアはその場に膝を突き、キリムを手放さないまま倒れた。


「おい、おい! クラムステア!」


「どうなってんだ、キリムくん、大丈夫か!?」


 キリムはステアの体の下から這い出た後、大丈夫だと伝えた。


「多分……相当な無理をしたんだと思います。俺に危機が迫ると、ステアは俺を守ろうとする本能で暴走します。ノウイの魔窟で皆さんも見たはずです」


「ああ。だがそのお陰で助かった」


「だけど……これはステアの意思とは無関係なんです。ステアは俺の心配する事もできず、敵の殲滅を終えるまで止まれないそうです。これはステアの優しさとは違うから、本当はこんな手を使いたくなかったんですけど」


「ニジアスタを逃がし、自分が危険な状況を作ったって事か」


「はい」


 キリムの言葉を聞き、助けられたニジアスタや、無事を喜んだダーヤはハッとして俯いた。それはキリムとステアが肩代わりしてくれたという申し訳なさからだったが、レベッカは違ったようだ。


「坊やを危険に晒す真似を、クラムステアが許す訳がないわねえ」


「……ああ、クラムステアが無理をして何かあれば、それは召喚者であるキリムくんの命に関わる」


「そうか、クラムステアは実体で……」


「それだけやないんよ。坊やは血の契約をしとるっち言うた。強さには必ず制約がある。召喚をしていてもいなくても、双方どちらかが死んだら片方も消える……違うかね」


 レベッカは知識と経験から、キリムとステアの関係性を言い当てた。キリムは頷き、召喚していようがいまいが関係ないのだと伝えた。


「諸刃の剣、っちことやね。前回は霊力の枯渇だけやったけど、もし双方どちらかが瀕死の状態で呼び出したら」


「いや、呼び出さなくても共倒れって事だ。ましてやクラムステアは自身が瀕死であろうと、キリムくんの為に魔物に向かっていかないといけない」


 何かあればステアが救ってくれるというのは早計だった。キリムは少しずつステアの口に血を含ませる。


 これが亜種の最後の個体である事を願いながら、一行はステアの目覚めを待った。





 * * * * * * * * *





 ステアが目覚めた後、キリム達は2日半をかけてズシの町に戻っていた。鉱山を目指していたネクサスも戻って来ていたが、最北の村まで向かっていたネクサスはまだ戻って来ていない。30名の旅人は広場に集まって情報を整理することにした。


「まずは俺達だ。結論から言うと、デルには会わせて貰えなかった」


「えっ……」


「屋敷までは向かった。だが召使いと名乗る女が断固として通してくれない。かなり強い魔物を使って生み出された両親を持ち、自分は少しなら中に入れるが、それもデルに許可された時だけだそうだ」


「中の様子は?」


「デルは1日の大半を、魔物を抑え込む魔法陣の上で過ごすらしい。食事の世話などをするが、それが本当にデル本人であるか、召使いは分からないそうだ」


 レッツォ達は、デルからの入室許可が無いまま、今日に至っている。ただ召使いの話では、レッツォ達の訪問は知っているようで、伝声管からは少し嬉しそうな印象を受けたという。


「本人に会うには、本人のタイミングに合わせる必要がある、って事か」


「そのようだ」


 レッツォ達の話が終わり、次はこの町の聞き込みを行ったネクサスの話に移った。デルが若かった頃は、屋敷の外に出てくることもあったのだという。加齢と共に魔法陣の安定が難しくなり、魔物を抑え込む事に自身の1日の大半を使うようになったと推測された。


「北西の洞窟は、確かに亜種が住み着いていたね。おおよそ掃討したが……あれ以上となれば全員で掛かっても難しいわい」


「デルがそいつらを放置してでも、1体の封印に全力を注いているとなれば……かなり厄介だな」


 レッツォが考え込み、レベッカの顔色を伺う。この老婆3人が苦戦したと言うのを初めて聞いたからだ。


「後はデルに話を聞いて、倒さにゃならん亜種がおれば倒す、それしかない。焦ろうが不安になろうが、変わりゃせん」


 レベッカの発言に、レッツォがそれはそうだがと頭を掻く。キリムはそれ以上にマルスの行方を気にしていた。


「あの、それで……俺の友人達の情報、何かありませんでしたか!? 4人は北西の洞窟内にはいませんでした、もしかしたら鉱山に」


 キリムが焦りから少し早口になりつつ、鉱山に向かったネクサスに訊ねる。鉱山に向かったネクサスの15名は、少し残念そうな顔をして、首を横に振った。


「写真でも持っていれば違ったのかもしれないけど……4人組のパーティーは見かけていないそうだ」


「そうですか……」


 キリムはあからさまに肩を落として見せる。後は最北の村まで向かったネクサスの報告待ちになる。しかし、それを聞いて首を傾げたのは、その場で一緒に話を聞いていたミゴットだった。


「ちょっと待って下さい。4人組はって言いましたよね。ということは他に見かけた旅人がいたんですか?」


「ああ、まだ若い5人組なら確かに鉱山に現れたと」


「5人……」


 マルス達は4人で渡った。そして手紙を読む限り、他の旅人と出会ったという報告は受けていない。若いとなれば、ここ最近エンシャントに渡り、まだ生きている旅人が他にもいるという事になる。


「それと……鉱山の労働者は殆ど全員がズシに来た事がない」


「鉱山の北東の村の出身ばかりなの。鉱石はズシから買い付けに来る商人に売っているらしいわ」


「北東の村って、人の村ですよね? ズシは魔人の町で……」


「その通り。しかもズシから幼い頃に移り住んだ若者は、自分が魔人である事すら知らないみたい。北東の村ではデルの事すら知らないそうよ。だから鉱山でズシの事を言うのは気が引けてしまって」


 情報として確かなものは何も出てこない。この町でも、他の村でも、キリム達が知りたい事を知っている者がいないのだ。


 最北の村に向かったパーティーが戻るまで数日ある。レッツォはキリム達の装備を見て、それまでは自由行動にすると提案した。

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