Terminal-09(137)


「私達はデル様に作っていただいた者や、その子供ですが、人への憎しみから生まれた訳ではありません。デル様は召喚の能力を魔物にも使えないかと研究されておりました。時には北の魔窟で息絶えようとしている旅人を町まで運び、召喚士がいればその体を研究していたのです」


 町長の話は、大筋でレッツォの言っていたことと同じだった。召喚士を実験台に使い、魔物召喚を実現したということだ。その話を聞き、キリムや他の召喚士はグッと拳を握りしめる。


「デル様は自分に無い召喚の力を羨んでいましたが、召喚士を襲うなどとは考えていません。その証拠に、私達にもそのような命令はなく、私達自身にもその意思はありません」


 旅人達は、もう町長の発言に嘘があるとは思っていなかった。多少顔色が悪かったり、金色や赤色の瞳が人族からすれば珍しいだけで、容姿も語る内容も人族と何ら変わりがない。


 この町の魔人には、本当に人への害意がないのだ。だからこそ町長の話を遮るつもりもなかった。


 しかし、デルが召喚の能力を悪事に用いていないという説明にはなっていない。意のままに動く魔物を召喚できれば、村の壊滅など容易いだろう。実際、ミスティなどではそれで村の存続が危ぶまれる程の被害が出た。


 まだ旅人からの疑惑の眼差しに変化がないせいか、町長は一度ため息をつき、説明ではなく自身の見解へと移る。


「皆さんが捕まえに来たというデル様、その皆さんがデル様だと言っている者は、おそらくデル様自身ではありません」


「は?」


 町長の言葉に、旅人達は思わず眉間に皺を寄せる。今まで散々デルの行いを説明してきたというのに、ここで人違いだなどと言い出せば当然だろう。


「おい、さっきから随分とデルに都合の良い事ばかり言ってくれるじゃねえか」


「デル以外に誰がやってんだ? 召喚士の研究をして、魔物の改造や召喚に成功した奴が他にいるってのか」


 黙って聞いていた旅人側から異議が唱えられる。それは町長にとって想定内だったようだ。


「デル様に関係が無いとは言いません。人からすればデル様の行った事は許されないでしょう。旅人の体から魔物が湧く、それが我々第一世代です。デル様は人の倫理観においてやってはいけない事をしてしまった」


「ちょっと待った! まさか……」


「魔物を体に宿させたのか!? アンデッドではなく……」


「生きたまま……」


 旅人達はデルのおぞましい実験の実態を知り、愕然としていた。魔物に召喚の力を与えようという行為にも、人体実験を行っていたという事実も、どちらも想定を超えるものだったからだ。


「私たちを道徳的に否定したい、それが人として当然の感情でしょう。しかし、我々はこのように生まれたことを受け入れる、それしか出来ません。野山を徘徊し、人里を襲うような低俗な存在から掬い上げられ、規律と自我を持った種族がベースとなった事に感謝するだけです」


 魔人は自ら望んで今の姿になった訳ではない。あくまでも人側の倫理観だけでの禁忌であって、あってはならない存在だから自害しろと要求する訳にもいかない。


 ただ、魔人がどのように誕生したのかを唐突に明かされた事で、旅人達は動揺から言葉を紡ぎだせないでいた。壇上で話を聞いていたキリムも、理解が追いついていないようだ。


 暫くして、誰かが反応しなければという空気になった時も、レッツォやレベッカ達はまだ何を言うべきか迷っていた。空気は完全に冷え切っている。そんな時、やはり頼りになるのはステアだった。


「貴様らがどう生まれたかは分かった。過去の事を今更どうしろと言うつもりも権利もない。俺達の言う黒幕がデルではないというのはどういう事だ」


 ステアがいつもと変わらない調子で話す事で、キリムはハッと我に返り、今湧いている疑問が何かを整理する。


「あの、デルが生み出したのはあなた達ですよね。それと俺の故郷が襲われた事はどう関係するんですか。デルじゃない何者かは、何をしたんですか」


 キリムの問いかけで、他の者達も自分が何を聞かされていたのかを思い出し、再び頭が働き始めた。


「先程我々がどのように生まれたかのかをお伝えしましたね。実は、魔物の発生に使われたのは人だけではないんです」


 町長の言葉に、キリムは「もしかすると」と呟く。それを聞き取った町長は「ええ」と言ってそのまま続けた。


「魔物が無差別に人を襲わず、人と棲み分けることが出来るようにというのが当初の目的でした。クラムのように、召喚された魔物を操れたなら、その魔物が他の魔物を統制出来たら……魔物と人との仲介役になれる。デル様はそうお考えになりました。その際、動物の体も使ったのです」


「動物の体を使った個体は、人を襲う事を止めなかったという事ですか」


 キリムは事の顛末をおおよそ掴んでいた。そして、絶望していた。


「そうです。人に従順な犬などを用いた個体は、統率力と狩猟能力を兼ね備え、獰猛な習性を抑え込む事が出来ませんでした。そうして人を襲い、更に強く、群れで行動する『亜種』が生まれてしまいました」


 ミスティを襲ったのは、デルの意思ではなかった。


 その意味がようやく分かった時、旅人達はデルに対して複雑な感情を抱いていた。


 デルは確かにミスティの「デル戦」を招き、人々を不幸にした。しかしその原因はデルが平和を願って取った行動だったのだ。


 罪人だが、果たして悪人なのか。


「失敗の結果だけを見て悪人と呼ぶのなら、ミスティの防衛に失敗した俺達も悪だろう」


「ステアは守ろうとしてくれたんだ、悪い事はしてないよ!」


「そうだろうか。旅人を瞬間移動で大勢集め、クラムが総出で固有術を教えて回り、総力で戦う事が出来たなら守れたかもしれん。守ろうとして守れなかったのは同じだ」


 ステアの主張に対し、旅人の中には詭弁だと反論したい者もいた。だが、きちんと反論できる者はいなかった。


 それはデル討伐によって世界を平和に出来ると思っていた、自分達の認識の誤りに気付いたせいでもあった。善い行いをしようとしたとしても、もし町民からこうして話を聞けなかった場合、どうだっただろうか。


 デルを討伐していれば解決の手段を永遠に失っていたかもしれない。そうなればデルが生み出した新種の魔物を食い止めるどころか、真実を知らないままこの町の者とも敵対し、新たな火種となったはずだ。


「デル様はその者達を止めるため、我々を生み出しました。人と、魔物と、双方と対話が出来るようにとの思いです。残念ながら、殆どの者には『生前』の記憶はありません。ですが、助かる見込みがなく、なおかつ意思確認が出来る者に対しても、同意なしで施術はしませんでした」


 町長の話が真実であれば、キリム達が倒さなければならないのはデルではなく、この町の魔人でもない。デルが生み出した動物由来の亜種だということになる。


「ということは、みなさんはデルを慕っているんですよね。亜種の魔物のことはどう思っているんですか? 境遇は同じでしょうし……」


「デル様の意思、そして我々が造られた目的は亜種の暴走の阻止です。私達に力があれば、彼らと対決し、止める事も出来るでしょう。ですが現状、私たちにそのような力はないのです」


「旅人が元になっているんだろう? それなりに力を使えるはずだが」


「元の人格や記憶はありません。僅かに残っている者もいますが……もはや人の姿を受け継いだだけとお考え下さい。それに私達はデル様が万が一の時に制御できるよう、とても弱い魔物から生み出されていますから」


「ということは、亜種達は仲間ではなく、あなた方にとっての敵、だと」


「そう捉えて頂いて構いません」

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