dedication-08(107)

 



「……おい」


「何かあった? ……あっ」


 ステアが何かを見つけ、キリムがそこを覗き込んですぐ目を逸らした。


「人の腕だな、まだ腐り始めてもいない。ハイランドウーガの餌食になった奴がいるのは本当らしい」


「そんな……遅かったのか」


 キリムは誰かが犠牲になった証を見つけ、守れなかった事を悔やんだ。


 助ける事が出来なくてもキリムのせいではない。全速力で、突風のように速く走るステアの足でも1時間以上。この距離をこの速さで駆け付けただけでも、困っている者にとって有難いはずだ。


 だが、それでもキリムは誰も喜ばない結果に悶々としてしまう。そういう性格なのは治らないらしい。それ以上の後悔はステアに対しての非難にもつながる。キリムは自分の心を振り切って、他に痕跡がないかを探し始めた。


「おい。咆哮が聞こえた」


「えっ」


「この東だ」


「まずい、この東は……だいぶ遠いけど村がある!」


 キリムはステアが聞き取った声を頼りに東を目指す。声が聞こえるという事は、そう遠くない。そしてその声はどうやらこちらへと向けられている。それが分かったのはより強力にライトボールを放ち、遠くまで照らした時だった。


「この光を見つけて、雄叫びを上げてたんだ」


「そのようだ。随分と興奮している、人肉の味を知ってしまったからか」


 僅か1週間前にキリムを戦闘不能にした相手が、今再び目の前に現れる。


 緑がかった皮膚、大きな手足、人の背丈の倍以上もある巨人。ハイランドウーガは新たなエサが見つかったと思ったのか、豚のような顔をニヤリとさせて向かって来る。


「……しかも、2体」


 ハイランドウーガ1体を1人で相手にするのは無謀だ。それが2体、ステアと手分けをしても1人で1体を相手にすることになる。


 キリムと同等級のパーティーですら、ハイランドウーガを避ける。大きな体の割に素早い動き、打たれ強く、武器も一級品でないと致命傷を与えられない肉体。その大変さは敗れたキリムが良く知っている。


「キリム、無理はするな、倒すことを考えるな。俺が1体を倒すまで時間を稼げるか」


「分かった。それくらいやれないと俺が来た意味がない」


「いいか、クラムは召喚士の武器だ。お前は他の召喚士が霊力維持で手一杯な所、自身の体を張って戦っている。他の召喚士を無能呼ばわりするつもりがないのなら、いい加減自分を卑下するのはやめる事だ」


「……分かった」


 ステアは短剣を両手に持つと、1体めがけて突進していく。舞うように宙で一回転した後、殴り掛ろうとするハイランドウーガの攻撃を躱しながら背中を斬り付けた。


「グォォォ! ウォォォォォ!」


 地面が揺れる程の叫びをあげ、ハイランドウーガが憤怒する。正確さはないが、その攻撃はより素早くなったように見えた。ステアは綺麗に躱しながら足、腕、腰、首と、確実に深い傷をつけていく。


 キリムはそれを横目で見ながら、もう一体が仕掛けてきた最初の一撃を躱した。その動きはステアの動き方にとても近い。


「気を逸らす事くらい……やってのける! ファイア!」


 ステアは攻撃を畳みかけるのではなく、一つ一つの攻撃を避け、反撃を加える。キリムはそれを見て、ステアがハイランドウーガとの戦い方を自分に教えるため、わざと攻撃を躱して見せたのだと理解した。


 自分が育てたい、指標になりたい。ステアが先日漏らした本音に、キリムは応えようとする。


 ハイランドウーガはファイアを顔面に喰らい、挑発されたと判断したようだ。上手く引きつける事に成功し、キリムは攻撃を開始した。


格子クロス斬! からの……水平斬!」


 キリムは剣に気力を込め、両手を押し出すように水平に一振りした。真空の刃がハイランドウーガの右腕を斬り裂く。


 ファイアで隙を作らせ、格子斬りから最後に水平斬で締めるのは、キリムの得意とする攻撃パターンだ。


 短剣を使う双剣士は、元々一撃必殺が無いに等しい。手数で翻弄し、弱らせて仕留めるのが本来の戦法だ。熟練者になれば回避によって剣盾士の代わりも務めることが出来る。


 魔法も使うと言う点でキリムが完全に当てはまるとは言い難いものの、今行っている動き自体は本来あるべき双剣士の姿に近い。


「もう一回!」


 今度は一度斬って着地したところから逆に動く。右手の短剣を左下から斜め右に斬り付け、左手で右下から斜めに右上へを斬る。水平とは言い難かったが、キリムは一度つけた傷を更に反対から抉り、より深くダメージを与えようと考えたのだ。


「体力があると調子よく攻撃できる! ステア、こっちは大丈夫!」


「ではこっちを片づける。お前にはまだ見せたことがなかったな、余裕があれば見ておけ」


「余裕ない!」


 キリムはそう返事しながらも位置を変え、なんとか視界の端でステアの姿を捉える。


「死月」


 ステアが技名を口にした途端、短剣が描く弧は月明かりの夜ですらはっきりと判るほどに黒く染まり、剣先の動きに沿って円になる。そして1枚の黒い鏡面の板となった。


「なんだ、その技……まるで黒い満月のよう」


「グォォオ!」


「うあっ!? あーもう、邪魔するな!」


 キリムは相手にしている方のハイランドウーガを躱しつつ、ステアが次に取る動作を見守っていた。


 ステアが描いた円の前で、ハイランドウーガは動きを縛られたようにピタリと動かなくなる。ステアがその黒い満月のような円を切り裂くと、ハイランドウーガは一瞬にして同じように体が砕けてしまった。


 切り刻んだその黒い満月が、粉々になってハイランドウーガに降り注ぐ。ほどなくして黒い炎が上がり、ハイランドウーガの肉片は焼かれていく。


「凄い、なんだその技……魔法?」


「俺しか使えん技らしい」


 ステアが1体倒し終わったのを横目で見届けると、キリムも全力での戦いに戻る。技を連続で畳み掛け、魔法攻撃を連発、魔物を防御態勢に追い込む。そして、大声で最後の一撃の名を呼ぶ。


 それはキリムの武器だと言ってくれたステアへの、最大限の信頼だった。


「ステア!」


 その名を呼んだ時、ステアはもうハイランドウーガの頭上に跳んでいた。赤いマントが翻り、空中でくるりと一回転すると、遠心力を乗せた両手の短剣で思いきり斬りつける。


 鋭い脳天からの一撃が頭蓋骨を叩き割り、ハイランドウーガは巨大な体を痙攣させながら倒れた。


「やった……今度は立ったまま終われた」


「よくやった」


「殆どステアの力だけどね」


 ステアはキリムに命じられ、キリムの刃となって戦った。それが誇らしく満足したのか、いつになくご機嫌だった。もっともそれは僅かな表情の変化でしかなかったが。


「キリム、今日はもう遅い。他にもいたならもうこの場に現れているはずだ。襲われた者の捜索は明日の朝からにしないか」


「そう、だね。この暗さじゃ分からない」


 傷付いてどこかで息絶えようとしている者がいるのではないか、そう思いもしたが、大声で呼びながら夜通し歩いても効率が悪い。ステアの瞬間移動に頼る事にし、キリムはひとまずミスティへ戻ることにした。


「帰ったら血、だね」


「ああ、今日はいい気分で味わえそうだ」


「の、飲み過ぎないでくれよ? 回復が遅いって言われてるんだから」


「努力はしよう」


 キリムはミスティの宿に戻り、キャラバンにも対処が終わったと告げる。お礼は馬の手入れに使ってくれと固辞し、汚れを落とす為に風呂へと向かった。

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