memento-02(111)
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着替えた後、キリムは即座に昨晩の戦闘地点に戻り、すぐに生存者がいないかの捜索を始めた。誰も使わない街道は風で転がり込んだ石、大雨で出来た窪みや亀裂があり、馬車がすんなり通れるようには見えない。
おまけに陽射しは強く、まばらに生えた低木の影では日よけにもならない。生き物には環境が厳しく、もう100キルテも南に行けば沼地の手前から岩石砂漠となる。ミスティの周辺よりも更に過酷で、水場も遠い。
よほど慣れているのでなければ、わざわざ来たとしても引き返すべき場所だ。
「この付近にはいないみたいだね。隠れる所もないし」
「ああ。ハイランドウーガがどこから来たかにもよるが……馬車はこの東の村からゴーンに向かおうとして魔物に遭遇し、逃げたと言っていたな」
「村からはゴーンが北北東に見えるね。という事は、東に出て北上する街道を行こうとしたのか」
「もう1つ東の村が襲われていないのなら、ハイランドウーガは南から来た可能性がある」
キリムとステアは小走りを続ける。キリムは疲れも感じず、息切れもしない。自身の快調っぷりに驚きながらも、人ではなくなった実感が湧いてくる。
もっとも、超人的な力を手に入れたというのに、キリムは怠けたり、悪事を働くために使う事など少しも頭にない。こうやってわざわざ人の救出に向かおうとする辺り、カーズになるべくしてなったと言うべきだろうか。
時折、旅の序盤では苦労していたダークウルフなどにも遭遇する。頭上では旅人が息絶えるのを待っているかのように、デスホークと呼ばれる死肉を好む鳥型の魔物が飛び回っている。
「倒しながら行く! もし命からがら逃げてる人がいたら脅威になる!」
「分かった」
キリムが魔物へと振り下ろす腕は軽く、けれどその攻撃は鉄球を振り回したように重い。これもカーズになって見違える程変わった事の1つだ。
キリムとステアは魔物を見つけては退治しつつ、小さな川を渡る橋に差し掛かった。この先は地図で見る限り危険な沼地以外に水場がない。
少し休憩するかとステアが提案し、キリムも足を冷やしたいと言って小川に足を浸した。
「特に疲れた感じがしないし、汗も殆ど掻いてない」
「クラムと変わらんな」
「うん、便利だね。土埃で汚れる事はどうしようもないけど」
川の水は山からの流れのおかげで冷たく、走り続けた足を休ませるにはちょうどいい。飛び越えるのは難しくとも浅いその小川は、時折小魚が足の間をすり抜けるのが見えるくらい、綺麗で澄んでいた。
「なんか、放っておけなくてここまで来たけど、見つかるかな」
「街道から逸れたなら魔物に遭遇する確率も上がる。それに逃げるのなら人目に付く事を期待し、必ず街道沿いに出る。見つからなければ見つかる努力をしない方が悪い」
「まあ生き残るためには、少しでもその確率を上げる為の行動をしないとってのは分かるね。わざわざ洞窟の奥や岩の割れ目を覗いてくれる人なんていないんだし」
「お前のようなお人好しでなければな」
キリムは暫く足を浸し、ステアは周囲を見張る。カーズとなった事で暑さ寒さには鈍感になった気がするが、それでも清流は気持ちがいい。
たった5分程だったが、キリムは腰かけていた川の淵で立ち上がって濡れた足を拭き、軽鎧の足具を履いた。
「ペースを上げたいなら上げてもいい。このままサスタウンに向かうのもいいな。俺はその付近にも行ったことがある」
「え、そうなの?」
「そこまで飛んでしまっては人の捜索が出来ないが、もし見つけたなら連れ帰ることは出来る」
「それは助かるよ! そういえば、ステアは俺の血、飲まなくて大丈夫? っていうか、カーズになってからも血はいるの?」
ふとキリムはステアがこの数日血を飲んでいない事に気が付いた。ステアは昨日大技を使い、瞬間移動も何度かしている。消耗しているはずだ。
「試したことが無い事まで分かるものか。くれると言うのなら少しくれ」
「うん」
キリムは今まで通り、何の気なしにステアに腕を噛ませる。ステアも特にカーズになった事でキリムの血にどう変化が生じたのか、意識していなかった。
「……これは」
「ん?」
「血が変わっている……ああ、隅々まで俺の力が満ち溢れていく」
ステアは僅かひと口で血を飲むのをやめ、キリムの傷口を押さえた。今までの半分、いやその半分程で満腹感を得てしまったのだ。
「もういらないの?」
「ああ、どう表現すればいいんだろうか。特別美味いのだが、濃厚過ぎて飲み過ぎると破裂しそうだ」
「げっ、怖いよ、お替りなしだからな」
キリムは慌てて小手をはめ、ステアに行こうと告げる。
その後はややペースを緩めつつ、昼には赤土が固まったような巨石の上で休憩をした。キリムは昼食を取ろうとして、ステアのように食事が要らない体になったのではないかと不安になったが、どうやら食べ物は今まで通り食べられるらしい。
キリムとステアはその後も地図を見ながら走り、夕暮れ時になって街道の合流地点まで辿り着いた。南に行けば山地、東に行けば沼地だ。
「誰かいますかー! 返事か、何か合図を下さい!」
「……石ころ1つ転がる音がしない」
この先が次第に山へと入っていくルートだと分かると、キリムとステアは躊躇わずに南を目指す。
沼地の魔物は強く、沼地を抜けたところで町が近い訳でもない。そんな所をハイランドウーガに負けるような者が通るとは思えなかったからだ。
山肌が陽を隠し、山道はすでに薄暗い。辺りが暗くなると倒れているパーティーを見つけにくくなり、走れば尚更見過ごしかねない。
「ライトボールを打ち上げておくよ。向こうからもこっちを見つけやすいだろうし」
「ああ」
やがて日はすっかり落ち、辺りは暗闇に包まれた。魔物は暗闇を好み、活発に動き出す。
訪れたことが無い土地にはどのような強さの魔物がいるか分からない。更にノウイのダンジョンとは違い、今回は背中に鞄を背負っている。体は軽いが咄嗟の動作にやはり影響が出てしまう。
山道は次第に険しくなり、山の谷間の森の中へ差し掛かった。いよいよ視界が悪くなり、キリムはだんだんとステアの後ろに隠れながら歩くようになる。
「あー、正直こういう暗闇って怖いんだよね。ダンジョンとは違う怖さがある」
「そうか、俺には分からんが」
「ステアって怖いものあるの?」
「無い」
「だよね。一度ステアの家に戻る事も考えたけど、誰かいるなら早く助けないといけない。というか、全然眠くならない」
「疲れてもお前を負ぶって俺が探してやる」
キリムは数分おきに救助に来た旨を大声で叫ぶ。1度だけ熊のような魔物が出現したが、それ以外に特に反応を示すものも、合図らしき音も聞こえない。
それから3時間ほど歩き続けただろうか。
立て看板に「南↓サスタウン 東→沼地」と書かれた地点までたどり着いた時、キリムは何か光るものを見つけて立ち止まった。
「ステア、何か光った! あれなんだろう」
「魔物や動物の目ではないな」
「うん、近づいてみよう」
2人は分岐点からやや南、サスタウン側に進み、ライトボールの光が反射する場所で立ち止まる。視線の先をじっと見つけていると、光を反射していたものが道に落ちた大きな剣だと分かった。
旅人なら絶対に落としたままにしない。自分の命を守る大切な武器だ。まず気づかないはずがない。
「剣だ! 魔物にやられて、それで剣も拾わずに逃げたとか」
「可能性はある。この付近にいるかもしれん」
「おーい! 誰かいますかー!」
キリムの声が森にこだまする。そうして耳を澄ましていた時だった。
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