memento-06(115)
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「あの女の人、ミミディアさんって名前だったのか」
「魔窟でお前の名誉回復に努めると言って聞かなかった、前のめりな女だな」
「分かってるならそこまで具体的に言う必要あるかな」
キリムはどこかの機関が発行している情報誌を、先ほどちゃっかり2冊貰っていた。
1冊目の中のページにはマーゴ、ニジアスタ、リャーナ、デニース、ダーヤの5人のインタビューが載っている。2冊目にはノウイの魔窟でキリム達への陰口を謝ってくれた女性、ミミディアのパーティーが載っていた。
冊子は30ページほどで、注目のパーティー、各町の特集、魔物情報、各ギルドの最新研究結果や旅客協会からのお知らせなどが書かれている。町にばかりいられない旅人達が、旅の道中に娯楽がてら読むのだ。
ミミディアについては「昨年度武術大会優勝者、旅人等級8の名剣士リャーナも認めた次世代の最強剣術士」と書かれている。インタビューを受けるという事は、それだけ有名な人物という事だ。そんな2組がどちらもインタビューの中でキリムの名を挙げている。
「強者に認められていたのなら、そろそろ自信を持つべきだな」
「分かった。ステアとカーズになってから調子もいいし、デル捕獲作戦もやれそうな気がしてきた」
「今更かと言われるぞ。お前を認めた者の顔を潰さんためにも堂々としていろ」
内陸のサスタウンからパバスへ向かう場合、まともに機能している街道は東の砂漠を越えるルートしかなく、かなりの遠回りになってしまう。
別の移動ルートがないかを確認するととも共に、昨日走り回って徹夜の見張りまでした分、休息を取る時間も欲しいところだ。キリムとステアはせっかくだからとサスタウンでの宿泊を決めた。
「周りがあんな砂と石の砂漠なのに、この町の中だけ緑があって水路もある。家は他の町ほど立派じゃないけど」
「そうだな。辺境にあると言っても、ここはとても栄えている。資源の差だろうか」
「あー……確かに、ミスティは何もないからね」
土壁の真四角な家々、良くならされているが土がむき出しの道路とは対照的に、水路は石で造られ立派だ。背の低い草木も植えられ、外界を忘れそうになる。水路は所々で分岐し、洗濯をしている者もいる。水も豊富だ。
キリムは立ち止まって少し考え、宿に行く前に洗濯をしようと縁に座る。数分ほどで下着を2枚程洗い終えた時、1人の青年がキリム達のすぐ傍にやってきた。腕には大きな麻袋を抱えている。
その青年が洗い始めたのは重装備で、剣術士や剣盾士などが着用するものだ。男の見た目からしてキリムより5歳は上だろうか。
この辺りに宿泊していると思われたが、他のメンバーの姿はない。青年はキリムの事を知っているようで、なんとなくその様子を見ていたキリムへと挨拶した。
「やあ。赤みのある髪に双剣の爽やかな少年、そっちは金髪で背が高く、赤いマント、端正で不機嫌そうな顔の青年。そして2人組とくれば……君はあの話題のキリム・ジジくんだろう? 俺はケスター。ケスタ―・ジオットだ」
「あ、どうも、キリム・ジジです。横にいるのはクラムステア」
ステアは視線を向ける事を挨拶の代わりにし、黙々とあの可愛らしいパジャマを洗う。ケスターはその態度に何を言うわけでもなく、ニッコリと微笑んだ。
「うん、噂通りだ。そんな有名人でもこうやって地味に洗濯してるのかと思うと、ちょっと親近感が湧いてね。お邪魔かい?」
「いえ全然! 親近感といえば、クラムが洗濯してるのも……そう考えると親近感溢れる貴重な姿だね」
「アライネコでも物を洗うというのに、貴重でも何でもない」
ステアがムッとして言い返すと、ケスターが声に出して笑う。防具を洗っていると言う事は、ケスターもこの町に着いたばかりなのだろうか。その割にはさっぱりとしているその容姿を、キリムは少し不思議に思った。
「この水の流れはね、ここを流れて工場の排水なんかと一緒に浄水場に送られて、そしてまた川に戻されるんだ」
「へえ……詳しいですね。こんなに綺麗なのに藻もないし、魚も泳いでないんですね」
「池とは違う離れた場所の湧き水を一度殺菌して流しているのさ。山から水が安定して流れているからこの町が出来た。そのおかげで俺達はこうやってタダで洗濯ができる」
ケスターはそう言ってニカっと笑った。そのまま防具を洗いつづけ、そして暫く無言になる。キリムは気にせず自分の服を洗っていたが、ふとケスターを見るとその手は完全に止まっていた。
その様子を見て、キリムは何かあったのかと心配になる。
「あ、えっと……もう洗濯は終わりですか? その鎧、結構使い込んでいますね」
「え? あ、ああ。でも、使う事は無いんだ」
「どうしてですか?」
「着る事は無いからね。いや、着てもいいんだけど、旅人じゃないから」
キリムはどうりで小綺麗な見た目をしているはずだと納得した。鎧はケスターのもので間違いない。キリムが鎧の持ち主だったら、他人に洗わせたりはしない。
他人に洗わせるなんて偉そうだ、などといった話ではなく、鎧の状態を誰より知っていなければならないのは、使う本人だからだ。洗った際に気づく新たな傷、損傷は、洗われた後で装備を渡されても見逃しやすい。
「辞めちゃったんですか?」
「ああ、家業を継げと言われてね。うちは資材屋なんだ。ほら、あの角の倉庫がそうだよ」
キリムがケスターの指さす方向へと顔を向けると、そこには民家3,4軒分ほどの白い倉庫が見える。外に置かれた荷車には鉄のパイプや継手が載っていて、屈強な男性が力強く牽き、通りの奥へと消えて行く。
「それなりに繁盛してるんだぜ」
ケスターは店の様子をどこか他人事のように見つめ、そして手元の装備へと視線を戻した。
「その割におまえは家業に思い入れが無さそうだが」
「ちょっとステア」
ステアの鋭く遠慮が無い指摘に、キリムとケスターは驚く。少々失礼な物言いだったのではとキリムがフォローを入れるも、ケスターは見破られていたかと頭を掻きながら笑った。
「ははっ、いいんだ、その通りだよ。1か月前まで旅人だったから、まだ割り切れなくてさ。うちは家系に旅人がいないから、いざ送り出した後、旅人の負傷なんかの話を聞いて心配になったんだろう、ずっと反対されていた」
「反対に負けて仕方なく家業を継いだか。つい先日似たような奴の話を聞いた」
「ケスターさんはそれでいいんですか?」
「良くはないさ。でもそんなに成果も出せていない、稼ぎもギリギリ。そんな旅人より稼げて安全だと言われ、事ある毎にそれみたことかと言われ続けたら、心も折れるさ」
ケスターの力ない笑いに、キリムは何と声をかけていいのか分からなくなる。人の生き方はそれぞれで、キリムがどうあるべきかを説くような権利もない。
ただ、ケスターがやりたいのは旅人だとハッキリと顔に答えが出ている。それがもどかしかった。
対してステアは察して黙ったりしない。思った事を更にハッキリと言ってしまう。
「お前が旅人になったのは金の為か。であれば今の仕事の方が稼げて幸せではないのか。皆の平和を守る事や、探究心で旅人になった訳ではないのなら賢明だ」
「か、金の為じゃないさ! この世界を見て回って、いつか……あの有名な槍術士、クーン族のニジアスタさんのように活躍したいと思っていたよ」
「では何故そうしない。キリムも父親の為と旅に出るのを我慢していた。お前ら人という生き物は、やりたい事をやらない事が美徳なのか? 我慢こそが正しい道なのか。そうやって、お前もいずれ誰かに我慢を強いるのか」
「そうじゃない! そうじゃ……ない」
時折ステアが見せる、人では無いからこその第三者的な意見は、キリムでもハッとさせられることがある。睨みつけるようなステアの顔を見たケスターは、自分の中で引っかかっているものに気付き始めていた。
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