Outbreak-03(092)



 ワーフが町の中へと駆けていく。


 事情を既に聞いているのか、駆け付けたパーティーはすぐに参戦してくれる。そのうちキリムの横に、今参戦したばかりの女性召喚士が立った。


「キリム・ジジ! お久しぶりね」


「あなたは……え、ケイナさん!?」


「覚えていてくれたのね、光栄だわ。微力ながら私も手を貸す!」


 スカイポートで出会った召喚士のケイナだ。


 彼女はノウイではなくゴーンにいた。けれど旅客協会でジェランドが襲撃されている事を聞き、パーティーメンバーと共に駆け付けたのだ。


 ノウイの港から「あのキリム・ジジ」がクラムの手を借りて、ジェランドに旅人を運んでいる。そう聞いた時、彼女はひらめいた。無作為召喚でクラムの本体を呼び出し、自分達をノウイに運んで欲しいとお願いしたのだ。


 しかし、呼び出した雷を司る老人の姿をした精霊「ラムウ」はノウイの町に入った事がなかった。雷が人里に歓迎されない事を知っていたからだ。そこでラムウはクラムの洞窟でノウイに行った事のある者を訊ね……


「生憎、戦場じゃなく町に飛んだことがあるクラムなんて、そういねえからな。行った事がある俺が代わりにやってきたって訳さ」


「ディン!」


「よう。まあこの嬢ちゃんの想いはしっかり受け取ったからな。ラムウ爺さんの次の無作為召喚は俺が(強引に)来たって訳さ」


 真っ黒な装備、ヒュウ族の姿だが黒に近いグレーの肌、鋭い眼光。口調こそ軽いが見る者を圧倒する剣の戦神。クラムディンだ。


「ケイナさん、ディンが来てくれたなら安心です! お願いします!」


「ええ! 私には強すぎるクラムだけど、私の霊力で役に立てるなら頑張らせてもらう。しっかり見栄を張らせてもらうわ!」


「よっしゃ嬢ちゃん、霊力は早めに補充しときな! 俺を使役するのは疲れるぜ?」


 ディンはステアが斬り込んで行った前線へと走っていき、高く跳び上がると両手で剣を真上に振りかぶって叩くように振り下ろす。


「ふはは! いいね、久しぶりの大暴れだ!」


 その威力は凄まじく、その周辺の魔物が数体一気に肉片となって吹き飛んだ。


「すごい……。ステア、負けるなよ!」


「ディンか。フン、心配せずとも俺が負ける事はない」


 ライバル心があるのか、口では涼しそうな台詞を吐くも、ステアの動きは見違えて良くなる。2体の戦神が結界の裂け目から這い出てくる魔物を倒していき、キリムやマーゴ、その他の旅人達はそこから漏れた魔物の討伐に切り替えた。


「こりゃ俺達の出番が全部持っていかれるぜ……シールドバッシュ! ニジアスタは俺が防げない個体を始末してくれ! リャーナ、デニースと町の中に向かう個体の始末! ダーヤは適当に何かやってくれ!」


「ちょ、ちょっと! 何だよその俺だけいい加減な指示!」


「うるせえ、さっさと補助魔法を掛けろ、お耳の坊や」


「あーっ!? あー! ニジアスタもお耳の坊やのくせに! いいよ、あっちのお耳の坊やから先に補助魔法掛けるもんね!」


「ちょっと、俺を巻き込まないでくれよ」


 ダーヤとニジアスタとデニースが、同じ「お耳の坊や」として訳の分からない張り合いをする中、数だけは多い魔物も町の中へ侵入する数が随分と減った。


 結界の修復は始まっており、数十分もすれば塞がるだろう。もっとも、何故こじ開けられたのかという真相は解明されていないため、それで一件落着かは分からないが……。


「キリム! お前はエンキとワーフの援護に向かえ! 結界が塞がったら駆け付ける」


「でも……」


 いったん後ろに下がったキリムに、ケイナが声を掛ける。


「霊力回復薬も10本持ってきてるから、お腹いっぱいになるまで持ちこたえるわ! 私は召喚しかできないから行っても意味がない。だからお願い、ここは任せて!」


 ケイナが目配せで町の中をお願いと訴え、キリムは分かったと頷く。


 結界の入り口では近接職たちが、後方ではすり抜ける魔物を遠隔攻撃出来る者が討ち倒していく。しかし人数が少なすぎて、民家が立ち並ぶ中心部に侵入した魔物までは手が回らない。その状況も良く分かっていた。


 キリムは1人で町の中へと走っていく。家の中に隠れている者に届くよう、大声で呼びかけながら路地を回り、そして神社を目指す。


 魔物は人の気配を感じ取ることができ、建物ではなく人を襲う。今、このフカの町の住民の大半が神社に避難しているだろう。そこを魔物が狙う事は安易に予想できた。宮司が結界を張れるとして、万が一の際に誰も戦えないのは心配だ。


「1パーティー回ってくれてたし、殆どこっちには魔物が来てないみたいだ、良かった」


 神社へ向かう階段の前でキリムが胸をなでおろした時、逃げ遅れていた町民が走ってきた。男は荷車をひき、足が悪い老婆と幼い子を乗せている。キリムはこっちだと叫び、荷車から老婆たちを下すのを手伝った。


「早く上まで! 魔物は見ましたか?」


「ああ、ありゃあ……やんねば逃げれなで! 自警団と旅人が倒してくれとるだで。遅れでる人の誘導ばして、こっちさ逃げれと町をまわっとるだよ!」


「きっとエンキだ……もう心配いりません、ここは俺が守りますから」


「1体、でっけぇのが入り込んで暴れとるで、無理せんでけれ! おめさま1人で勝でるた思えねが、おらは婆さま上さ負ぶってやんねば」


「大丈夫です、さあ行って!」


 男が老婆を背負い、幼い子を先に駆け上がらせる。長い階段の付近には戦える者がキリムしかいない。


 神社の結界がもう張られているとしても、1人で何百人、何千人を守れるはずもない。ここでキリムがいなければ、上にある神社に避難した者たちが襲われてしまうだろう。


 階段の前で構えていると、先の路地を曲がって魔物がやってくる。サハギン、狼型のミドルウルフ、ゴブリンのような魔物と様々だ。


「自警団で対処できるならレベルはそう高くない、行けるはず」


 キリムは得意な技を頭でシミュレーションし、そして魔物を引き付け、まずは創波を放った。1体に続いた数体を真っ二つにすると、次にはエアブラストを唱える。


 魔物の数は思ったよりも多い。来る途中に通った海沿いよりも、山側にかなりの数が流れていたようだ。


 後ろからすり抜けられることを警戒し、キリムはその場からは動けない。そのため出来る限り軸足を浮かせない技ばかりを使って、襲いかかる魔物を両手で切り裂いていく。


「これくらいで音を上げられない! デル戦に参加するって言っておきながら数だけの魔物に勝てないなんて……最低だ!」


 キリムは軽鎧の頑丈なプレートを魔物の鋭い爪で引っ掻かれながらも、小手と足具で打撃と蹴りを入れ、そして短剣でその喉を切り裂いていく。


 跳び上がったり移動する技が使えず、単調な動きになってしまいがちだ。それでも10体ほどに襲い掛かられるところを再び創波で一掃すると、周囲には少しの空間が出来た。


 鳥型の魔物が遠くに見え、キリムはファイアで遠距離攻撃を仕掛ける。数分も戦っていれば、周囲には魔物の屍がごろごろと転がり、ようやく第一波は去った。


「神社から阿鼻叫喚が聞こえないって事は、上は無事って事だよね。とりあえずセーフ……」


 危機が去った、とホッと一息つき、体力回復の小瓶をもう一つ手に取った時だった。


 どしんと地面が揺れ、キリムは遠くを見るように顔を上げる。


 木造平屋の家々の屋根より高い位置に、1体の大きな巨人型の魔物の頭が見えていた。山の方では地響きに驚いたのか、鳥たちが更に山の奥へと飛んでいく。


「なっ……!? あいつ、山の中を通って来たのか!? まさか、山の中に逃げた人達が……」


 その魔物がウーガと同じ種類だと気づき、キリムは急いで小瓶を開けて一気に飲み干し、空き瓶を鞄に入れて階段の脇に置く。


 短剣を握る手には力が入っている。ウーガよりも大きく4メルテ程はありそうだ。キリムは1人で対峙することに少し緊張している。


「さあ来い、とは言いたくないけど。ウーガと攻撃パターンが違いませんように!」

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