Outbreak-06(095)


 ワーフは治癒術士を呼ぶため、瞬間移動でその場を離れた。


 ワーフがいなくなると、ステアの殺気は一層激しさを増す。ハイランドウーガはそれに気づき、自分よりも格段に強い相手が来たことを察していた。


「フゥゥ……フゥゥ……」


 ハイランドウーガは敵わない相手よりも、確実に嬲れる住民を襲おうと判断したようだ。少し後ずさりをすると、背を向けて階段を上ろうと地響きを立てて駆けだす。


 しかし、それは3歩と続かなかった。3歩目にはステアがハイランドウーガの前に回り込み、そしてその右足を切り落としていたからだ。


 ステアの殺気は炎のように赤く、空気に残像で帯を作り出す。ハイランドウーガはステアにとっても楽な敵とまでは言えない。おまけに今は召喚されていない状態であり、戦えばその消耗も早い。


 それでもキリムを傷つけられた怒りは何をも補っていた。


 その表情は氷のように冷ややかで、身に纏うオーラと対照的だ。戦闘型のクラムとはいえ、こんなにも怒りに闘志を燃やす姿は見せた事がなかった。


「グォォォォ!」


 ハイランドウーガは足の片方を失い怒り狂う。そして拳による強力な一撃をステアに向けて放った。


 その拳はステアに当たらずに宙を飛ぶだけだった。文字通りハイランドウーガの左腕が宙を飛んだのは、ステアがその拳を刎ね飛ばしたからだ。


「よく戦った。硬く緑がかった黒い皮膚を魔法で焦がし、肉を深く切り付け、指も2つ切り落としていた。そんな我が主の戦い、俺が引き継いだ」


 片手片足を切り落とされたハイランドウーガは体制を崩し、もはや攻撃を繰り出すことは出来ない。ステアは「くたばれ」と言い放ち、技の構えを取る。


 双剣の戦神、ステア固有の技の1つだ。わざわざそのような事をする必要があるのかと言われたなら、きっとないとしか言えない。


 ただ、ステアはそうでもしなければ収まらないくらい、怒っていた。


「死月」


 技名を口にし、ステアは右手の短剣で時計回りに黒い炎の円を描く。すると1枚の黒い鏡が地面と垂直に浮かび上がり、一瞬のうちにハイランドウーガの姿を映し出す。


「ウォォォォ……ォ……」


 鏡に憤怒しながら、ハイランドウーガは動きを止めた。いや、身動きをしようとしても、もがくことが出来ない。


 まるで金縛り。ステアが生み出した黒い鏡が、ハイランドウーガを捉えたのだ。


「力を使い過ぎるが、これが一番確実だ」


 ステアが黒い炎をたたえる両手の短剣を交差させ、斬り刻む。


 その黒い鏡に映ったハイランドウーガもまた、同じように斬り刻まれてその場に崩れ落ちる。

 

 黒くとも満月のような死月は、粉々になって黒い雪のようにハイランドウーガの上へと降り注ぐ。ハイランドウーガが動くことは無く、黒い炎がその屍を包んだ。


「……キリム」


 ステアは怒りから解き放たれて冷静になり、キリムの名を口にする。駆け寄り抱きかかえて再度名を呼ぶと、呼吸があるかを確認した。


 微かだが呼吸がある事が出来ると、次にエンキを確認するために揺さぶる。エンキは意識を取り戻し、腕の痛みに顔を顰めた。エンキが起き上がるのを見て、心配そうに見守っていた幼い2人の男児が今度こそ勢いよく泣きだした。


 エンキが死んでしまったと思い、子供ながらに絶望と、自分たちを守って死んだという罪悪感にさいなまれていたのだろう。


「痛っ、ステア……つうことはとりあえず無事って考えていいのか、魔物は」


「倒した。ワーフがキリムの鞄を持ってきている、使えそうなものは使え。治癒術士も来てくれるはずだ」


「すまねえ。それよりキリムは、キリムは無事か」


「かなり無理をしたようだ、だがこの場合どうしたらいいのか見当がつかん」


「……死んでないよな?」


 エンキは心配でたまらずにステアに尋ねる。ステアはしっかりと首を縦に振った。


「それは無い。キリムに召喚された俺がこうして存在できているんだからな」


「あ、そっか。んじゃあなんつうか……気絶から目覚めさせる治癒術かなんか、とにかく治癒術士に見せればいいんだよな?」


「ああ、治癒術士はワーフが連れてくる。少しだけここを頼めるか」


「どこに行くんだ?」


「町の者が避難している神社というのは、その階段の上にあるのだろう? 小僧どもを連れて行く。おい、行くぞ」


 ステアの素っ気ない言い草では幼い子供も怖がる。エンキがとても強い兄ちゃんだから安心だと言うと、分かったと言ってステアに抱きかかえられる。どうやら命がけで守ったことで、子供たちはエンキに懐いたらしい。


 ステアは口を閉じて歯を食いしばり、目を閉じておけなどと更に不穏な命令をする。怯えながらも子供たちはコクコクと頷くと素直に従った。


 もっとも、その真意は俊足で駆け上がる際、揺れて舌を噛まないようにというステアなりの配慮だったのだが。


 200段程もある階段を僅か数秒で登り、境内で不安そうにしている町民に子供たちを託すと、ステアはまた数秒で駆け下りてキリムの許に駆け寄った。


 そこへ、ワーフに連れられた治癒術士が1名到着する。もちろんダーヤだ。


「エンキ、大丈夫だったかい! 良かった、オイラ心配で心配で……」


「有難うございます、心配をおかけしました。なあダーヤさん、俺はいいから先にキリムを診てやってくれ、俺は怪我だけだ」


「まったく、こんな良い装備が台無しになるほど、一体どんな強敵を相手にしたんだ」


 エンキの言葉に頷くと、ダーヤはキリムをその場に寝かせるように伝える。ステアは渋々その場に寝かせるとその場を譲った。


「ったくクラムだろ、飼い犬じゃねえんだから。ほらどいたどいた!」


 ダーヤはキリムの状態を確認し、多分効かないだろうと言いながらもヒールなどを掛けていった。そのどれも効かないことを確認すると、あとは意識不明の場合に有効な蘇生術しかない。だがこれには少々時間が掛かる。


「自然に目覚めるのを待つにしても、魔法で目覚めさせるにしても、今すぐにという訳にはいかない。ここで術を掛けるよりはノウイで掛けて貰った方がいい」


「分かった」


「フカにも協会の出張所があるけど、一度ノウイに戻って休ませるべきだ。心配ない、結界はもう修復された。今はみんなで町や森の中を確認している。結界を開けたのが何かも気になるし」


「分かった、礼を言う。すまないが帰路や町民の世話はワーフとエンキに任せていいか。俺はキリムを目覚めさせに行く」


「それくらい任せてくれよ、後の魔物もこっちでなんとかする」


 エンキが力強く頷き、ワーフは事態を最前線で魔物と戦っているディンへと知らせに行く。ダーヤとエンキが神社への階段を上がっていくのを見届けると、ステアはしっかりとキリムを抱き上げ、また悲しそうな顔をして、瞬間移動でノウイへと向かった。





 * * * * * * * * *





 ステアはノウイの旅客協会に戻ってくると、すぐにキリムを治癒術士に診せた。驚いたのはその場にいた旅人達だ。


 旅人達はステアに色々と尋ねたい様子だったが、意識が無いキリム抱え、何者も寄せ付けないオーラを放っていると、皆が自分の言葉を飲み込んだ。


「ジェランドは大丈夫ですか」


「ああ、我が主の死闘により住民も守られている」


「良かった。あなた達がすぐに動いて下さったおかげです。さあ、キリムさんをこちらに寝かせて」


 女性の治癒術士がブツブツと呪文を唱え、キリムの体が淡く橙色に光る。それは一瞬ではなく、繰り返し行われた。


「おい」


「静かに。意識がない状態は危険です。蘇生術は簡単な術ではないんです」


 注意され、ステアは黙って治癒術士の施術を見守る。時間がかかり、詠唱中は無防備。なるほどダーヤがあの場で施術しなかったはずだ。


 5分ほどしてようやく最後の詠唱を終えると、治癒術士はステアを手招きして治療完了を告げた。


「どれ程疲労が蓄積されていたかで、多少目覚めまでの時間が変わります。ゆっくりと休ませて下さい」


「分かった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る