Ⅻ【memento】覚醒に携える全ての想いと共に
memento-01(110)
【memento】覚醒に携える全ての想いと共に
ゴーンの旅客協会内、召喚士ギルド。
意識を失っていたキリムの目覚めは、ステアとギルド職員に見守られてのものとなった。
寝起きが悪い普段とは違って、キリムの目がぱちりと開く。即座に焦点が合い、キリムはステアが覗き込む顔の近さに驚いて声を上げた。
「うおっ!?」
「気が付いたか」
「えっと……顔が近い、これ夢じゃないやつ?」
「何を言っている」
キリムを膝の間に座らせ、ステアが後ろから顔を覗き込んでいる。流石にこの距離感では驚かないはずがない。
キリムは目の前にいるのが本当にステアなのか、少し疑ってから周囲を見渡し、そこが召喚士ギルドである事を把握した。カウンターの内側は本棚に入りきらない程に本が溢れ、何度か顔を合わせた職員がカウンターの椅子に座っている。
「えっと、ここ、ゴーン? 俺意識がなくなって……ステアが連れて来てくれたのか」
「ああ。気分はどうだ」
「あ、うん……頭がすっきりしていて、体もなんだか軽い。えっと……この体勢はすっごく恥ずかしいのと、本当に顔が近いよ、大丈夫だから」
キリムは身を捩るようにしてステアの拘束から抜け出し、背伸びをする。意識を失った理由も、何故ここにいるのかも分からないが、キリムはとりあえず職員へと頭を下げた。
「えっと、状況が良く分からないんですが……」
「先程クラムステアから話を伺いました。カーズとなったようですね」
「はい、さっき……あれ? 俺どれくらい気を失ってた?」
「ここに来て数分ほどだ」
職員は測定器具を手に持っており、キリムの目の前には能力値を記す為の台帳が置かれる。キリムは職員の指示通りに腕を置き、血を抜かれた。
キリムは霊力や気力などの流れを一通り調べられ、職員が検査の目的を告げた。
「クラムステアは力が解放されたように感じると言いますが、キリム・ジジさんの反応からして、明らかな変化の自覚がないようですね。カーズとなったのかどうか、残念ながら客観的に証明する手段がありません。とりあえずは登録時の資質値などと比較をしてみようかと」
「あ、そういう事ですか。クラムの間でも謎が多いらしくて、俺も体の調子が良くなったと感じるくらいで何か特別な違いは……」
キリムに体調などのヒアリングをしつつ、職員はカウンターの中へと戻り、測定機械を印刷機に繋いで結果を確認する。
「これは!」
職員が驚きの声と共に立ち上がる。その拍子に緑色のローブの裾が、地層のように積み重ねられた本の塔に当たってしまう。雪崩のように崩れたその本の塔は、他の塔の連鎖崩壊を生み、視界から消えた本の代わりに埃が立ち昇る。
「あああっ! しまった……ええい、後でいいや、ちょっとこれを見て下さい!」
職員が慌てて駆け寄ってくる振動で、他の本の塔がまた崩れる。それにため息をつきながら、職員は暗号のような測定結果を台帳に書き取りしていく。
「結論から言いますと、資質値が100になっています。いや、本当にこんなことが……」
「100って事は……」
キリムはその意味を以前職員から聞いている。クラムヘルメスなどは資質値が100だという。つまり……
「クラムと等しい存在になっているという事です」
断言できるだけの判断基準などないが、キリムがステアとカーズになっていると考えると納得がいく結果だった。
職員はそのまま測定結果を読み取り、記していく。キリムはその内容を確認して、自覚のない自身の力に驚いていた。
「体力を表す値ですよね、これ。飛躍的に伸びている気が」
「言い方は悪いですが、カーズではない状態が足枷となっていたのでしょう。能力が向上していても、それが発揮できなかったと思われます」
「キリムは俺を召喚した時点で、既に制約が付いていたという事か。それをカーズとなる前に知っていたなら、もう少し考えようがあったかもしれんが……」
キリムが不安に思っていた体力は、平均的な召喚士どころか剣盾士の平均をも超えているという。勿論クラムほどではなく、あくまでも人としては強い程度だ。それでもキリムにとっては大きな変化だった。
「力とかも、強くなってるのかな。ステアくらいに強くなれてたら……」
「カーズになって俺と同等になれるのであれば、今までの鍛錬は無意味になるぞ」
「あ、そうか……。ステアは? ステアは何か変わった? 解放されたって、どんな感じ?」
「分からん。お前が言う体が軽いと言う表現が一番近いかもしれん」
いくら数値や今までとの違いで語っても本人に自覚はない。本当にこれ以上成長しないのか、本当に100年後、200年後も生きているのか。それが分かるのはこれからだ。
「キリム」
「何?」
「お前が意識を失った時に召喚が解けている。せっかくカーズとなったんだ、俺を呼べ」
「そうか、召喚……」
キリムは小さく咳払いし、手首に填められた腕輪に触れる。
そしてステアの名を呼ぶ。
「クラムステア」
そうキリムが口にした瞬間だった。
召喚が成功すれば、普段なら足元から全身にかけて淡く緑色に光る。しかしその時のキリムからは、全身から湧き上がるような強い光が立ち昇った。
それと同時に緩やかな風が室内を駆け、開いたままの本はページを送り、紙きれは舞い上がる。
「何が……!」
その場で火薬でも炊いたかのような眩しさに、職員が思わず目を腕で守る。緑どころか青白く強い光は、名を呼ばれたステアからも立ち昇り始めた。
「何だこれは……いや、これは……お前か、キリム。キリムの力が俺に流れてきている?」
唱えたキリム自身も、普段は集中しなければ自覚できない気力、霊力、魔力、何もかもが体中を巡るのが分かった。それはどこか懐かしく、そして力強くも優しい温かさがある。
いつも身近にあったような温もりが全てキリムの体の中を巡り、心臓なのかそれとも心というものがあるのならそこだろうか。感じていた力がキリムの体の中心めがけて集まっていく。
それが何なのか。キリムは断片的に感じたもので気付き、それと同時に何故自分の体に力が流れ、集まって来たのかが分かった。
「そうか、これは……今までステアに込められてきた召喚士達の祈り、ステアに託された人々の願いなんだ」
「俺も感じる。これはお前に託したミスティの者達の願い、そして……死してなお、お前を想う者の祈りだ」
思いは頭の中に夢のように広がる訳ではない。しかしキリムとステアはまるで知識をまるごと刷り込まれたように全て呑み込んでいく。
光となったその全てが体の中に吸い込まれていった後、キリムとステアは互いの顔を確認し合った。具体的な事を語らずとも、何を共有したのかは理解している。
「これが、カーズの真意なんだ」
「俺は今までキリムの理想として存在していたと思っていた」
「俺はステアの求める主ってだけだと思ってた」
「そうではなかった。互いが求められていたものを共有し、昇華できる相手だったんだ」
今まで優しかっただけの少年の目も、今まで無表情か冷徹なだけだったクラムの目も、明らに目力が上がっていた。その力強い眼差しに、職員は思わず息をのむ。
職員はカーズとなってどう変わったのか、それを事細かに聞き出してギルド内で発表したいと思っていた。もはやそれを言いだす事も出来ない程圧倒され、ただ2人がこれから何をするのかを見守ることしか出来ない。
「強くなれたのか、じゃない。俺をみんなが強くしてくれた、そんな気がする」
「そんなお前が使役してくれるのなら、俺は更に力を発揮できる」
今までにないくらいに自信に満ちた2人は、何かを聞きたくとも聞けない様子の職員に視線を向ける。
「色々な事が片付いたら、必ず報告に来ます。今は行くべき所があるので、俺達は行きます」
「キリムの事、礼を言う」
「は、はい……」
首を何度も縦に振る職員に手を振り、キリムはステアに行き先を告げる。
「昨日戦った場所に!」
「ああ。しっかり掴まれ」
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