Outbreak-08(097)
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ステアはフカの町に戻ると、マーゴ達にキリムの事を報告した。町の中の魔物は殆ど退治が終わっており、結界に残った亀裂を塞ぐだけだ。駆けつけた旅人の顔にも安堵の色が見える。
やがて結界は完全に修復され、今までよりも強力な結界になるようにと、結界士が新たに結界装置の周りに魔方陣を描き始める。
「これで一件落着! いやあ、すまないねえ。戦闘後の血が一番美味い!」
「結界が破られた原因の究明も必要だが、ひとまずはこれでいいだろう」
ディンはケイナから血を分けてもらい、上機嫌だ。呼び出し続けるのは負担になるだろうと召喚を解かせ、そのままステアと見回りを始める。
「神社まで確認に行く。ワーフ達が報告を待っている頃だ」
「そっか。んじゃあな、えっと……」
「ケイナです」
「ケイナ。万が一の事があるから書き留めろ」
「え、えっ、何をですか?」
「何をって、俺の固有術さ。まあ来るのは意識体だけど、何かあったら頼ってくれ」
ケイナは目を丸くする。資質値40台の平均的な召喚士であり、ディンの召喚は本来負担が大きい。まさか自分が固有術を教えて貰えるとは思っていなかった。
「わ、私……いいんですか? 信じられない」
「何言ってんのか分かんねえけど、あんたは魔物から身を守る為じゃなく、人を助けたくて俺に縋った。立派な召喚士じゃねえか! そういう召喚士は歓迎だ」
「あ、有難うございます……!」
ケイナはディンから固有術を教えて貰い、書き取りながら鼻をすする。ディンに間違っていないかをチェックしてもらい、そして去っていくディンに深々と頭を下げた。
海鳥の鳴き声が戻った波止場に、ケイナのすすり泣きと呟きが響く。
「あの時確信した私の勘も、キリム・ジジの在り方も、やっぱり間違ってなかった。私の思いも……間違ってなかったんだ」
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ステアとディンは見落としが無いかを確認するため町の中をまわり、再び神社を訪れた。ノウイとは時差があるため、青かった空ももう薄暗く星が輝き始めている。
不安そうにしていた町の住民は、ステアの言葉に歓声を上げ、その場に居たエンキ達とステア達に深々と頭を下げてお辞儀をした。
結界の亀裂ができていた場所に冒険者がまだ集まっている事を住人たちに告げると、大勢が大急ぎでお礼を言うために向かいだす。
「キリムは大丈夫なのか?」
「ああ、まだ目覚めてはいないが、治癒術士に大丈夫だと言われた。体力だけでなく気力切れや魔力切れなども重なっているのだろう」
「俺が恩を売りたい所だったけど、戦場での蘇生術は俺だけじゃなく、俺を守るために余計な戦力を割く事になるからな。無事ならよかった」
エンキ、ワーフ、それにダーヤへとキリムの状態を話していると、さきほどエンキが守った幼い子供とその母親、そしてキリムが守った男と老婆が寄ってきた。
「おめさま方、ほんに有難うごぜますた。あんの、神社の階段ば守っでた兄ちゃんなぁ、ここさ上がっで来れねえだか?」
「キリムは負傷し、先にノウイへと帰らせた。命に別状はないから安心しろ」
「やっぱり……無事ではおれなんだか。申す訳ねえごとすたなぁ、おら達が引ぎ連れつまっだせいで」
「怪我さ治るんけ? なあ、あの兄ちゃんにさ会えるだか?」
幼い兄弟はキリムが倒れる所をはっきり見ている。元気な姿を見ていない事がよほど心配なのだろう。
「手練れの旅人でも苦戦をするような魔物だったからな、休養が必要だ。今は会えんがまたいずれ連れてきてやる」
「みんなが無事だったから、きっとキリムくんも目覚めたら喜ぶよ。今回は召喚士の入島禁止を無視したけど、いつでも遊びに来れるようになればすぐさ」
幼い子供たちがやや残念そうな顔をしたのを見て、その2人の頭を撫でながら、ワーフが慰める。
ワーフの言葉に、大人たちは苦い顔をして、申し訳なさそうに頭を下げた。皮肉にも今回自分達を助けてくれたのは、排除していた旅人、そして召喚士とクラムなのだ。
「
「そういう訳でもねえっづう事のわがっつまったからな。じき来れるごとなるで、いつでも来でけれ」
「兄ちゃんなんまだ来で欲しいだよ、なあ!」
幼い兄弟はすっかりワーフとエンキに懐いたようで、エンキのズボンの裾を引っ張りながら尋ねてくる。エンキはその2人の肩を軽くポンポンと叩きながら、まるで言い聞かせるように伝えた。
「俺がキリムを連れてきてやるからさ、お前達ももう家に帰りな」
「俺も強ぐなって、魔物さやっづける、おれが町さ守る」
「おう、そん時は俺が装備作ってやらあ。いつでもゴーンに買いに来い。店のこわーい女の人が売ってくれるさ」
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「では、後は頼む。キリムが目覚める時、傍にいてやりたいんだ」
「ああ、俺達も後で行く。ゴジェさんの店でいいか?」
「ああ。アスラ達に診させてもいいが、また他のクラムが押し寄せそうだ」
「確かに。んじゃあ旅人をノウイやゴーンに帰すのは俺とワーフに任せな」
ステアは目だけで感謝を述べ、そしてゴジェの店の前に移動した。時差はあるが、ジェランドよりも北にあるノウイはもう街灯に明かりがついている。
ステアは店の扉をノックして、開いた扉からすり抜けるように入り、キリムが横になっているソファーへと駆け寄る。ゴジェがキリムの状態を報告し、ミサが後に続けた。
「まだ寝てるわ。寝てると言っていいのか分からないけれど」
「後は俺が宿に連れ帰って面倒を見る。目覚めたら礼を言いに来させよう」
「そうね、何かあったら遠慮なく言ってちょうだい。でも、気になるわね。蘇生が成功してるのならそろそろ起きるはずよ」
「どういうことだ」
「ミサちゃんが、さっき図書館と本屋さんに行ってきたの。ついでに蘇生術とか、そういう事が分かる本も買ってきてもらったのよ」
「私達みたいな一般人は、あまり魔法とか旅人とかよく分からなくて。蘇生って、イメージでしか分からないからちゃんと調べようかなと」
ミサは買ってきた本をステアに渡し、付箋のついたページをめくるように告げる。ステアが開いたそのページには蘇生術に関する記述が書かれてあり、その仕組みと効果について読み進めていくと、ステアは首をかしげた。
「即時、もしくは30分程で徐々に覚醒が始まり、目覚めるだと? もう1時間以上経っている」
蘇生術は、基本的には病気や老衰、または先天的な問題等でなければ、怪我の治癒や毒の解除、気つけまで殆どが有効とされる。
厳密に言えば、蘇生とは命そのものを復活させるのではなく、肉体の再生や、損傷した臓器の軽度な修復をすることができる魔法だ。
要するに、意識を失ったのなら、その原因を取り除く事で目覚めさせるのだ。
「あと、その次のページも読んでみて下さい。私、それを見てもしかしたらと思う部分があるんです」
ミサが言う通りにページをめくり、そしてミサが指す一文を目にした時、ステアはミサが言いたい事が瞬時に分かった。
「元の体力がない乳幼児や高齢者は、効果が正しく出ない場合がある……」
「キリムくん、体力が不安って、言ってましたよね」
「蘇生術自体はかかっていても、キリムが目覚めるには体力が足りないという事か?」
「あら、そもそも体力って戦えば燃料みたいに減っていくんでしょう? それだとみんな蘇生なんて効かないはずよね」
老衰や病死の場合、死の直前にその人の基礎的な体力を数値で表すなら、ゼロになると考えられている。万が一体力の基礎値が残っていても、蘇生と共に病気も進行が再開する。蘇生術が怪我や激しい体力の消耗にしか効かないのはそのためだ。
「だ、大丈夫ですよ! 疲れていて眠っているだけです、きっと」
キリムは病気ではなく老衰でもない。となれば、元の体力が著しく低い可能性のではないか。そんな不安がよぎる。
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