memento-04(113)



 ラミは深々と頭を下げる。長い赤髪は数日の野宿でボサボサになり、化粧は殆ど落ちている。それでも小柄なラミは健気で可愛らしい。


 キリムは照れて微笑むも、ステアとカーズとなった自分は人ではないからと線引きをしている。好意を持つことを意識的に止めていた。


 ステアも女性の可愛らしさに靡かない。昨晩から感謝してばかりのラミに、ステアはいいから食えと乾燥肉とパンを差し出し、水筒をすぐそばに置くと警戒に戻った。


 ラミが朝食を終え、殆どない荷物を纏めていると、キリムが干し肉を齧りながら旅立ちを促す。


「町まで送ります。それとも他の人を探しに行きますか」


「……図々しいお願いですけど、私を見捨てたパーティーだとしても、私が見捨てたらあの人たちと同類になってしまいます。だから探せるなら探したいです」


「ついでだし、いいよねステア」


「構わん。お前のお人好しには慣れた」


「ステアも夜のうちに付近を捜してくれたじゃん」


 ラミが髪を梳かして立ち上がると、3人は森を出て街道へと戻った。端に避けていた剣を見て、ラミは短く声を上げて驚く。


「その剣、リーダーがとても高かったんだと言って自慢していたんです。それをここに落としたままという事は」


「無事ではないだろうな」


 山を抜けるまでの道は昨晩すでに捜索している。森の中に逃げ込まれ、身動きできない状態になっていれば探しようがない。


 どうするか悩んでいると、生きていれば何かしらの反応があると考え、ラミが広範囲にいる者を同時に癒せるエリアヒールを唱えた。


「範囲内100メルテ以内にいれば、対象者に気付くことが出来ます」


「なるほど、そういう使い方があるんですね」


 付近を俯瞰で確認できる道具や魔法はない。ラミの考えた方法は、現状で目視出来ない場所にいる者を探す唯一の手段だ。


 1時間、数キルテも歩いただろうか。何度目か分からないエリアヒールを唱えたラミが、ハッと森の奥へと顔を向けた。


「……ここから森の中に50メルテほど。2人です」


「すごい、位置まで分かるんだ」


 位置が分かり、助けに向かうことが出来る。しかしラミの顔はホッとしたようには見えなかった。キリムはてっきり、自分を見捨てた相手を助ける事に迷いがあるのだろうと思っていた。


 キリム達は3人で森へと分け入る。しばらく進んだ先で、頭や腹から血を流した攻撃術士と弓術士を発見した。


 しかし、その姿を見てキリムとラミは思わず顔を背けてしまう。黒いローブの上からもハッキリと分かる血の染み、砕かれた肩当て、本来曲がらないはずの方向へ投げ出された足。


 無事ではない事が一目で分かってしまったのだ。


「……範囲内に対象者がいたのは分かりました。同時に、ヒールが掛からなかったのも分かりました。同じパーティーだった方々です。決して弱くはない方だったのですが」


「盾役が居ない遠距離攻撃職は、魔物に追いつかれたら終わりだ。襲われた後も息があったのだろうが、傷が深過ぎたか」


「蘇生術は効かないんでしょうか」


「そんな高等な術はまだ使えません。でも蘇生できるかどうかの確認は出来ます。眼球の向きと、体の硬直がポイントです」


 ラミは2名の目、そして体の硬直を調べて蘇生が効くかを確認した。この場で蘇生が出来ずとも、蘇生が効くのならすぐに町へと連れ帰り、病院へと運べばいい。


 しかしラミは静かに首を横に振った。もう既に効果はない、つまり亡くなったという事だ。


 ラミは手を合わせ、旅人証を持ち物から抜き取る。他人の旅人証を届けるという事は、落し物でもない限り、持ち主の死亡を報告するという意味を持つ。


「見捨てられたラミさんが生き残って、ラミさんを見捨てた人が亡くなったんですね」


「私も、一緒に逃げていれば今頃こうだったのかもしれません」


「お前は生きた、その事実しかない。ありもしない不幸は考えるな」


「はい。パーティーメンバーが優しくなかったから生き残れたなんて、皮肉なものですね」


 加入期間がほんの1,2週間だったとはいえ、一緒に旅に出た仲間だ。見捨てられたとしても、道中は仲良く語らう事もあっただろう。


 ラミは、後悔の混じった暗い表情をやめて笑みを作る。そして残りの2人を探して森の中を北へと進みだした。迷わず進んでいく様子からして、範囲内にいたのだろう。


 ほどなくして2人を見つけたそのすぐ先の街道脇の茂みで、槍術士が装備を割られた状態で亡くなっていた。念のためと言ってラミが確認したが、やはり蘇生は効かないようだった。


 ラミが悲しそうに旅人証を拾い、そして手を合わせる。キリムも手を合わせながら、色々な事を考えていた。


 旅人が死と隣り合わせの職業である事は分かっていた。こうして亡くなった者を見たのはミスティでのデル戦、そしてノウイの魔窟で新種のドラゴンが暴れた時など、何度か経験がある。


 しかしその時キリムはまだ人だった。今はもう人ではない存在だ。人の形をしていても人ではなく、ステアの方が存在としては近い。怪我をすれば死ぬこともあるだろうが、老衰で死ぬことはない。


 そんな身の上で、この場をどのような感情で受け入れたらいいのか。まだキリムは気持ちの整理が追いついていなかった。


「この方で最後です」


「ああ、やっぱり剣を持ってないね」


「フン、剣盾士の自分が一番遠くまで逃げたか」


 武器も盾も仲間も捨て、ただただ逃げることに徹したのだろう。魔物に襲われ背中も踏まれているようだ。剣が無ければどんな技も出せず、盾を手放せば防御もできない。


 出来る事が何も無かったとはいえ、パーティーを守らなかった者の最期としてはあまりにも無様だった。


 キリムがエンキやマルス達とノウイへ向かっていた時、ウーガに襲われて絶体絶命のピンチとなった事がある。


 その際、マルスはみんなに逃げろと言ってくれた。自分がどうなるかを分かっておきながら、マルスは皆の命を優先してくれた。


 結果的にステアの登場で事なきを得たが、命を預かる剣盾士がどれほど重要な役割なのか。本来剣盾士とはそのような職業なのだ。


「ちょっと横暴な方で、他のメンバーも仕方なく着いていくという感じでした。旅費を浮かしたくて山越えを提案したのもリーダーです」


「仕方なくだろうと、ラミさんを見捨てた時点で一緒です。もしかして前の治癒術士さんも見殺しに……」


「いえ、私の前任の治癒術士は男性だったそうですが、サスタウンに着いた日にパーティーを抜けたと聞いています。今思えば、その方は見限ったのでしょうね」


 ステアは剣盾士の死を悼んではいなかった。クラムにとって人は守るべき存在だ。しかし守るに値するかしないか、この剣盾士は後者だと判断したのだろう。


 とても冷たく、忌々しいとでも言いたそうな表情で、亡骸をにらんでいる。


「サスタウンが一番近いし、戻って旅人証を協会に預けましょう」


「そうですね、複雑な思いはありますが……一応、仲間でしたから。それくらいはしてあげたいと思います」


 ラミは剣術士の傍にあった鞄から、薄紅色の財布や小物、そしてこの剣術士の旅人証を探し出す。手を合わせてからキリム達と一緒に街道まで出ることにした。


「その財布は……」


「私のものです。貴重品を預かると言われて渡しました。多分逃げられないように……信用されていなかったんでしょうね」


「前の治癒術士の方も、そうだったのかもしれないですね」


「4人の話ぶりから、4人は友人同士でした。抜けた方は1年前に後から加入したようです」


 話を聞く限りではろくなパーティーではなかったようだ。


 ラミは気持ちを切り替えるためか木々の合間からのぞく空を見上げ、深呼吸をする。そしてキリムとステアへ振り返り、改めて頭を下げた。

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