dedication-07(106)


 * * * * * * * * *




 キリムとステアが宿に着き、食事を終えた時だった。突然村の中に金とサイレンが鳴り響き、外が俄かに騒がしくなる。


「警報! たぶん魔物が現れたんだ」


 風はなく、周囲の視界にも問題がない。砂嵐の到来でなければ、手動式警報機が危険を知らせるのは魔物が来た時くらいだ。


 もう商人のキャラバンは到着していて、旅人でもない者が護衛も付けずに村外で活動する時間ではない。結界が張られた村の中にいれば、よほどの事がない限り安全だ。


 しかし、キリムとステアは、頭の中に先日のジェランドの一件が蘇る。


「もしもの事があったら、旅人は商人の護衛が1パーティーと俺達だけだ」


「状況は誰が把握している」


「見張り当番が村長に連絡してると思う!」


 キリムはステアに答えると、急いで部屋へと装備を取りに戻った。着替えてロビーへと降りると、そこへ、息を切らした1人の村人の男が走ってきた。


「おーいオリガさん! 旅人のパーティーがいたな! たい、大変だ! 南でキャラバンが襲われてるそうだ!」


 男は息も絶え絶えに膝に手をつき、そして顔を上げたところで目の前にいたキリムに気が付く。


「キリム! 良かった、お前が方々で活躍している話は聞いてる、すまないがキャラバンの加勢に行ってくれ、俺達は村人の避難に付き添わなきゃなんねえ」


 キリムは首を傾げる。そして何事かと出てきたオリガもまた、腕組みをして考え込んだ。


「おかしいね、定期キャラバンはもう着いて、先に風呂に入っているところよ。そりゃ予定にない商人も時々来るけど……」


 ミスティを訪れる者は多くない。早い話が用のない場所だ。北東、北西にそれぞれ小さな村もあるのだが、ミスティに寄るくらいならゴーンに行く方が早い。


 ミスティの西を南北に縦断する山脈を越え、そこから北西の町を目指す者でなければ通りがかる事もない。南からやってくる理由がないのだ。


「おーい大変だ! 馬車の一行が魔物に見つかって逃げてきたらしい……おっと、キリムか!」


 今度は青年が駆け込んでくる。村の入り口には馬車が滑り込み、馬は疲れ果てて動く事もままならないという。


「ああ何てこと……その馬車の一行をここに案内しておくれ! けが人はいないんだね?」


「怪我はねえって言ってる、魔物がそのまま追って来たわけでもない。けど……」


 キャラバンの御者が震えながら言うには、魔物がすでにどこかの村か、もしくはパーティーを襲った後のようだったらしい。キリムよりも4、5歳上に見える痩せた青年は、それを告げるとキリムの手を引っ張り、詳しくはキャラバンから訊いてくれと急かす。


「ステア、行こう!」


「魔物の被害がないのならもう少し落ち着け。周囲の慌ただしさに呑まれるな」


「わ、分かった」


 すぐに南の門に辿り着くと、そこにはヘトヘトになった2頭の馬と馬車、命拾いをした商人と護衛の姿があった。


 南のサスタウンという町から来たとして、山脈越えの道を馬車で通過するのは大変で、沼地を抜ければ魔物が強い。安全に通れるルートはなく大抵はスカイポートから船でイーストウェイに向かい、内陸を目指す。


 沼地の北には川が流れ、渡れば街道に出られる。街道の合流地点から北に100キルテ以上進めばようやく村が2つ現れるが、その周辺からはゴーンの方が近い。


「おい、一体どうした」


 水を貰いながら座り込む御者の男に、ステアが腕組みをして問いかける。偉そうな態度を取られても仕方がないと思っているのか、御者はため息と共に答えた。


「ま、魔物に追われたんだ。途中で見えなくなったが、連れてくる訳にいかねえし、無我夢中で逃げてきて、ここが見えたから駆け込んだんだ」


「何処から来たんですか」


「南東の村だ。ゴーンに向かいたかったんだが、途中であいつに出くわして」


「俺達はいつも通りに移動していただけなんだよ! なんだあいつ、あんな魔物見たことねえ! 今までいなかったんだ」


 魔物に追われていた時のことを振り返り、商人や護衛の旅人は身震いをする。キリムよりも年上で装備もそれなりにしっかりしていたが、戸惑いを隠せず、かといってキリムや村の住人の力を借りて倒そうという気力も最早ないようだ。


「あれは噂に聞くハイランドウーガだ、ウーガよりも大きい。乾ききっていない血が体にべっとりついていたから、おそらく直近でやられた奴らがいる」


「どこかが被害を……とりあえず宿に避難して下さい。馬は繋いで休ませてあげて」


 現時点でミスティに危機が迫っているようではない。村人たちも安心してそれぞれの家に戻っていく。警戒解除を告げる短いサイレンが3度鳴り、村の厳戒態勢が解かれた。


 もう辺りは暗く、これ以上の訪問者はないだろう。ジェランドの結界を想えば不安もあるが、結界が意味をなさない程強い魔物はデル戦の時か、ノウイの魔窟の新種のドラゴンくらいだ。現時点でこの村に危険はない。


 だが、キリムは既にどこかを襲った後、もしくはパーティーが壊滅した後かもしれないと聞き、居ても立ってもいられなかった。


「ステア、ハイランドウーガって、ジェランドのあいつだよね」


「ああ。一介の旅人にはきつい相手だ」


「確認しに行こう。後で好きなだけ血を飲んでいいから」


「不安の種を排除する事には賛成だ。他に襲われる奴が出るかもしれん」


 キリムは御者におおよその場所を聞くと、ステアに自分を抱えて走ってくれと頼む。それを聞いた村人が慌てて止めに入った。


「あぶねえぞ、せめて明るくなってから、応援を募って行かんと」


「その頃には魔物が移動して分からなくなってるかも。大丈夫だよ」


 村の住人はキリムの活躍の噂を聞いている。と言っても去年の春頃は低級の魔物に苦戦し、覚えている魔法もファイアのみ、見張りくらいしか活躍の場がない子供だった。それを村の者達はしっかりと覚えている。


 村の警備さえままならなかったキリムが、まさか1年弱でベテランも苦戦するような魔物を倒しているとは思っていない。活躍したという話も、耳に入ってくるのは「人を助けた」「魔物を退治した」程度でしかない。


 護衛のパーティーが逃げ出すほどの魔物に、キリムが1人で敵うはずがないと、その場の誰もが思っていた。良くも悪くも、キリムは村にとって、やっぱり「ジジさんのところのキリム坊や」なのだ。


「行こう!」


「我が主の強さは俺が保証する。ハイランドウーガは先日倒した。クラムを崇め続ける良い村が生んだ良い召喚士だ」


 先に駆けだしたキリムを追い、ステアも風のようにその場を去る。村人たちの目には、遠くでキリムに追いつき、背中に乗せる姿が見えた。


「俺達の知ってるキリムから、えらく成長したなあ」


「ああ。あんなに意志の強い子じゃなかったが、クラムの加護もしっかり受けておる」


「オリガさんに言っておくか。あの調子じゃ明日の朝まで戻らねえだろう」


「キルミア、イーシャ。あんたらの子は立派に成長したよ」






 * * * * * * * * *





 辺りは暗く、視界は良くない。そんな荒野の中を、ライトボールの明かりが高速で駆け抜けていく。その明かりの中にはキリムを背負ったステアが走る姿があった。


「話だと多分もう少し先だ! 街道を進んでいて遭遇したなら……ほら、3本並ぶ枯れ木」


「ペースを落とすぞ」


 御者から聞いたおおよその場所と目印を見つけ、キリムとステアは速度を落とした。魔物は移動するため留まっているとは思わなかったが、2人は手分けをして痕跡を探す。

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