Outbreak-09(098)



「確かにキリムは体力的に高い方とは言えなかった。同年代の者と共に戦っても、一番回復薬を消費していた。だがそれは誰よりも動いていたせいだ」


「ねえ、体力の値って、霊力みたいに測れないのかしら」


「どうなんでしょう。旅人の事はさっぱり……」


 ここで原因を探ろうとしても、知識のない一般人2人とクラム1体では埒が明かない。ステアはもう少し面倒を見てくれと頼み、旅客協会へと足を運んだ……のではなく瞬間移動をした。


 ノウイは17時をまわり、旅客協会は通常業務を終えていた。パーティー紹介、資質測定、各種相談などはもう窓口が閉まっている。


 ステアは少し考えた後、召喚士ギルドへと向かった。召喚士ギルドであればキリムの事を気にかけてくれると考えたからだ。


「おい」


「はい? もう窓口は……あれ、クラムステアではないですか!」


 ノックや失礼しますの一言も何もなく、ステアは当然のように扉を開けて声を掛ける。緑色のローブを着た男性職員は不審そうに顔を向けるも、ステアだと分かって慌てて駆け寄った。


「先程我が主が蘇生術を受けた」


「ええ、それは連絡を受けています」


「1時間以上経つが、まだ目覚めん」


「えっ?」


 召喚士でもそれが普通ではないと分かるのか、そんなはずはないと呟く。30分もあれば目覚めるもので、キリム程の若者であれば尚更早い。かと言って、治癒術士ギルドの職員が蘇生術を失敗することなどあり得ない。


「失礼ですが、キリム・ジジさんに持病は」


「さあな、知らん。だが血を飲む限りでは普通だ」


「もしくは病み上がりで著しく消耗していたとか」


「特にない」


 いつも元気ハツラツという訳ではないにしても、気分が悪い、寝込むといった事はなかった。ステアは人の体の事までは分からず、詳細を訊かれても分からない。


「……ちょっとお待ちいただけますか?」


「ああ」


 職員は奥の扉から治癒術士ギルドへと向かい、暫くして先程蘇生術を掛けてくれた治癒術士の女性を連れて戻って来た。


「あ、先ほどはどうも……キリムさんは?」


「ゴジェという男の工房で寝かせている。まだ目覚めん」


「えっ、まだ目覚めていないんですか? おかしいですね、体に魔法が浸透し、体力は通常の流れを取り戻すはずなんですが。頭の打撲だとしても、直前ならほぼ完治しますし」


「では何故目覚めんのだ」


 キリムが目覚めないという焦りからか、ステアの言葉遣いは一段と愛想がない。治癒術士は少し考えた後、可能性の1つを挙げた。


「蘇生術は、体の力、つまり体力の流れを正常に戻すのが本来の目的なのです。同時に状態異常……毒や麻痺、怪我なども治すので万能に見えますが、体力を回復させる術ではないんです」


「その程度の知識は本で確認した」


「ヒールは体力の流れが戻らないと効きません」


「ああ。ジェランドで施術させたが、確かに効かなかった」


 治癒術士は、そこまで分かっていれば話が早いと、結論を伝える。


「キリムさんは、体力の流れが元々弱く、回復が著しく遅いのではないでしょうか」


「回復が遅い?」


「ええ。体力が通常の流れを取り戻せば、時間が経つにつれ、蓄積された疲労は消えていきます。つまり体力が戻るのです。その体力に関わる機能が遅い体質なのでは」


 話を聞き、召喚士ギルドの男性職員は何かを考え込み、そしてカウンターの内側で本を漁り始める。


 ステアは今までのキリムの戦いを振り返っていた。キリムの場合、すぐに疲れるというよりは、回復薬を1度使い始めると、効き目がないと言わんばかりに次の瓶を掴む。


 それは消耗が激しいのではなく、回復が効いていなかったのではないか。あれだけ回復薬を使用しても、夕方には疲れ果ててステアが負ぶって帰っていたのだから。


 その時点で気付けた事だったのではないか。


「……思い当たる節がある。確かにキリムは自己治癒能力が低い」


「気になる点ではありますが、もし今までもそうだったなら、ゆっくりでも回復するという事です。一晩寝かせてあげるのが良いかと。もし明日も目覚めないようなら私が診に行きます」


「分かった。礼を言う」


 治癒術士が自分のギルドに戻っていくと、再びステアと男性職員だけになる。ステアが「世話になった」とだけ告げて立ち去ろうとするのを、職員は引き留めた。


「先程の治癒術士の話について、心配な点があります。クラムステア、あなたに確認したい事が」


「重要な事か」


「ええ、場合によってはあなたとキリム・ジジさんの関係がこの瞬間に変わります」


 キリムの様子を早く確認したかったが、ステアは職員の真剣な声色を無視できなかった。近くの椅子に座って足を組むと、職員に話の続きを促す。


「カーズ、ご存じですね」


「ああ」


「クラムステアとキリム・ジジさんはカーズ、あるべき主従ですね」


「カーズとあるべき主従は厳密には違う。俺とキリムはあるべき主従だが、まだカーズではない」


 職員はため息をつき、そして手元の冊子のページを捲る。


「これはゴーン支部からの報告書です。1つはあなたの調子の悪さとあるべき主従について、もう1つは一時的に召喚士から双剣士になれないか、2点の相談をキリム・ジジさんから受けたという記録があります」


「ああ」


「キリム・ジジさんはカーズを受け入れると仰っていましたか」


「それは本人の口からはっきりと」


 召喚士ギルドには古くからの書物が読み切れない程ある。この職員はカーズについて知識があったようだ。


「遥か昔の古書の記述でしたが、カーズという繋がりが詳しく説明されていました。あるべき主人は従僕たるクラムの血を飲み、カーズとなると」


「その理解は正しい。ただ、俺達は人が創った存在であり、その全てを知る訳ではない」


「我々も前例を知りませんから、推測でしか話が出来ません。カーズとなった主はクラムと同等の存在になる……と我々は考えています」


「ああ、それも正しい。もっとも俺達クラム側も前例が1つしかないが。キリムは人としての時間を外れ、俺達のように悠久の時を過ごす者となる」


 ステアはカーズについての知識を授ける為にここにいる訳ではない。何故今この話をするのか、その真意が分からずに表情も険しくなる。


 それに気付いたのか、職員はもっと詳細な話をしておきたいという気持ちを抑え、あくまでも仮定だと前置きをして自分の考えを述べた。


「キリム・ジジさんは、その準備ができつつあるのでは」


「どういう事だ」


 準備と言われても、ステアはその意味が分からない。心の準備ならもう出来ている事だろう。後はキリムがデル討伐までの期限付きで成長するのを待つだけだ。


「悠久の時、要するに不老不死の存在ですよね。という事は老いる事もないが成長も望めないという事ですよね」


「不死ではないが……まさか、既にその兆候が表れていて、成長しない、自己治癒も働いていないと言いたいのか」


「あくまでもこれは仮定です。ですが、自己治癒力が著しく遅い事、クラムステアとキリム・ジジさんがあるべき主従である事。全く関係ないのでしょうか」


 関係があるのか、ないのか。それを確かめる手段はない。しかし、召喚されずに戦い続けて不調になった自分に対し、キリムには何の影響もなかったのだろうか。


 カーズは一方的な存在ではない。クラムにだけ影響が出るという認識がそもそも間違いだった可能性がある。


「なんて事だ」


 ステアの姿は、あるべき主を手に入れる喜びというより、絶望しているように見えた。もっと話したい事はあったが、職員はステアにそれ以上疑問の言葉を紡げなかった。


「繰り返しますが、仮定の話です。とにかく今はキリム・ジジさんの様子を。目覚めなければ必ず連絡を下さい」


「……分かった」


 ステアは挨拶もせずに……いや、そのような余裕もなく瞬間移動でその場から消えた。


「カーズの本来の意味は呪い……ああ、だから古の先人達は、彼らのような関係をカーズと呼んだのですね」

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