memento-05(114)



「サスタウンまでは歩いてあと最低でも2日ほどかかります。お急ぎの所本当にご迷惑をおかけしますが、私1人では北にも南にも行けないので、どうか町まで一緒に来て下さいませんか」


「もちろんそのつもりですよ。それで……ちょっと目を瞑っていただけませんか、俺の手を握って。あ、大丈夫です、変なことはしません!」


「え、目を瞑る?」


 ラミは言われた通りに目を瞑る。その隙にキリムがステアに目配せをすると、ステアは瞬間移動を行った。


 空気が変わった事に気付いたラミが恐る恐る目を開くと、小高い丘の麓に先週までラミが居たサスタウンが見えた。


 草木が殆どない礫砂漠の地に、頑丈そうな外壁がそびえている。周囲の環境に反して木々もあり、湧水地となる池を中心に栄えている。こじんまりとしていて、乾燥した土壁の家々が立ち並ぶ町だ。


「え、え? どういう事ですか? 私、もしかして気絶でもしていましたか? え、どういう事……」


「内緒です。さあ、行きましょう」


 急に変わってしまった目の前の景色に動揺し、ラミが両腕を抱えながらビクビクとして周囲とキリム達を交互に見比べる。瞬間移動というものを知らず、移動した事実を受け入れられないようだ。


「私、もしかして死んでしまっていて、これは現実ではないのかも」


「そんなことないですよ! さあ、行きましょう」


 ラミは夢でも見ているのではないかと、不安そうにキリムとステアの後を着いて歩く。


 サスタウンの外壁まで着いた後、確かに自分の知る町だと認識し、ようやく現実だと受け入れた。キリムがひとまず協会に行こうと提案すると、今度はラミが案内を始めた。


 サスタウンは南西の山を越えた場所にあるヨジコ程ではないが、豊富な水資源を利用して細々とした製鉄も行われている。オアシスに似つかわしくない鋼材屋、その他の鉄製品を扱う店も所狭しと並ぶ。


 南北を貫く広い通りを挟んだ反対側には緑地帯があり、その緑地帯の向こう側には商店や役場、そして住宅が立ち並んでいるのが見える。その更に奥には農場があるようだ。


「小さな町なのに、ずいぶんと発展しているんですね」


「ええ。でも物流となると、ここは色んな町に遠いですからね。近くの鉱山からこの町が発展したと聞いていますが、地理的な問題で大きく発展は出来ないらしいです。特に夏は暑いですし、気候が良い訳でもないですから」


「あ、そうですね。町の中は殆ど薄着の人ばかりだし、盆地は暑いですからね」


 キリムは汗を拭うラミを見て、自分が寒暖に鈍くなっていた事を思い出す。キリムやステアのようにしっかりとした装備で歩いている者は見かけない。


 キリムは周りに合わせるため汗を拭う仕草をし、ステアもこんな風に周りに合わせる努力をしていたのか、と横に並ぶステアを見上げる。


 ……が、ステアは特に何も思っていないのか澄ました顔のままだ。どうやらキリムに合わせたいだけで、周りに合わせたいわけではないらしい。


「この先です」


 ラミが案内した先には大きな石造りの建物があった。どこでも凝った石造りなのはどこの町も同じらしい。町の規模も小さく、協会の中にいる旅人はまばらで、少しチラリと見られただけで、反応は薄い。


 が、キリムがそう思ったのは最初の一瞬だけだった。


「ん? あー!」


「えっ? あーっ! あーあの人!」


 若い剣術士の女性の声を皮切りに、キリムだと気づいた者が一斉に振り向く。皆が一様に鞄から冊子を取り出してはキリムと見比べるのだ。


「えっ? 何?」


 皆が手に持っているのは情報誌なのか、ページ数はそれほど多くないが白黒で写真が多く載っている。1人の若い男性の攻撃術士がキリムにとあるページを見せ、そして一緒に写真に写りたいと申し出た。


「キリム・ジジだよな?」


「え、はいそうです」


「すげーよ、前回はあのマーゴ・ナイトが褒めてたし!」


「最新版ではミミディアさんが太鼓判を押してたもの!」


 周囲の旅人が興奮して話すも、キリムは状況が良く分からない。協会に迷惑がかかると思い、キリムはラミに後は任せると伝える。ジェスチャーで手を使い、ラミに亡くなった4人の旅人証を職員に渡してくるように促す。


 が、ラミもまた、驚いたような表情で口を閉じるのも忘れ、キリムとステアを交互に見ていた。


「き、キリムとクラムステア、キリムとクラムステア! そうか、そうだったのね! あなたはクラム……瞬間移動ってそういう事!」


 そう、キリムとステアはラミに名乗っていなかったのだ。


 知らずに一緒に行動していた事に驚いているのか、当初の目的も忘れて周囲の者と騒ぎ始める。


「こんな形で出会うなんて! でも噂通りだわ! ああ、頂いたポーションの瓶は一生捨てられないわ!」


 ラミは顔を赤らめて何度も頭を下げて礼を言う。対してキリムはこのような状況が苦手だ。早く4人の旅人証を職員の方に渡して下さいと言ってその場を立ち去ろうとした時、最後にラミが大きな声でキリムを呼んだ。


「私はやっぱりあの4人の事、許せないです! 置いて逃げられたし、話題になるのはいつもあなたや他の旅人の悪口ばかり。それでもこの旅人証を返却するのは、私まで染まりたくないから。私……私はあなたが助けて良かったと思える旅人になります!」


 その声聞いて、キリムの頬は思わず緩む。感謝を求めていた訳ではないが、キリムは駆けつけて良かったと思った。


 良い行いがそれだけで実を結ぶことはあまりない。


 時には良い事をし、努力をしても妬みや悪口を言われた。それでも、こうして無駄ではなかったと思う瞬間が、キリムを心優しいままでいさせてくれる。


 キリムはラミに向かってにこやかに手を振り、そして協会を後にする。嬉しそうな表情を浮かべるキリムを見て、ステアはデルを倒した後、このようなお節介旅が続くのだろうと笑った。


「またお前の信者が増えたな」


「信者って、応援してくれる人って言ってよ」


「他人の生き方にまで影響を与える旅人などそうは居ない、誇りに思え」


 自分が特別な存在になってしまったから出来るだけ、キリムはそう自分を卑下していた。誇りを持てと言われてもなかなかできない。


 そして、そう思っていたのはキリムだけではない。ラミの最後の話では、亡くなった4人の旅人もキリムの事をとても嫌っていた。


「敵意剥き出しだった人達の最期を見る事になるなんて、なんか後味悪いな」


「結末としては相応だったと思うが。まあ、奴らなりにプライドは守れたのだろう」


「どういうこと?」


 キリムはステアの意図するものが分からずに首をひねる。


「生き永らえて、馬鹿にしたはずのお前に助けられるという、無様な失態を犯さなかったからな」


 ステアの言い草に苦笑いをしつつ、キリムはゆっくり休もうと宿屋を探し始める。


 2人が出ていった後、協会の中ではまだキリムの話題で持ちきりだった。行動を共にしたラミを羨ましがったり、一緒に写真を撮った者は、その場でカメラから出てきた1枚を楽しみに眺める。


「一緒にいた時の事を教えてよ! やっぱり優しかった?」


「ええ、本当に素敵な少年だったわ。何だろう、誰かのために生きていく事を当たり前だと思っているような」


 ラミは自らの身に起こった事を話して聞かせつつ、まだまだ人間不信になっている場合ではないと笑う。


 だが、次第に鮮明になってきたポラロイドを見て、ふとラミの横にいた若い男の顔が歪む。不思議がった周囲の者が覗き込み、そして息を呑んだ。


「写ってない……」


「クラムが写らないのは分かる。でもどうしてキリム・ジジが」


 鮮明になった1枚の写真には、笑顔の旅人が数人並んで写っている。


 そしてキリムとステアが立っていたスペースだけが、不自然にぽっかりと空いていた。

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