Outbreak-07(096)
ステアは担当の治癒術士に謝礼金の支払いを申し出る。特に金額が決まっているわけではなく、協会側は個人の懐具合や気持ちに任せている。
ただ、ステアはその加減が分からない。
職員の少しでという声とタイミングを同じくして、ステアは財布からお札を全て抜いて会計用のトレイに置いた。キリムの命が何よりも大事であり、それが助かるなら何も惜しくは無いという考えたのだろう。
「ちょ、ちょっと! 流石にいただき過ぎです!」
ステアは生活費などを全く必要としないため、金など必要になればまた手に入れればいいだけと思っている。全財産を置くことに何の躊躇いも持っていない。
「そうか。ならば幾らと決めてくれ、俺は命の値段など判断できん」
そのトレイに置かれた謝礼金が3万5千マーニもあると気付き、治癒術士は慌てて貰い過ぎだと断る。クラムには寄付やお布施の感覚が分からないのだと気付くと、2千マーニだけありがたく頂戴しますと告げ、3万3千マーニをステアへと返した。
「もう連れて帰っていいんだな」
「はい、できれば暫くは体調の回復に専念させてあげて下さい。クラムのあなたにお願いするのも……おかしな話ですが」
ステアは特に何も言わず、キリムを背負って立ち去ろうとする。そこでふと立ち止まり、数秒考えた。
「我が主の治療、礼を言う」
もしもステアを知る者なら、思いがけない言葉に驚いていた事だろう。治癒術士はステアが普段礼を言う習慣がない事を知らないまま、ニッコリと微笑んで手を振った。
ロビーには旅人が大勢が待ち構えており、キリムの容態を心配する声がそこら中から上がった。噂好きと言うべきか、情報収集能力が高いと言うべきか、ジェランドで負傷した事がもう知れ渡っている。
ステアは何も言う事なく協会を出た。助けてくれた者に感謝はすれど、無関係な者対し愛想を振りまくつもりはないようだ。
そしてそのまま宿へ連れて帰ろうとたところで、ステアはワーフやエンキ、ディン達に戦場を任せたままにしている事を思い出す。
キリムを連れては行けないため、誰かが傍にいてくれる所に預ける必要がある。ステアは更に悩み考えた結果、ゴジェの店へと足を運んだ。
「有難うございました~、またお待ちしています!」
「はい! えへへ、可愛い服買えて良かった!」
「私もいつ着ようかなぁ!」
ゴジェの店からは若い女の子が2人、大事そうに紙袋を抱えて出てきた。この町の数少ないお洒落を意識した服屋として、この所知名度が上がっているという。
お洒落というものを諦めていた旅人の間にも、鎧や法衣に武器という日常を離れた、非日常(一般的には武器を取る事の方が非日常だが)を充実させようという雰囲気が出来つつある。
それは手が届く所にあるもので、決して許されない事や自重すべき事ではない。そのさきがけとなったゴジェの店は、旅人にも好評だ。
ステアが店内に入ると、ちょうど別の2人組の男性客が会計をしているところだった。
「はい、有難うございました! またお待ちしています!」
「おい。すまないがキリムを少しの間看ていてくれないか」
「え、クラムステア! どうでした……って、キリム君どうしちゃったんですか!」
明るい声と爽やかな笑顔で客を見送るミサは、その笑顔を保ったまま驚く。ミサが驚く声に何事かとカウンターから出てきたゴジェも、ミサより低い声で驚きの声を上げて駆け寄った。
「やだ、どうしたの!」
「先ほど蘇生術をかけてもらった。俺が離れなければならない状況で、格上の魔物と戦わなければならなかった」
「そんな! ねえ、蘇生術って、掛けてもらったらちゃんと起きるの? ああどうしよう、あたしが知らせたせいで」
「お前のせいではない、我先に駆けつけることができなかったなら、キリムはそれこそ後悔する。じきに目覚める、心配はいらん」
「あーんもう、あたしの可愛いキリムくんがこんな事になっちゃうなんて!」
「お前のものではない」
ステアはムっとした顔でゴジェの発言をけん制する。しかし、ここでゴジェにキリムを預けなければ、自分はジェランドの様子を確認しに行くことができない。
「ゴジェさん、キリム君を少しの間診ていて欲しいって」
「え、ええ、それはいいけど……」
「俺は念のためジェランドに戻る。まだ向こうに行った者は帰って来ていないようだ」
ゴジェは休憩室のソファーにキリムを寝かせていいと言い、ステアが指示通りに寝かせる。ミサは納戸から薄手のブランケットを1枚取り出して、そっとキリムの体にかけた。
ステアはその様子を見届けると再びジェランドへと戻る。時間は夕刻にさしかかった16時、まだ閉店の時間には早かったが、ゴジェは店の扉に営業時間終了の札を掛けた。
「あたし、見た目も大好きだけど、それ以上にこの子の事、放っておけないのよね」
「そうですね。普通の男の子なのに、色んなことを悟ってしまったような態度を取ったり」
「他人の役に立たなくちゃって、重く考えすぎてる気がするの。お洒落も娯楽も恋愛も、一番やりたい年頃じゃない? こんな若い子達があたし達の生活を守ってくれてるなんて、ちょっと考えるものがあるわ」
「寝顔は本当に普通の17歳の男の子ですね。自分達で選んだ生き方とはいえ、起きてまた戦いに明け暮れる方が本当にいいのかな。目覚めて欲しいけれど、もう少しゆっくりさせてあげたいなと思っちゃいます」
「そうね。魔物を数えきれないくらい倒して、強くなって、色んなものを犠牲にしながらこの子が戦っている相手って、本当にデルなのかしら。それ以外に色々抱えてる気がするのよ」
ゴジェとミサは店の片づけもそこそこに、キリムに少しでも変化が無いかを見守る。
蘇生の効果がまだ出ていないのか、寝息すら聞こえないキリムの髪をそっと撫でると、ゴジェはそのまま横に座る。
ミサはふうっと息を吐くと、いつになく気弱なゴジェを元気づける話をしようと口を開いた。
「目覚めたら、せめて次の戦いまでは楽しい思いをして貰わないといけませんね! ゴジェさん、私も色々と服を考えているんです。キリムくんがクラムステアと2人で強い決意を持って旅をしているのなら、そんな2人だけのお洋服がいいんじゃないかなって」
「あら、どういう事?」
「私やゴジェさん、その他の人が2人に持つイメージって色々あるでしょ? そういった物から制服のように、これぞ2人だ! っていう服を作るんです」
ゴジェはミサの提案に対し可愛く両手で頬を挟んで考えると、ゆっくり頷いた。
「エンキちゃんのブランドというものに対して、個人をブランド化するようなイメージかしら。それならクラムステアのイメージに近づける方がいいわね。あたしが連想するのはやっぱり……赤。そして燃えるような闘志の炎。そして剣。いいわね、考えましょう!」
「確か工房に図書館で借りたクラムが載ってる本があったはず!」
「本屋で買ってもいいわ、お金はあたしが出す。いくつでも買ってきてちょうだい!」
ゴジェは、よし! と言って立ち上がり、デッサン用のスケッチブックを手に取る。
そしてエンキやワーフと一緒に考えた着ぐるみや、ジェランド式のユカタ、ステアが希望した首回りが広く開いた半袖シャツなどが描かれたページをめくった。
そこから先はまだ真っ白だ。
自身が思い浮かべるキーワードを幾つか殴り書きすると、炎や燃え上がる剣、赤くたなびくマントなど、ありとあらゆるイメージを描いていく。
時折キリムに向けるその表情は、とても優しいものだった。
「あなたの旅の功績じゃなくて、あなた自身を応援しているの。きっとそういう人が大半よ、だからお願い、無理をしないで」
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