Outbreak-05(094)


 平屋の石垣の向こう、肩車した子供ちょうど顔を出せる高さの位置から、階段前で戦っている人物が見えているという。


 エンキがどんな人物かを尋ねると、それは小さい剣を持った人、茶色い髪、黒い格好だと教えてくれた。


「もしかして、キリムか!」


「キリムで、おれ知らねだども、旅人のええ格好の、すでる! にいちゃんと同い歳ぐれぇすでる!」


 エンキはそれがキリムだと確信し、兄弟をいったん降ろして一緒に路地を曲がった。その目の先では、まさにそのキリムが巨大な魔物と対峙していた。


 所々灯篭の台が粉々になり、塀も壊れている。キリムは幾らかの攻撃を喰らってしまったようで、顔をゆがめて苦しそうだ。それを見たエンキは、すぐにワーフを呼ぶために腕輪に語りかけた。


 しかし、先に行ったはずのウルフ型の魔物が突如現れ、牙をむいてエンキ達に近づいてくる。幼い兄弟は「うわあ!」と大声をだし、それにキリムも気づいた。


「エンキ! 俺が引き付ける、こっちへ! 階段を上がって!」


「キリム! お前ひとりじゃ無理だ、こいつは俺がやる! いいかお前ら、ここを絶対に動くな! そっちの海沿いにいろ!」


 エンキは神社前の広場の海沿いの縁に2人を逃がし、隙があれば階段を上れと伝える。エンキが1人で魔物と対峙した事は殆どない。それでもこの場の全てをキリムに任せる訳にはいかなかった。


「ミドルウルフだ! 魔窟のダークウルフより弱いから落ち着いて!」


「お、おう……つっても1人で倒した事なんかねえぞ俺」


 ミドルウルフは決して強い魔物ではない。キリムなら1、2撃で倒せる相手だ。けれどこの町の自警団や、旅人未満のエンキにとっては死闘にもなりかねない。


 それでもエンキは万が一の時もワーフがじきに駆けつけて何とかしてくれるだろうと、斧を構えてミドルウルフへと飛びかかった。


「斧の扱いは上手いって、あのキリムのお墨付きだからな! 食い止めるくらいは……してやる!」


 キリムは巨人の攻撃を防ぎつつ、幼い子供達を守るエンキの様子にも注意を払っていた。


 スカイポートでメーガン達と戦った時、ウーガ種は魔法などに反応して急に狙いを変えると教えられ、実際にその通りになった。この状況で巨人の注意をエンキに向ける訳にはいかない。


 キリムは時々ファイアを唱えて顔を焼こうとしたり、痺れ薬をかけたりし、とにかく巨人の動きを封じることに専念する。怒りをキリム自身に向けることも忘れない。


「足払い……短剣じゃ無理なら、蹴るまでだ!」


 エンキは巨人が仰向けに倒れるところを視界の端で捉えながら、ミドルウルフのかみつきを斧の柄で防ぎ、そして石造りの塀の押し付ける。


 だがなんとか勝てると思い魔物を振り払おうとした瞬間、エンキが持っていた斧の柄が噛み砕かれてしまった。


「うわっ、冗談じゃねえぞ」


 吟味して買ったとはいえ、柄で攻撃を防ぐ事など想定していなかった。ミドルウルフはその柄を砕いた後、右前足の鋭い爪でエンキの肩をおもいきり切り裂いた。


「ぐあっ……!」


「グォォォォ!」


 顔をしかめたエンキが歯を食いしばると同時に、ミドルウルフがエンキへと体当たりをして吹き飛ばす。


 衝撃で動けないエンキに向かって土を掻きながら、ミドルウルフはエンキをかみ殺そうと助走をつけ、そして走り出した。


「ファイア!」


 そのミドルウルフがキリムの魔法の射程圏内に入ったことで、キリムがすかさず魔法を放つ。ミドルウルフは瞬時に焼かれ、苦しがりながら倒れた。だがファイア自体が弱い魔法であり、まだトドメは刺せていない。


 位置的にエンキや幼い子供達が巻き込まれる心配があり、トルネードやエアブラストが使えないのだ。


「エンキ! エンキ逃げろ!」


 キリムの声が聞こえないのか、エンキはピクリとも動かない。どうやら気を失っているようだ。巨人を倒しきれていない為に、キリムはエンキを助けに行くことも出来ない。巨人の遥か後方に倒れているエンキを心配することしかできない。


 その間に巨人は再び立ち上がる。その後方で何かがふっと現れた事に気付き、キリムがあっと声を出した時だった。


 現れたのはワーフだった。キリムの耳には入らなかったが「やや、エンキ、大丈夫かい?」と辺りを見回す仕草をするところまでは把握できた。


「エンキ? エンキ! 酷い怪我だ! オイラのエンキに……許せない!」


「あ、あの、そのオオカミな、にいちゃんば襲って、ふえぇ、おれたちさ守って、なあ、どうすべ、おれたち、どげなしだらいい!」


 ふと傍にいた幼い人の子の声が聞こえ、ワーフは一瞬怒りを顰める。幼い子の泣きながらの説明で大方の事情が分かると、再び怒りを纏った。


 普段の穏やかでニコニコとした表情など忘れそうな、まるで般若のような形相で魔物を見据える。そして壊れた斧の刃を両手で持ち、魔物へと近づいた。


「この魔物がエンキを……!」


 再び頭を上げようとしていたミドルウルフの頭は、一瞬で斧の刃によって真っ二つになった。そして、ワーフは目を赤く光らせながら何かをブツブツと唱える。


 しばらくすると神社の上から何か棒のようなものが飛んでくる。ワーフはそれを手に取ると、巨人にも向かって行こうとした。


 その手に持っていたのは、遥か昔にワーフが「護神刀」としてこの島に譲った「刀」だった。神社に祀っていたものだ。


「ワーフ、だめだ! 戦闘型じゃないワーフじゃ敵わない!」


 そう叫ぶキリムは荒い息も整わないまま、渾身の力で双刃斬を繰り出す。そして巨人の背後に降り立った。ワーフが攻撃に参加しないようにと願いながら、次の攻撃を仕掛けようとする。


 しかしその瞬間、振り向きながらの巨人の左拳がキリムの背中を殴りつけた。その勢いでキリムは後方にいたワーフのすぐ脇まで、また十数メルテも吹き飛ばされてしまう。


 ワーフはキリムの事が目に入っても止まらず、巨人へと向かって歩いている。


「くっ、ワーフ、ダメだ、あなたが消えてしまう……」


 ワーフは殺気立ち、キリムの声が聞こえていないようだ。


「エンキと、キリムくんに、よくも」


 ワーフの歩みは止まらない。


「ステア、今だけこっちに……ワーフ達を助けて」


 何とかしなければと立ち上がろうとしたところで、キリムの意識は途切れた。





 * * * * * * * * *





「どうした」


「……召喚を解除された。直前で呼ばれた気がするんだが」


「嫌な予感がするな、行ってやれ! 気でも失っていたら嬲り殺されるぞ。お前も消える」


「後は任せた」


 ステアはクラムディンに結界周辺を任せ、自身は気が気でなかったキリムの所へと瞬間移動した。


 キリムによる召喚は、キリムの意識が途切れた事で不発に終わっていた。だが、ふとキリムから感じる霊力が急激に弱くなった事に気付いたのだ。



 移動してすぐ目に入ったのは、神社に上る階段、そして大きな巨人型の魔物「ハイランドウーガ」の姿だった。


 階段の登り口を塞ぐその巨体の前には、ワーフが立っている。そして……


「キリム!」


 キリムの傍にはエンキも倒れており、そのすぐ脇では幼い子供が2人、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


「おいワーフ、ワーフ!どうなっている!」


「あいつがオイラの大事なエンキを」


「チッ、相手が悪すぎた。キリム、おい、しっかりしてくれ!」


 キリムとエンキは地面に伏せるようにして倒れたまま、ステアの呼びかけに反応しない。


 ようやく事態が分かり、ステアはワーフ以上の殺気を放つ。そのステアの殺気によってワーフはようやく我に返った。


「ワーフ! 階段の脇にキリムの鞄が見える。あれを取って2人に何か使ってくれ。その後で治癒術士を連れてこい」


 召喚を解かれたため、怒りは覚えているものの、今日のステアは暴走していない。


「わかったよ! ステアはどうするんだい」


「あいつを殺す。いや、それだけで済むかは分からんな、怒りで島ごと吹き飛ばしそうだ」

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