Terminal-10(138)



 町長の話を聞き、今度はキリムではなくレッツォがその場で立ち上がった。わだかまりもあったが、今為すべき事が何かを見失うような人物なら、パバスの戦斧士ギルドの長などやっていない。


「そいつらの事をもっとしっかりと教えてくれ。俺達が倒せる相手なら俺達が引き受ける。デルに会わせて貰えるならそれが一番早いのだが」


「デル様を倒すためではない、と受け止めてよろしいですか?」


「ああ、ただ、デルにはいずれにせよ世界中の人々にきちんと話させなければならない。かなりの高齢だと思うが、だから許されるという訳ではない。自分の撒いた種だ、自分で説明する義務がある」


 町長はレッツォの要求に対し、首を横に振った。


「……デル様は、お話になることは無いと思います」


「どうしてだ」


「暴走している魔物を抑え込むため、術式の傍から離れられないからです。そうですね……私達を生み出してすぐ、まだデル様にも余裕があった頃に伺った昔話をしましょうか」


 攻撃術士だったデルは、その他にも結界術を習得するなど誰もが羨む天才だった。


 魔法の威力が高過ぎて出番がない、もしくは目立ち過ぎるという事で、パーティーを組めば剣盾士が泣いて「威力を下げてくれ」と頼むほどだったという。


 しかし、デルは攻撃術と相性の悪い治癒術を別として、召喚の素質は0だった。


 天才と呼ばれた彼だからこそ、努力など関係なく、持って生まれただけで勝負できる召喚の事はあまり認めたがらなかった。


 魔法の威力こそデルの方が強いが、召喚士は召喚の資質を持ち合わせているだけで肩を並べることが出来る。おまけに召喚士は魔法も使うことが出来るのだ。どうあがいても叶わない召喚士という存在に嫉妬してもいたという。


 その力を自分がどうやって手にできるか、デルはその研究を始めた。既に名誉もあり、旅人として十分な稼ぎを得ており、好きな事に専念するには困らなかった。


「エンシャントは元々他の大陸との交流が少なく、冬になれば南の僅かな海岸以外が氷で覆われる。夏は短く人口も少ない。狩られないため魔物も多い。なる程、研究の拠点にするにはちょうど良かった訳だな」


「ええ、デル様は当時、ラージ大陸などで始めなくて良かったと漏らしておりました」


 全ての条件に合うエンシャントの「ズシ」は、デルにとって好都合な立地条件だった。古い屋敷を買い取り、デルは研究を始めた。


 クラムを呼びだすメカニズムを探ることがついに出来なかったデルだが、その過程で想定外の発見があった。


 それは魔物が確実に発生する条件の解明だった。


「アンデッドの発生に着目していたデル様は、魔物を発生させるために最適な環境と、必要な媒体を揃えるという実験に没頭していたと伺っております。次に生きたネズミのような小動物を媒体にして、ついには魔物をアンデッドではなく生き物として、恣意的に発生させることに成功したと」


 レッツォは唸りながら話を整理し、当時のデルの行動を推測する。


「その実験は恐らく好奇心によるものであって、魔物との共存は後から閃いたんだろうな。その後の対応が雑過ぎる」


「デルが召喚士に対抗したがっとる話は聞いとったわい。けど、そんな研究をしよったとはね。あたしらも知らんかったよ」


 ヤチヨがいつもの独特な笑い声もなしに、神妙な面持ちで足元に視線を移す。


 デルが魔物を呼び出すに至った経緯を聞いた旅人達は、いつしか魔人まびとと一緒になって、「亜種」と呼ぶものをどうするかを議論するようになっていた。





 * * * * * * * * *





「ひとまず作戦を立てるにしても、その亜種の魔物はどこにいるんだ? この町にはいないようだが」


「北西にある洞窟に巣を形成しているようです。魔物は魔物を積極的には襲いませんから、私達も行くだけなら問題ないのですが、流石に怖くて近寄る事は出来ません」


「あんたらは結界の外に出れるのか?」


「デル様や大勢の犠牲によって、扉1つ程の出入り口なら確保できるようになりました」


 レッツォ達は魔物そのものではなく、亜種を倒す事によって、統率の取れた群れを減らすことにした。


 ここで魔物狩りを頑張ったところで、亜種が大陸や島々に移動出来る以上、今度はそちらで魔物を率いてしまい意味がないからだ。


 それにエンシャントに久しぶりに旅人……すなわち人が現れたなら、亜種達も襲いたくてたまらないはずだ。レッツォ率いる連合を無視して大陸に渡る事もないと考えられた。


「どうだろうか、より詳細な情報を得る組と、デルに会い作戦を立てる組、現地調査に赴く組に分かれようと思うんだが」


「現地調査に赴く組は俺達だな」


 そう宣言すると、マーゴが胸を張って鎧の胸当てを小手でガンガンと叩く。旅人等級10の老婆3名は飛行術も使え、等級8のマーゴ達はレッツォ達にも劣らない。キリムの強さは選抜試験の際に披露済みであり、ステアの強さは語るまでもない。


 唯一ブグスだけがキリムと同等級で見劣りするが、状況判断力は高い。このパーティーなら大丈夫だろう。


「ああ。俺が率先して行きたいと思っていたところだが……こうも真実だと思っていたものが覆され続けると、何が真実かを確かめずにはいられないんだ」


 レッツォは4組それぞれに役割を与え、自身はデルに話を聞きに行くと宣言した。


「町長には申し訳ないが、俺達をデルのところに案内してくれないだろうか。魔物を改造し、手に負えなくなった挙句、人を効果的に襲えるようにしたという点で、罪が無いとは到底思わない。だが誓ってデル本人を俺達が裁くことはしない」


「分かりました。役場にいる人の職員と共にご案内しましょう」


 今後の動きが決まったとなれば、後はその通りに遂行するだけだ。その場に居る者が広場から出ようとしはじめ、キリムは慌ててそれを止めた。


「あの、俺の友人がこの大陸に来ているはずなんです! ズシ行きの船に乗るまで見送ったし、手紙も届いていたから間違いないはずです。見かけていませんか?」


 キリムは昨日、今日と滞在する中で、マルス達の姿を見かけていない。手紙にあったリビィの料理……のような……絵の手がかりすらも見つかっていない。


 町の者達は旅人を見ると逃げてしまうため、キリムがどれだけ特徴を告げても、あまり鮮明に覚えていないようだ。


「稀に商人ではない者も来ますし、装備を隠していれば判断が付きません。ですが一応、情報を集めてみましょう。この町にいくつかある宿泊所や、貸家、貸部屋などを利用していないかは調べることが出来ます」


「お願いします。きっと鉱山とか、そういう所に装備の材料を探しに行ったり、魔物退治……あなた達じゃなくて、外の魔物退治をしたりしてると思うんです」


「町から頻繁に出ていく者がいれば、守衛が覚えているかもしれません。他の村にいれば分かりませんが、ズシを拠点としているならすぐに見つかるでしょう」


「他の村じゃて?」


「他の村には、人がいるんですか?」


 町長はごく自然に他の村の存在を打ち明けた。旅人達は驚くが、町長は45名の旅人達が何をどれ程知らないのか、勿論知らない。簡単な地理を説明し、現存する村の位置を地図で指し示した。


「最北と、北東の村は人だけの村です。定期的に荷物や商人が行き来するだけで、殆ど交流はありませんが。西にはケントシティの廃墟があるだけで生きた村はありません」


 村の存在が明らかになり、町に残るはずの3組のうち1組は北東の村へ、1組は鉱山へ、残るレッツォの組の15人がデルの話を聞きに行く事となった。その中にはミゴットもいる。


「ミゴット姉ちゃん、デルに……ちゃんと聞いてきて」


「ええ。ダニヤは一体何にやられたのか、何故あんな事になったのか、ちゃんと聞いてくるから」


 いよいよデルとの対峙、そしてエンシャントやデル戦の真実が明らかとなる。


 旅人達は確かな手応えと期待を胸に、それぞれの任務に取り掛かった。

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