XV【IDENTITY】~Look your fears in the eyes~

IDENTITY-01(139)



【IDENTITY】~Look your fears in the eyes~




 ズシの町を西に出て、キリム達10人+1体のネクサスは北西の洞窟を目指していた。


 町の外には樹木が殆ど見当たらない。なだらかな芝生の草原が広がり、遠くまで見渡せて気持ちがいいが、少し標高が上がると、岩肌がむき出しの山にはまだ雪が残っている。


 町から1時間も歩けばなだらかな地形も終わり、切り立った崖と岩だらけになる。


 ノウイほどではないものの、緯度が55度程度と高いため、午後3時の太陽もあと5時間程は沈みそうにない。雲の切れ間からは光も零れ、一行はにこやかだった。


「やっと! やっと久しぶりの外の世界だ!」


「魔物がいない世界を望みながら、魔物がいる世界に身を置いて喜ぶとは、どういうことだ」


「ステアも魔物倒すのは使命だとか、好きだとかって言ってたじゃないか」


「俺が存在するのは、短剣という武器があるからこそだ。しかしそうだな、魔物が居るからこそ短剣を求められているのは確かだ」


「そんな哲学みたいな話はいいからよ、さっさと洞窟を目指そうぜ!」


 ブグスがキリムの肩をポンと叩く。勿論、和やかに談笑しながら歩くだけという訳にはいかず、時折魔物も現れる。だがメンバーは殆どがベテランであり、見つけた誰かが仕方なく倒す程度で、運動にもならない。


 ただ、マルス達のパーティーであれば、数体を相手にするだけでもおそらく派手な戦闘になっていただろう。そんな中を本当に等級2や3程度の旅人が歩いたのか、一行は少々疑問にも思えていた。


「あの、夜になったら見張りは任せて下さい。召喚士の事をどれだけご存じか分かりませんが……俺、ステアとカーズになったんです」


「カーズ……よく分からないな。何か普通と違うのか?」


「血の契約を交わしたという事だ」


 カーズという言葉に聞き馴染みがないのか、マーゴ達は首を傾げる。ベテランと言えど、一般的でない他所のギルドの知識までは持ち合わせていないようだ。レベッカはその詳細を自ら訊ねようとは思わないのか、杖に跨ったまま優しく微笑んだ。


「まあ坊やがやりたいようにおやり。他の連中もそれを援護出来るだけの実力はあるんやから」


「分かりました」


 陽が沈み暗くなると、一行は荒れ放題の街道の脇を野営地に決めた。魔物は時間など無関係に襲ってくるため、本来なら結界を張るのが一番良いのだが、今日は様子見という事でキリムとステア、そしてニジアスタが夜の番をするようだ。


 携帯用の結界は非常に高価なうえ、動力には定期的に石油燃料を補給してやる必要がある。トルクがパバスの旅客協会から借りたものを1つ持って来ているが、交換用の燃料は1回分しかない。万が一のことを考え、一行は洞窟内でしか使うつもりはなかった。


 道中で焚き火用にと拾った僅かな枯れ枝に、ヤチヨが「弱く、弱く」と周りに注意されながら火種をつける。途中の休憩時間にもヤチヨが魔法で火をつけたのだが、一瞬にして全てが燃え、灰になってしまったのだ。


 かと言ってデニースが交代すると言っても、次は大丈夫だと頑なに譲らない。


「婆さん、枝を全部焼き払うのはやめてくれよ、この辺じゃ木も生えてねえんだから」


「キヒヒ、わかっとるわ。ほれ……よいせ」


「おいおいまた火が強…っと、持ちこたえたか」


「なぜあたしじゃなくて木の枝を褒めるのかの」


 ようやく火がきちんとつき、皆ホッとして笑い合う。そしてそれぞれが携帯用の食料を取り出した。暫く皆で雑談をしたのち、寝られる時に寝ようとそれぞれが眠りにつく。


 キリム、ステア、そしてニジアスタは皆の眠りを妨げないように注意しつつ、寄ってくる魔物を退治していく。


「数が多いな剣……閃! げっ、結構この技眩しいかも」


「静かに目立たず戦うというのも難しいな」


「小声で技名を唱えるのってなんか虚しいな……旋、風……」


「クスクスッ」


「おい、笑わないでくれ」


 ボソッと技名を呟くニジアスタの様子がツボにはまってしまい、キリムは笑いを止めることが出来なくなる。その反応をからかう様に、ニジアスタは更に畳み掛けるように技を出していく。


 それにステアが対抗意識を燃やしてしまい、同じく技名を小声で告げる。しまいには皆を起こさないように大声で笑おうと、キリムは戦線離脱を余儀なくされた。


 そんな面白おかしい見張り当番をこなしながら、魔物もある程度片付いた。しばらく暇な時間が続くと、キリムはニジアスタにも仮眠を取らせることにした。


 2人は周囲への警戒を怠る事が無いよう常に気を張りながらも、短剣の使い方や技の正しい型のおさらいなど、時間を有効に使う。


 しかし流石にそれも1時間程度。夜中の2時を回った頃、キリムは時間を潰す手段がなくなっていた。


「魔物も来ないし、技のおさらいもやったし……」


「他に何かしたい事はあるのか」


「ん~思いつかないな。いつも一緒にいるから、話って言っても全部知ってるし」


「俺と出逢う前の話でもいい、何かあるなら聞かせろ」


「ステアの方がいっぱい話は持ってるんじゃない? 俺に出逢うまでって、どんなだった?」


 キリムはふとステアが自分と出逢う前の様子を知りたくなった。思い返すと、お互いに出逢う前の事を話すことは滅多になかった。


 夜空には月が丸く輝いていて、南を向けば視界いっぱいに星が瞬いている。旅の途中に幾度も星空を見上げたが、砂埃や町や工場の煙などが一切ないため、エンシャントの星空は一段と澄んで見えた。


「俺はたかだか200年しか生きていない。お前と然程変わらん」


「だいぶ違うけど……例えば初めて召喚された時はどうだった?」


「初めて召喚された時か。そうだな、召喚士の間ではまだ俺の情報がなかったから、ずいぶんと驚かれたな。ドラゴン型の魔物を前にして突然呼び出された。召喚士は初老といったところか」


「そのドラゴンは倒せたの?」


「当然。パーティーの戦力はさほど高くはなかったが、あいつらは運が良かった。俺が数撃加えて終わった後、随分と感謝されたもんだ」


 キリムはステアが初めてこの世に降り立った当時の世界の事を訊く。村の学校で歴史として習った世界は、今では栄えている町も、殆どがミスティのように粗末な村だった。


 ゴーンで装備屋が入る現在の塔が建設され始めたのは、およそ100年前。ステアはその前から生きてきたことになる。その世界をその目で見てきたステアの話は、やはり人にとって興味深いものだ。


「普段からもっと俺の事を知ろうとしてくれたらいいものを」


「ごめんごめん。じゃあ、俺に初めて召喚された時の事は?」


「出番がない俺が、ノームに順番を譲って貰ったというのは話したな。どんな場面かと思えば、滅多にないくらいに弱い魔物が相手で少しガッカリした」


「俺にとっては精一杯だったんだから」


 まだ1年ちょっとしか経っていないというのに、出会いを思い返すと懐かしい。きっと、キリムはそうやって思い出を増やし、200年後には今日や明日の出来事を語るのだろう。


 忘れてもいいように、思い出せるようにと、キリムは旅日誌を付けている。船の中では無理だが、カーズになってからは、なるべくそれ以前の事も思い出した時に記すようにしていた。


「お前の血が俺の中に流れた瞬間から、俺の歯車が動き出したのだろう。それまでにも弱い召喚士に呼ばれた事はあった。だが俺が面倒を見てやらなければなどと思った事はなかった」


「父さんのおかげだ。父さんがステアに頼んでくれたから。俺はその、固有術を教えて欲しいなんて思ってすらいなかったよ。強すぎて俺なんか見向きもされないだろうって」


「俺は、まさかただ礼を言われるだけとは思っていなかった」


 話し込んでいると辺りが少しずつ白くなり、空にも色がつき始める。キリムの艶の良い髪がキラキラと光を跳ね返すようになり、眠るみんなの顔にもうじき日の光が届くだろう。


 キリムは皆を起こすため、大きく息を吸い込んだ。

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