Outbreak-02(091)


 ワーフとキリムは宮司に深々と頭を下げられながら建物の外に出る。境内を通ってそのまま鳥居をくぐり、石の階段を駆け下りると、木々が左右に生い茂る階段から前方に海、そして港町が見えた。


「なんだか変わった町並みだ……あの屋根の黒い鱗みたいなのは何だろう」


「瓦というものさ! 粘土を焼いて固めて、表面に塗料を塗って劣化を防ぎ、それを張り付けているのさ」


 裏手には山があり、海沿いを這うように黒い屋根の家が並ぶ。幅はせいぜい百メルテ程だろうか、ジェランドの南東に位置ずるフカの町は、南北に細長い。


 長い階段を降りる途中、そしてその先の坂道や路地を駆け抜ける時に、住人とすれ違う。非常時にはあの神社に集まるように日頃から言われているのだろう。


「旅人さんか!」


「ああ、旅人さん! 港ば、港ば行ってけれ!」


 魔物への抵抗は諦めたのか、戦っている者は殆どいないようだ。旅人の立ち入りを歓迎していなかったせいで、戦える者はそもそも少ない。


 そうして魔物が入り込んできているのはどこかを探すうちに、ステアが瞬間移動でキリムの許にやってくる。その脇にはエンキ、そして幾人かの旅人が抱えられていた。


「待たせた。もう数人ばかり連れてくる、お前は先に魔物のところへ」


「分かった! お願い!」


「おいらもステアと一緒に旅人さんを連れてくるよ! エンキ、怪我をしてはいけないよ」


「はい、ワーフ様。宜しくお願いします」


 初めての瞬間移動で戸惑う旅人に構わず、ステアとワーフは瞬間移動でノウイに戻っていく。こんな所で立ち止まっている暇はない。


「あの、皆さんも一緒にいいですか!」


「あ、ああ」


 その場にいるのは3人。剣盾士、治癒術士、攻撃術士、パーティ―のもう一人の剣術士は次の便で来るのだという。


 町人が前方から走って逃げてくるという事は、この先のどこかから魔物が襲い掛かっているのだろう。キリムは手を振りながら1人の男に声を掛けた。


「すみません! 魔物はこの先からですか? 状況を教えて下さい!」


「あ、あんたら旅人だか! どんな状況っつっても分がらねえ! 結界が黒く変色ばすでな? そごがらヒビなん入ってしもてな、魔物がこじ開けるごと来でんのさ! この先の船着き場がもう防ぎきれねえの!」


「結界に……ヒビ? あ、有難うございます、みなさんこの先のジンジャ? という所に逃げて下さい!」


 キリム達が再び走り出すと、後ろでは答えてくれた男が神社に逃げろと大声で呼びかけてくれている。


「前! あれ、えっと……サハギンだ!」


 キリムが素早く駆け寄り、2本の双剣を振りかざして頭から斬り裂く。それで仕留められたのか不安だったキリムが、着地と同時に振り向く。すると剣術士の男が念の為と頭から真っ二つに斬って援護してくれた。


「第二陣だ」


 しばらくしてステアとワーフが旅人を抱えて戻って来る。今度はステアとワーフにしがみ付く旅人がそれぞれ5人。最初の3人とキリム、エンキを合わせてもまだ15人。これでは足りない。


「おいらがあと何度か連れてくるから、ステア達は先に行っておくれ!」


「分かった。おい貴様ら、この周辺の路地に手分けして散って北を目指せ。俺達は先に行く」


 ステアは風のように速く走ることが出来る。暫く進むと逃げ惑う町民の集団とすれ違った。港までもう少しという所でサハギンなどの魔物を倒し、なけなしの武器や革鎧で応戦する町民の集団に加わる。


 コンクリートで固められた岸壁は幅数メルテ程度しかない。大きな船が着く桟橋とは思えない程簡素で、当然のことながら旅人の姿は見当たらなかった。


 遠く水平線が見える爽快な晴れ空の下、港の北側の結界が黒く濁り、そこから魔物が入り込んでいる様子がなんとも異様だ。この戦力でよく耐えたと言うべきだろう。


「皆さんは神社に逃げて下さい! 俺達が応戦しますから!」


「はっ!? 旅人、旅人がおった! 助かった、逃げる訳になんねども、すまねえわしらだけじゃ無理だで!」


「すぐに応援が来ます、持ちこたえましょう!」


「助かる! おめさまがたえらいとき来おらした! この島ぁ、旅人のすぐねえもんで!」


「すぐねえ?」


すぐないっつうことだっぺよ! オラたちゃ結界士なん守らにゃなんねが! わりいが魔物さ退治すで貰えるだか!」


「分かりました!」


 自分達が締め出した事も忘れ、町民は安堵の表情を浮かべる。怪我をしている旅人は数人が担いで避難させ、戦える者だけが残った。目の前の魔物達はその間にもどんどん増え、このまま何も加勢せず時間が経てば自警団も大半がやられてしまうだろう。


「なんかでけえ魔物も入ってきただが、もうわがらねえ!」


「今はここを防ぎましょう!」


 キリムは双剣を、エンキは斧を構える。


「行くぞ」


 ステアが駆け出し、双剣を振る。その度に魔物が赤黒い血しぶきをあげながら倒れていく。周囲に誰もいない状況なら、ステアは自由に動き回り、最も力を発揮できる。


 自警団はステアの後ろに回り、町へ入り込もうとする魔物の阻止を試みる。ステアは自分が前線を担当することで、暗に自警団に下がってもいいと伝えたのだ。キリムがステアの事を優しいと言うのは、まさにこういう事だ。


「俺も! エンキはワーフが来たら逃げ遅れた町民の誘導をお願い! まだ家の中にいるかも!」


「分かった!」


「ステア! 後ろは任せて! 双破斬!」


 両手の剣が縦に弧を描き、目の前のブラックウルフのような魔物の首を切り落とす。気力を乗せる訓練を積んできたことで、キリムの斬撃は動きに見合うだけの威力を持つようになってきた。


 今までは武器の性能と、自身の腕力や遠心力だけで戦ってきた。キリムは武器の扱いを専門的に習わなかっただけでなく、気力の使い方も知らなかった。


 クラムであるステアは人の魔力や気力の指導が出来る程知識がない。教えてくれたのはマーゴ達だ。


「もう5人連れてきたよ!」


「有難い! エンキ、じゃあ町の中を頼んだよ!」


「おう!」


 エンキが走って町の中に消えていき、代わりに走って来た旅人達が追いつく。これで旅人は20人程、4パーティーだ。


「やあキリム君、やっぱり君だったね」


「マーゴさん! 良かった、心強いです!」


 ワーフが連れてきたのはマーゴ達のパーティーだった。ワーフが動いているという事は、キリムとステアが既に向かっていると踏んだのだ。幸い今日は魔窟に行っていなかったのだろう。


「よっしゃ、暴れてやろうぜ! 結界士は他にいないのか! この町の結界を担当してる奴は2人しかいないのか!」


 リャーナが大剣を構えて魔物の群れに飛び込みつつ叫ぶ。町の自警団に守られた結界士は見たところ2人。それも随分と若い。


「2人しがいねえ! あと1人は宮司さまやが、皆あっちさ逃げとるで、神社さ空げる訳にはなんねえ!」


「おいらがノウイから連れてくるよ!」


「お願いします! 何度も頼ってすみません、その後エンキの加勢をお願いします!」


 結界士がいれば修復が出来る。人数がいればそれだけ修復も早い。それまでに魔物を食い止め、被害を最小限に防ぐ。今はそれだけを行えばいい。


創波そうは!」


 キリムは両手の剣を頬、そして脇へと引き付けて、勢いよく刃を押し出す。その押し出しによって衝撃波が生まれ、それは白い光の波となって魔物を襲う。


 それは短剣本体ではなく、そこから生み出した気力の刃。技の型に魔法ではなく気力を乗せる事を覚えて習得した技だ。


 それを躱した鳥型の魔物に対しては、同時にエアブラストを唱えて風の刃によって切り刻む。キリムは魔窟で大きく成長していた。


「結界士さんと、あと4人を連れてきたよ!」


ワーフが連れてきたのは男性の結界士が1人、そして剣盾士、攻撃術士、治癒術士、召喚士のパーティーだった。


「有難うございます! 後は町の中の声掛けをお願いします! エンキはもう向かいました!」


「分かったよ! 行ってくる!」

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