IDENTITY-09(147)



 少しの沈黙が流れる中、最後のネクサスの到着を聞きつけた連合のメンバーも、全員広場に駆け付けた。しかしどうしたのかと問い訊ねられる雰囲気ではない。


 そんな中、ステアがイグアスの前に立った。


「貴様はキリムを知っているそうだが、ミスティ出身だという事も知っているな」


「だからどうした!」


「友を目の前で切り裂かれ、母親を殺され、村は壊滅状態になった。キリムの場合は4人どころではない、何百人も目の前で死んだ。勿論、悲しみは死者の数ではないが、ここには仲間を殺された者、家族を失った者が大勢いる」


「……」


「この者達は、生きているからこそできる事をやろうとしている。生きる事に価値を見出そうとしている。お前を生かした仲間達が生かして良かったと思えないような、つまらん奴なのか貴様は」


 ステアの問いかけは、いつかキリムが見た友人や両親の夢の話を汲んだものだった。


 キリムは無念にも命絶えた村の者達に、夢の中で頑張れと応援され、背中を押された。イグアスがそんな死者の気持ちを踏みにじっていると思ったのだ。


「……俺だって、強けりゃこんな事を思わないさ!」


 ステアは更に何かを言おうとしていたが、それ以上は今のイグアスに酷だと思ったのだろう。レベッカがそっとステアを制止し、ゆっくりと声を掛けた。


「最初から強い者などおりゃせん。あんたが仇ば討って、あのボロボロの装備の前で手を合わせて、骨と形見を拾ってくれる日を……みんな待っとったかもしれんわねえ」


 そう言うと、レベッカは亡くなった4人の旅人証を差し出す。土と血痕で汚れているが、顔写真と名前は辛うじて分かる。


 それはイグアスのかつての仲間だった。イグアスにとって、数か月ぶりの仲間との再会だった。


「あ、ああ……ああああ!」


 イグアスは旅人証を抱えて泣き崩れ、何度も何度も謝罪と後悔の言葉を口にした。町の住民も何事かと集まり始め、その慟哭に思わずもらい泣きする者も現れる。


「あんたを生かしたその4人を忘れなさんな。人を1人おんぶするのも重いんよ。あんたはそれを4人分背負わないけん。どれほどしっかり踏ん張らないけんか、分かるわね」


 マルスとブリンクが泣き止む事の出来ないイグアスに肩を貸し、ミゴットに案内されてホテルへと向かう。


「悲しみとか後悔ってさ、たった1人亡くしただけでも深いんだ。俺は……行き場のないそんな感情をぶつけようとした気持ち、分かるよ」


「お前がそう言うのならそれでいい。だが一番不幸なのは無念の死を遂げた者だ。悲しいと言い張る資格があるのは、その者達に向き合える者だけだ」


 そう口にすると、ステアは腕組みをしたまま、今度はリビィへと振り返った。もらい泣きしたのだろうか、目を真っ赤にしたリビィはステアと目が合って急いで目元を拭う。


「おい、ところで先月の手紙にあった下手くそな絵はなんだ」


 ステアはふいに手紙に描かれていたものの正体を訊ねる。


 ステアの問いかけに対し、リビィは少しの間、何を言われたのか理解できていなかった。悲しみや哀れみの余韻など微塵もなく話を切り替えられ、周囲の者も動きが止まっている。


 5秒ほど考えた後、リビィは「ああ!」と言って鼻声ながら説明を始めた。


「この町、すっごく感じ悪くてさ! お店を見つけたら目の前で締められるし、ホテルは満室って言われるし、泊まるなら装備を全部没収するとか言い出すし、町の中で野宿したら怒られるし!」


「リビィがその愚痴を手紙に書こうとしたんだけど、手紙は検閲されるって噂があったし、絵にして書いたらどうかなって言ったの。やっぱり伝わってなかったんだね」


「貴様らが生贄にでもされそうなのかと」


「あれは……正解するの無理だよ」


キリムは脱力し、項垂れる。


 絵心の無さ、そして伝える力の無さのダブルパンチ。生贄にされる訳でも、美味しい御馳走や装備を手に入れられて嬉しいという意味でもなかったのだ。


 杞憂に終わったのはいいが、答えを聞いてもすっきりしない。キリムはため息をつきながら、分からないのが不思議だと言いたげなリビィに対し、憐れむような目をしながらホテルに戻った。





* * * * * * * * *





 エンシャントの長い日中が終わり、21時を過ぎるとようやく夜空らしくなってきた。


 明かりが少ないズシは、町の中にいても満点の星空が見える。だがこの時期の夜空は、午前3時の日の出前までの僅かな時間しか眺める事ができない。


「3日後、装備が出来上がったらいよいよデルに会うんだね」


「亜種の事を話してくれたらいいが、果たしてまともに意思疎通が取れるのか疑問だな」


「イグアスさんみたいに、今もまだ襲われたり、仲間を失ってる人がいるんだから、協力してくれないと困るよ。悪気がなかったとしても、今は亜種を封じ込めようと頑張っているとしても、他に知らせたり頼るべきだったと思うんだ」


「その真意も3日後には分かる。キリム、お前は大丈夫か」


 ステアはキリムがデルと対峙した時、冷静でいられるのかを心配していた。今のキリムや他の旅人にとって、決してデルが憎むべき存在でなくなったとは言い難いからだ。


 デルが良かれと思って生み出したものが、結果的に大惨事を起こした。となれば、デルを悪者として見ながら、一方ではデルは善い行いをしようとして失敗したのだから、悪者とも言えないのではという感情も生まれる。


 怒りや悲しみをどこにぶつければいいのか、今は分からない状況だ。そんな不安定な心のままデルに会えば、デルの態度次第では感情の爆発も有り得る。


「お前は言わなければならない事を呑み込む。自分の感情を把握しているのか」


「うん……大丈夫、だと思う。誰かを悪者にしたいとかそういうつもりじゃないんだけど、そうだね、確かに割り切れてるとは言えないかな」


 キリムは今までデルこそが親や友の仇だと思っていた。実はそうではなかったと知っても、その憎しみをデルに向けないように努めなければ、なんとかして憎む理由を探してしまいそうだった。


 聞き分け良く振舞っているのは、そうしないと真実ではなく、矛先を向けやすい者にそれらをぶつけそうだったからだ。


 その姿を例えるなら、まさに朝のイグアスの態度そのものだ。キリムもかつて旅立ち前、ステアへと感情的に言い返したことがあった。


「1人じゃ、駄目なんだなって思う時があるんだ」


「……聞こう」


 ステアはキリムが珍しく自分の考えをまとめ、伝えようとしている事を察した。キリムはその場で見たもの、感じた事、戦いの反省などはよく口にする。寡黙でもなく、ステアを相手にしても雑談をずっと続けられるタイプだ。


 だが、キリムは優柔不断で、深く考えてそれを誰かに伝える事は得意としていない。そんなキリムが自分だけには伝えようとしてくれる。ステアはそれがなんとも心地良かった。


「ステアに連れ出して貰って旅に出て、旅って簡単だと思いそうだった時にアビーさんに会った。孤児院は現実を突きつけてくれたし、ベンガで会った仲間はちゃんと頼っていいんだって教えてくれた」


「そうだな」


「強くなる為に協力してくれる人がいて、後輩だからって面倒を見てくれる人がいて、俺を……認めてくれる人が出来た」


「ああ」


 キリムはゴーン、イーストウェイ、スカイポート、ベンガ、ノウイ……その他色々な土地での出会いを思い出していた。


 旅を続けるのは自分自身だ。誰が変わる事もできない。鍛練を続ければ強くなれるし、功績を急げば昇格だって出来るだろう。


 けれど、きっとキリム1人では心まで成長はできなかった。


「その始まりは……ステアとの出会いだったよ」


「俺も、自分の存在意義を見出せるようになったのはお前との出会いからだ」


「守りたい人達を、今なら守れる。あの時出来なかった事、負けてた気持ち。色んな人に沢山感謝もされたけど、俺は皆のおかげで変われた。ステアのおかげで、変われたんだ」


「そうか」


ステアの返事はいつも短い。だが、キリムは紡いだ言葉を全て受け取ってくれていると分かっている。


「有難う」


「ああ」


「デルの件が片付いたら、何しようかな。何処に行こうかな」


「何処へだって行ける。時間は持て余すくらいある。お前が船旅を嫌がらなければな」


「船は……嫌だなあ。でも旅はしたい。俺も飛行術を習おうかな」


「変われんと言うのか。まったく、さっきまでの話はどうした」

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