Terminal‐08(136)
キリムの呟きは、どこかガッカリしているようにも見えた。目の前にいた魔物……いや、魔人達は悪者ではなかったどころか、デルさえも憎むに憎めない内容だったからだ。
「そうだな。一連の黒幕が自分の失敗で引き起こした出来事を後悔してるなんてな。戦いも止む無しと思って乗り込んで来たら、あんな風に幼い子が俺達相手に震え上がってるし」
「デルの失敗が、村を滅ぼしたなんて。亡くなった人の無念や、仇討ちを願う俺達の思いは……浮かばれそうにないですね」
「無情だな」
ブグスと共に部屋へ戻ると、既に他の2名は休んでいた。キリム達は邪魔にならないようそっとベッドに入り、次の日に備えた。
* * * * * * * * *
翌日も雲が空を低くどんよりと流れる天気だった。キリム、ブグス、ミゴットの3名は、朝から昨晩の話を皆に伝え、昼には広場に集まろうと呼びかけた。
その話を信じようとしない者もおり、特にレッツォは騙されていると言って最後まで渋った。
「真実やまだ見ぬ知識への探求心を失い、魔物狩りだけをやりたいなら他所でやれ」
「ステア、だから直球で言い過ぎると角が立つ……」
「フン、頭の固いこいつには、それくらいの事を言わなければ伝わるものか」
ステアは敬えない者に対して容赦がない。連合を立ち上げてくれた事に感謝はあっても、キリムにとって得にならないと判断した時点でもう用済みなのだ。
ステアの言葉に思わずムッとするも、そんなレッツォを諭したのは、やはりレベッカ達だった。
「あんたも仲間を殺されとるんやろ。こうして乗り込む計画立てるくらいやけん、憎いのは分かる」
「ですけどね、親兄弟を殺され、友を殺され、故郷を破壊された坊や達が、こうして話を聞こうっち言いよるんですわ」
「キヒヒ、相手の事情も関係なしに殺しちまおうなんて、鬼畜の所業じゃわ。どっちが魔物か分かりゃしない」
レッツォが諭されると、他の者も大人しく従うと言って折れた。皆、弔い合戦、仇討ちの加勢に来ているのであって、魔物の殺戮に来たわけではない。
真実を知りたい、悪を許さないという気持ちで来ているのであって、弔いにも、仇討ちにもならない事で自己満足に浸る気はないのだ。
町の時計で10時を過ぎた頃、町の中にはサイレンが響き渡り、淡々とした女性の声で、12時から町長による旅人への説明会がありますと案内が流れた。イオデル達も、町長への説得に成功したようだ。
「キリム君、ミゴットちゃん。話をしてくれたオーナー達はどんな様子だったかい」
マーゴはまだ会っていないイオデル達の事を知りたいようだ。彼もまた、魔物狩りがしたくて来たわけではない。
「俺達の話を聞きながら、幼い男の子が恐怖のあまり泣いていたんです。俺達が怖い、と」
「何かが……違うんです。私達の知っていた常識は正しかったのでしょうか」
「自分が何をしに来たのか、何をしたのか、分からないままとりあえず戦うなんて御免だね! 仇討ちしましたが人違いでした……なんて笑えないよな」
ダーヤがキリムとミゴットの間に入り、肩を抱いてニッと笑う。ピクリと動く耳は何か悪い事を考えているようだ。
「おいダーヤ。クラムステアに嫉妬させてえのか、まだ納得してない奴らを挑発してんのか、どっちだ」
「そりゃあ、どっちもだよ」
ニジアスタの問いかけに、ダーヤはまるで子供のような笑みを返す。ニジアスタの耳も同じように動いている事から、わざと訊ねた事がうかがえる。
「これくらいの余裕がなきゃね。自分の心を見ながら目の前の視界も確保なんて、無理なんだからさ」
昼前に携帯食料を少しだけ齧り、キリム達45人とクラム1人は町の噴水広場へと向かった。人がいなくなる前からあったのかは定かではないが、よく手入れされて雑草もほとんどない一面の石畳、手入れの行き届いた植え込み。やはり魔物らしい粗暴さを感じられない。
放送を聞きつけたからか、今日もあからさまに避けられてはいるものの、大勢の住民が姿を現している。
昨晩の話の様子では、この町の魔人には「素性がばれたら殺されてしまう」という思いがあるようだ。それを伝聞だけで改めるのは無理というもの。魔人達は遠巻きにヒソヒソと話していた。
「本当に殺されないのか」
「少なくともその気が無いように見える」
「だって、ターシンちゃん達は話しても無事だったんでしょ?」
少なくとも旅人達は恐れられているのであって、襲われようとしていない。不服そうにしてたレッツォ達もそれは感じ取っていた。
広場の時計が12時を知らせる頃、噴水広場には高さ50セルテ程の木製の演壇が用意された。そこにイオデルと痩せ気味の男がやってきて、痩せ気味の男はラッパ型の筒状拡声器を通じて住民へと話を始めた。
「みなさん! もうおおよその事情は知っているかと思います。昨日、この町には大勢の旅人がやってきました」
魔人達は顔を強張らせ、小さい子供を自身の後ろに隠れさせる。やはりこれは演技ではなく本当にキリム達が怖いのだろう。
「旅人さん、恐らくあなた達がここで武器を取れば、この町の住民は全員が死ぬことになります。1日も経たずして誰もいなくなり、あなた達が得意とする『魔物』討伐は成功するでしょう」
自分たちが魔物であるということを認めた町長の発言に、住民の間には驚きと、そして動揺が広がる。その反応はもっともな事だと宥めつつ、町長は話を続けた。
「戦いの意思はないと聞いておりますが、心を開けぬことをどうかご理解いただきたい」
その言葉に続き、旅人の代表としてキリムが壇上へと呼ばれた。この一行のリーダはレッツォだが、昨日の話を実際に聞き、信用するに足ると判断したのはキリム達だ。逆に、魔人側もキリムなら信用できると判断したようだ。
「この方は……魔物の大群に村を壊滅させられ、両親や友人を失ったそうです」
「まあ酷い……」
「大変だっただろう、悔しかっただろう」
「悲しい過去があるなら、きっと魔物の事を許せないはずね。私達を憎んでいても当然だわ」
魔人達のざわめきは、一様にキリムを憐れむものだった。人が痛めつけられて清々するという感情は少しもないらしい。
「ホテルを経営するイオデル氏が、昨晩この方の話を聞いたそうです。村を襲撃されたにも関わらず、憎しみを表さずに真実を受け止めて下さった」
キリムは壇上に上がり、そして旅人から距離を取って固まっている住民に軽く会釈をする。
「みなさん、どうか落ち着いて。この方々なら……もしかすると、デル様を救って下さるかもしれない」
キリムはステアにも手招きをすると、よく聞こえるよう、少し大きめの声を出しながら、自己紹介を始めた。
「初めまして、俺はキリム・ジジと言います。ラージ大陸にあるミスティ地区の村に住む召喚士です。こちらはクラムステア」
「召喚士!?」
「ああ、俺達は……退治されてしまうのか」
腰が抜け、1人の若者がその場に座り込む。キリムは安心させようと、危害を加える気がない事を先に話した。
「みなさんは魔物の血を引くのに、俺達の考えていた魔物とは違うようです。俺達は……デルを倒しに来ました。けれど俺は今、何と戦う為にここまで来たのかが分からなくなりました」
キリムの言葉に対し、住民の反応は様々だった。一斉にざわざわとしだすため、それぞれの言葉は正確に聞き取れない。けれどデルを倒すことを止めようとする声、外にいる魔物と一緒にしないでくれという声、勝手に来て何を言い出すのかという怒りの声が飛び交っているようだ。
このままでは収拾がつかないと判断した町長が、キリムから拡声器を受け取る。そしてキリムと旅人に対して話を始めた。
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