IDENTITY-02(140)



 * * * * * * * * *





 2日目の道中も皆が戦い、ハイキングかと思うほど楽に終わろうとしていた。


 日没前に洞窟に辿り着いたがそのまま入るのは不用心だ。少し離れたところで陣を張り、半数ずつ交代で見張りをする事となった。


「俺、2日くらい寝なくても大丈夫なんです。その、血の契約のおかげであまり疲れなくて」


「あんたら2人だけならそれでええけどね。あたしらもおるんやけ、気負わんでええ、誰の期待も背負わんでええ。自分が出来る事は、必要とされた時におやんなさい」


「……分かりました。ちょっと役に立とうと必死で焦ってたかもしれません。じゃあ、先に休ませてもらいますね」


「パーティーってのはね、みんなで戦うんですよ。1人が目立っても魔物の注目を集めてしまうし、攻撃が弱いと倒せない。回復の順番を間違えたら死人を出してしまう。盾役が踏ん張らんと壊滅する。みんなが頑張るのがパーティー」


「キヒヒ、気持ちは嬉しいんじゃがの、ここにいるのは戦いたい奴ばっかりだからの。坊やの戦いは見ていて面白いがね、あたしらもそこに関わりたいから来とるのよ」


 レベッカ、トルク、ヤチヨの3人に諭され、キリムはその場にタオルを敷いて座った。ステアはキリムが寝ている間、見張りを行うようだ。


「そうですね、みなさんの力をお借りしてるんですもんね。宜しくお願いします」


「謙虚はええことよ。その気持ちでおれば死ぬことはない。傲りは人の最期だよ」





 * * * * * * * * *





 翌日、亜種が警戒などにあたっていない事を確認すると、一行は予め決めた隊列で侵入した。


 固く黒い岩の洞窟は、付近で見かけた川の浸食作用で出来たようだ。天井は人の背丈の倍以上の高さがあり、歩く分には問題なさそうだ。そんな暗くて寒い空間を、皆は時々身震いをしながら歩いていく。老婆3人は杖に跨ったまま手をさすっている。


 キリムは一応寒がるふりをして皆に合わせるが……ステアは気温など気にもしていないようだ。


 そんな中、明るいライトボールの光に照らされているにも関わらず、リャーナとニジアスタの顔は暗い。その顔を見てヤチヨは何が不安なのかを尋ねた。


「何かあったかね」


「ん? ああ、俺とリャーナの武器を見て貰えば分かると思うが、思いきり剣や槍を振り回せるほどの空間が無い。これだと突く攻撃に限られてしまう」


「という事は、実質攻撃を制限なく出来るのはそっちのお兄ちゃんと、坊やとクラムステアだけってことかい。ちと不安だの」


「事前に偵察でもして、使用武器で班分けした方が良かったか」


「なに、今更じゃろて」


 そう言いながらヤチヨが小さくくしゃみをしたとき、前方でマーゴが皆に止まれと合図をした。小声で「魔物がいる」と告げると、皆が戦闘態勢に入る。


 しばらく待つと、決して広くはない奥の方から大小様々な獣が襲い掛かって来た。


「狼、熊……おいおい、2本足で立ち上がったぞ、恐らく『亜種』だ! 俺が盾になる、すり抜けたらニジアスタとリャーナが魔術士を守れ! ブグスは後方、キリムくん、クラムステア、前頼めるか! デニースとヤチヨさんはすり抜けた魔物優先だ!」


「ステア、いくよ!」


「ああ、俺は奥の敵を倒す。お前は目の前の敵から始末しろ」


「分かった! ……剣閃!」


 キリムが双剣を内から外に振り切ると、まずは光の帯が目の前の魔物を真っ二つにした。


 双剣士は両手が伸ばせる程度の広さがあれば、十分戦うことが出来る。キリムとステアは洞窟の壁を蹴るなどして威力を付け、ただの熊や狼ではない、他の魔物が混ざったような姿の魔物へと切り付けていく。


「なかなか倒れないな、実際の中身はどんな魔物か分からん」


「見た目がある意味擬態になってしまっていて、実際の強さを測りきれません!」


「注意してくれ! 盾で防いでいるが一撃はとても重い! これは……等級2や3で相手する敵じゃないぞ」


「坊や伏せな! 業火!」


「キリム!」


「わかった……熾焔斬!」


 ステアの剣閃は、新たに魔物が襲ってくるまでの時間と、空間稼ぎだ。キリムはそれを的確に理解し、十分な溜め時間を稼いだ。


「キリムくん壁際に! アクアブレス!」


「坊やそのままじゃぞ、雷神!」


「チッ、苦しむ素振りもねえ」


 デニースがアクアブレスを唱えると、ジェット洗浄のような水の束が魔物へと襲い掛かる。本来はその威力と水による窒息で死に至らしめるアクアブレスだが、威力が足りていない。


 足止めにはなっても倒すことは出来ておらず、ヤチヨがサンダーボルトを放ってカバーした。


「双竜斬! ……くっ」


 キリムは高く飛ぶのではなく、前方へと地面を蹴って進み、体の回転を利用して亜種を斬り付ける。しかし他の個体がキリムへと体当たりをして妨害するせいで、キリムは押し戻されてしまう。


「ヒール! 防御の魔法を張ったから安心をし!」


「リジェネ! 継続回復つけてるぜ、心置きなくやってこい!」


「俊足! 迅速! キヒヒ、しかしこれ以上早く動かれると狙いが定まらんわ」


 近接攻撃職の動きを見て、治癒術士のレベッカとダーヤ、補助魔法をメインに使うトルクが回復や防御の魔法を掛けていく。


「おらぁ! こいつは押さえていく! 行け!」


 状況判断力が高いブグスが盾を使い、キリムの真横で魔物を壁に押し付け、歯を食いしばって空間を確保する。


「ブグスさん有難うございます! ステア! 熾焔斬!」


「俺も続く、熾焔斬」


「1匹お漏らしだよ、業火!」


「倒れた魔物は全部焼く! 溶岩の熱さを喰らえ! ラーバウェーブ!」


 まだ襲ってくる魔物をヤチヨが一掃し、絶命していない魔物はデニースが溶岩を呼び出して焼いていく。仲間の防御に徹していたニジアスタとリャーナは、出番がねえと呟いて武器を仕舞い、それと同時に目の前の亜種はいなくなった。


「今の襲撃はこれで終わりだろう。しかしキリムくんが言ったように、見た目と強さが全く異なっていて、どれ程の相手かが分からない」


「俺の魔法じゃ倒しきれなかった。入って10分と経たずこれじゃ、ノウイの魔窟よりも厄介だぞ」


「俺の盾でも複数体を相手にはできない。ブグスに脇を固めて貰わなかったら突破されていたかもしれん」


「これは厄介だな。デルのやつめ、こんなもん作りやがって。おまけに数も増えているようだし」


 亜種は想像していたよりも強かった。たとえば見た目は狼なのに、その中にハイランドウーガが入っているようなものだ。それに噛みつきや引っかき攻撃を警戒していたら、殴打や蹴りが飛んでくる。


 戦ってみないと分からない。かといって全てを避けるのは不可能だ。その後数回の襲撃に勝利し、一行は2時間程進んで解放感のある空間に出ていた。


「少し休憩するか。トルクさん、結界の発動をお願いできるか」


「あいよ。今日は洞窟の中で休むのも覚悟せねばならんかの」


「それは避けたい所なんだが……調査の結果を出せなければ、本当にそうなるな」


「待て」


「どうした?」


「見てみろ」



 ステアが指し示す先には何かが転がっていた。マーゴは注意しながらその転がっているものを確かめにいく。


 そしてそれが何か分かると、すぐに皆も来るように声を掛けた。


「これは装備か」


「ってことは、ここで亜種にやられたっつうことか」


「そういう事になるな。装備を見る限りではあまりレベルが高くない者達のようだ。そこまで古いものでもない」


 ブグスとステアの言葉が耳に入り、キリムはドキッとする。


「ちょ、ちょっとよく見せて下さい!」


 キリムはマーゴが見ていた装備に駆け寄り、その装備の特徴を確かめた。ステアがキリムの行動の意味を察し、その手元をランプで照らしてやる。


 鎧や杖などを手にとって暫くそれらを確かめた後、キリムはフッと息を吐いて立ち上がった。


「マルス達のじゃない」


「坊やが探しているお友達のことかい」


「貴重な資源も未知の魔物も多いからな。渡航を推奨されていなくても訪れる旅人はいるだろう」


 目の前に転がっている装備は、キリムから見ても造りが雑だった。


 エンキがどれ程精魂込めて、自分達の装備を作ってくれたのか。キリムは目を閉じて手を合わせながら、同時にエンキにも感謝していた。

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