Terminal‐07(135)



「皆さんには信じられないでしょう。魔物は人や動物に危害を加える存在である、それもまた事実なのですから。私達が魔物であるのに、何故皆さんと同じような生活をし、旅人を襲わないのか。恐らくはそこが皆さん一番理解できない所なのだと思います」


 そう言ってキリム達の顔を順に見ていくイオデルに対し、皆は言葉を発する事もなく頷く。この期に及んで、キリム達は住民をデルを妄信的に崇める信者なのか、洗脳されて魔物と思い込んでいる哀れな者達なのかとも思っていた。


 イオデルはなおも説明を続ける。


「私達はデル様に作り出された存在です。元々、デル様は魔物を従わせるための研究をしていたと聞いています。召喚士のように魔物を自在に呼び出し、そして従えるために熱心でいらっしゃったと」


「デルが召喚士の能力を得ようとしていたって話も本当なのね。やっぱり魔物の襲撃はデルの仕業だった」


 レッツォが言っていた通り、デルは何らかの方法で魔物を召喚する方法を確立させ、意のままに人を襲わせることが出来ると考えられた。これでレッツォがキリム達を騙して連れて来たという説は消えたと言っていい。


 では僅かにいるという人は、デルの協力者なのだろうか。目の前の無力に見える魔物達を見る限り、人を襲う気があるとも、怯えている姿が演技とも思えない。


 しかし、クラムに置き換えた時、召喚主の命令は意に反するものであっても正義だ。デル様と呼ぶあたり、デルに呼び出された魔物にとって、デルは召喚士に等しい存在だろう。


 そうすると何かあればデルに従わせられ、もしかすれば意に反した襲撃に参加させられるのかもしれない。もしも平和を望む魔物が存在するのなら、ますますデルを討伐しなければという考えは強くなる。


 イオデルは質問に全て答え、ある程度全容が掴めるようになると、次の話に移った。


「私たちが魔物であり、デル様に生み出された存在ということは分かっていただけたと思います。ただ、これだけは分かって欲しいのです。我々は戦いを望んでいない。出来る事ならば人と共存の道を探したい。そして、なによりデル様の意志もまた、我々と同じなのです」


「デルに、人と魔物の共存の思いがある、と?」


 ブグスは耳を疑うかのように訊き返す。その横ではキリムが唖然としており、ミゴットの表情は怒りに満ちていた。


「ふざけ……ふざけないで! デルが人と魔物の共存を目指しているですって? じゃあ私の弟を殺したのは何だったの? 故郷を壊滅させたのは何なのよ!」


「この嬢ちゃんの言う通りだ。悪いがこっちはいくつも町や村が襲われ、大勢死んでるんだ。ミスティって村ではデルの姿も目撃されてる。何が共存だよ」


 目に涙を浮かべるミゴットを宥めつつ、ブグスはイオデルの発言を否定した。


「デルは貴様らに共存を目指していると説きながら、大陸では殺戮を行った。それでもまだ、デルは共存を目指していると言い切るのか。では我が主の村の悲劇をどう説明する」


 ステアの言葉に苦々しい顔をするも、イオデルに続いてホゼもまた、デルが共存を目指していると言い切った。


「デル様は、本当は魔物を支配するのではなく、作り変えたかったのです。しかし、デル様が考えるほど、物事は上手くいきませんでした」


「とすると何かの失敗の結果であって、襲撃はデルの意思ではないと言いたいのか。あんたらは、大陸の襲撃事件を知っているんだな」


「はい」


「こっちも魔物を狩る側だ、謝ってくれというつもりはない。だが知っていて黙っているというのも気分が悪いな」


「その点については返す言葉もありません。しかし、デル様は大陸の村を守ろうとしたのです」


「は?」


 襲撃をさせておいて、守ろうとしたと主張するホゼに対し、ブグスはあからさまに苛立つ。自分が生み出した魔物が意図せず襲い掛かったのなら、知らんふりをするデルも、守るためだったと主張する町の者も信用できない。


「デル様が生み出した魔物は2段階の意味で失敗しました。1段階目は、魔物同士の統率が取れるよう知性を与えた事。もう1つは……デル様には従わなかった事です」


 ホゼは俯き、それ以上の話は出来ない、と言って口を閉じた。


 嘘を言っているようには見えないが、この話が真実であれば、デルは故意にミスティを襲ったわけではないという事だ。結果は最悪のものだった。間違いなくデルは被害をもたらした。けれどそれは悪意を持って行われたわけではない。


 今まで諸悪の根源だと思っていたデルは、ただ自身の実験に失敗し被害を生んだだけだったというのか。何故、デルは失敗と分かってすぐに名乗り出なかったのか。


 大勢の被害者は、キリムやミゴット達は、どこに怒りの矛先を向けたらいいのだろうか。


「あなた達が嘘を言っているとは思いません。敵意があるとも思いませんし、俺達も戦いたいとは思いません。でも……そちらに都合が良すぎませんか。召喚士を根絶やしにするという話も誤解だと言うんですか」


 キリムに対し、ホゼは話せる限りの事は話したつもりだと前置きした上で質問に答えた。


「本当に、悲劇だったとしか言いようがないのです。ただ、宣戦布告という話は嘘だと思います。残念ながら私もその辺りは詳しくありません。その当時の事を知る者もこの町にいますから、それは明日、私が町長と交渉して語り手を見つけます」


「最後に、聞かせて下さい。あなた達は、その襲撃の話を聞いてどう思いましたか。魔物を痛めつける人がやられて清々しましたか」


「そんな事は思いません! 近々報復に来るだろう、それは仕方がない事だと」


「あなた達の望む結果ではなかったという事ですね」


 ホゼだけでなくイオデルも頷く。ターシンは顔色が悪く、恐怖で放心状態だ。


「……まだよく分からない事が多くて、頭の整理がついていません。でも俺達が『魔物』と呼ぶ存在とあなた達は、何か違うような気がします。明日、仲間に今日の話をします。そこで仲間がどう受け止めるか、どういった行動に出るかまではお約束できません」


「ええ、その覚悟でお話ししました」


「私達魔人はその辺の魔物から襲われるような事はありません。ですが、『魔物』は人との共存を阻害する敵でもあります。この町の住人は、自分たちが退治されると思って恐れているだけなのです。明日のお昼頃にこの町の噴水広場にお越し下さい。装備をお持ちいただいて結構ですから」


 ホゼがイオデルを見て頷くと、イオデルがターシンを運んでベッドに寝かしつける。怖がる子供を優しく撫でて安心させる姿は、ごく普通の家庭と変わらない。


 魔物を祖先に持つか、動物を祖先に持つか。その違いは今この場に限って言えば些細な事に思えた。


「ターシンの両親はこの町から出ようとして亡くなりました。この子の父親は私の息子です」


「町を出てはいけないという決まりがあるのか」


「いえ。我々魔人は然程強くない魔物から生み出されたため、町の結界から出られません」


「デル様は人です。それにこの町に訪れる僅かな商人も、僅かな人の住民もいます。ですから結界を消すことは出来ません。ターシン様のご両親は、結界に穴を空ける方法を研究しておられましたが、実験の最中に……」


「結界の力で命を落とした、か」


 よほど強い魔物でなければ、通常は結界に阻まれてそれ以上先に進めない。そこを強引に通り抜けようとすると、魔物体は分解されて消滅してしまう。ターシンの両親は編み出した方法で失敗したのだろう。


 キリムはイオデルに明日広場に集まると伝え、4人で部屋を後にした。ステアは念のためロビーに待機すると言い、キリム達は部屋に戻っていく。


「キリム、お前、結構思い切った事を聞いたな。ヒヤヒヤしたぜ」


「召喚士を恐れている理由はまだ分かりませんけど。真実って、望むものとは限らないんですね」

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