IDENTITY-03(141)
皆は装備と僅かに形のある遺骨に手を合わせながら、等級の低い者がここで亡くなった理由を推測した。
「恐らくは装備更新の金がなかなか貯まらない中、エンシャント大陸で一攫千金を狙ったのではないか」
「クラムステアの読みは当たっていそうだ。外の魔物はなんとか倒せる程度だから、この洞窟の実態を知らないまま入り込み、姿だけは動物である亜種に油断して、そして負けたのだろう」
「伸び悩むパーティーは、普段強い魔物を避けながらも、咄嗟の判断を誤って暴挙ともいえる行動を取ってしまう事があるからね。残念だ」
「この先にそのマルスって子が居ない事を祈っているよ。鉱山の情報を持っていたなら、こっちではなく鉱山に向かっている可能性もある。その先にある村まで足を伸ばしているなら無事な可能性も高い」
「そうですね。鉱山に向かっているよう祈っておきます」
キリムは皆の声を聞きながら、装備と一緒に落ちていた旅人証をカバンの中に大事にしまう。
残念なことにそれからも数十人分の遺骨や装備を発見し、その度に一行は手を合わせて旅人証を拾っていった。かなりの年月が経って朽ちているものもあれば、まだ使えそうな装備もある。
洞窟内に入って数時間でこれだけ見つかったのだから、エンシャントに渡って帰って来た者がいないと噂されるのも納得できた。
噂の真実は、この洞窟をどこからか聞きつけ、全滅し、帰って来ないという事だろう。
「なんだ」
「え?」
「今、何を言った」
「誰が?」
ふとステアが立ち止まる。洞窟の中で響いていた皆の靴音が止み、一瞬静寂が生まれる。
ステアの耳には何かが聞こえたようで、その声の主を探していた。けれど皆が顔を見合わせ、誰も何も言っていないと分かると、皆の間に緊張が走る。
「人の声?」
「いや、それが聞き取れなかったから何だと尋ねた。誰も声を発していないのなら、この先に何かいるのだろうか」
「亜種、ってことになるのかな」
「これまでの状況からすると、人である可能性は低いな」
キリム達は殆ど分岐らしい分岐もない中を歩いてきた。真正面から魔物が襲い掛かってくるのだから、人がいたなら1本道でそれらを躱して進んだのだろうか。それならば魔物や亜種に挟まれていることになる。現実的ではない。
「よし、みんなここで待っていてくれ、俺が先を見てくる。全員で行って不意打ちを喰らうと退路が詰まる」
「俺も行くよ。レベッカさん、防御魔法を張ってもらえますか?」
「あいよ。トルク、坊や達に魔法障壁もかけておやり」
「いきますよ、障壁! 自分の体力を過信しなさんな」
マーゴとキリムはしっかりと防御魔法を掛けて貰ってから、ステアを連れて先へと進んでいく。
ライトボールの光の先に、やはり何かの気配がある。人であればキリム達の声でこちらに気付き、駆け寄ってきてもおかしくはないのだが、気を許して出てくるような様子はない。
「誰か……いらっしゃいます?」
キリムが恐る恐る暗闇に向かって声を掛けた時だった。一瞬顔に風が当たってハッとするや否や、突如暗闇が動き、明らかに何かがこちらに向かってきていると分かった。
「おいおい、まずいぞ、みんな! 開けた場所まで戻れ! 全力で戻れ!」
「マーゴさん! これは」
「グォォォォォ……」
「全員でかかれる場所まで戻ってからだ! 強さが分からない上に数が多過ぎる!」
キリムが照らす先に一瞬目のようなものが光ったかと思うと、その数が一瞬にして数十にも増え、唸り声や足音が一斉に襲ってきた。
「亜種の大群が来ます! みなさん! 広い所で迎え討ちます!」
全速力で逃げるとしても、重鎧のマーゴはキリムのように俊敏には走れない。キリムに先に行けと叫ぶと、マーゴは走るのを諦めて、亜種達に対峙しながら退却する事を選択した。
「ステア!」
「任せろ」
キリムがステアの名を叫ぶと、ステアはマーゴの加勢の為に魔物と亜種の群れへと飛び込んでいった。クラムであるステアなら、魔物から攻撃されたくらいで傷つきはしない。更には恐れる事もしない。
マーゴのため、今はそんな頼もしく、かつ庇う必要のない助っ人が必要だった。
「マーゴさん、下がりながらで大丈夫です! 防御魔法で数撃は耐えられます! ステア、上手く避けて!」
「マーゴの前に出るのは一瞬だぞ」
「分かってる!」
キリムはマーゴのすぐ後ろで双剣を構え、マーゴがすぐ横を通過するタイミングを見計らい、渾身の一撃を放つ。
「剣閃!」
「ギャアアアア!」
「最前列は何とか! だけど数が多過ぎて後ろまで届かない!」
「俺がやる……破っ!」
キリムが剣閃を放ち、目の前の亜種が一瞬にして上下真っ二つに分かれて崩れた。その後方にはまだひしめき合うように亜種が折り重なっている。
熊のようでも狼のようでも、虎のようでもある獣達は次から次へと襲い掛かってくる。倒しきれないものはステアが確実に仕留めていくが、数が減っているようには見えない。
キリムは短剣を盾代わりに使って狼の噛みつきを防ぎ、マーゴに全ての敵が集中しないよう、一部を引き受ける。時折奥から鋭い爪のひっかきや体当たりが襲ってきて、それらは少しずつキリム達に掛けられた魔法の耐久力を下げていく。
「グオォォォ……」
「フーッ、フーッ……」
亜種たちはあからさまな憎悪の念をキリム達へと向け、牙をむき出しにして睨む。そしてそれぞれが重なるように襲い掛かって来る。
「くっ、ステア!」
「数が多すぎる! 俺はこちらの群れの中から切り裂いていく! お前はなんとかして皆の元へ戻れ!」
「ステアだけじゃ駄目だ!」
「俺は平気だ! 1人の方がここでは戦いやすい、お前たちが下がりきったら瞬間移動もできる!」
ステアはキリムとマーゴの前にまわり、亜種の大群に斬り込んでいく。ステアの短剣は次々と魔物の首を刎ね、キリム達へ攻撃が向かうのを防いで退避を手助けしている。
「マーゴさん、俺とステアに任せて退避を! レベッカさん達やデニースさんの守りを固めて下さい! 回復できなくなればみんなやられます!」
「……分かった、年長者として不甲斐ないが、少しだけ任せた! クラムステア、必ずキリムくんを俺達の後ろに連れて戻ってくれ!」
「言われるまでもない。双竜斬! 熾焔……斬」
ステアは、本来1体を相手にするための技を、より威力を上げて大きく動くことで複数体に当てていく。果敢に群れに飛び込んだステアに対し、亜種の牙や爪が幾度も襲い掛かり、装備を時折切り裂いていく。
ステアの足や腕は噛まれ、押さえられながら強引に動かしてる状態だ。キリムはその横でステアを守るように相手を斬り倒していく。力の温存など全く考えず、ただ出来る事をするべきは今だと確信していた。
どんなに無謀でも必ず戦うのが戦闘型のクラムだ。クラムはどんなに形勢が不利であろうと、弱音を吐くことも助けてくれという事も絶対にない。
おまけにステアは優しい。キリムの頭の中にはいつか言われた言葉が浮かんでいた。
『召喚士がクラムを守ってあげるくらいの気持ちでね。どちらも生きている事が大切』
不死身の存在だから、少々傷ついたところで気にならない……などと思うキリムではない。目の前で噛まれ、引っ掻かれるステアを放ってなどいられなかった。
暗闇からとめどなく襲い掛かってくる魔物を振り払うのをやめ、ステアはそのまま技を繰り出して倒していく。その姿は暗がりでしっかりとは見えないものの、あまり良い状況だとは思えない。
「キリム! 何故退かない!」
「ステアだけに戦わせてはおけないよ! ステアを狙う亜種は俺が倒す!」
「こんな時だけ意志の固い奴だ。分かった、俺の背中を預けよう。皆の所まで極力こいつらの数を減らしながら戻るんだ」
「そのつもり! …剣閃!」
「ギャアアアアア!」
キリムはステアが技に集中できるよう、攻撃を自分へと向けさせていた。幾らキリムが強くなったとはいえ、ステアには敵わない。ステアが思う存分動ける方が効率も良いと判断したのだ。
短剣の音、装備を殴られる音に加えて、時折動物の声に魔物の声が重なったような、不気味な亜種たちの咆哮が洞窟内にこだまする。背後から準備が出来たというダーヤの声が響くと、ステアはキリムを抱えて瞬間移動した。
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