Ⅹ【Outbreak】守り、守られる者たちへ
Outbreak-01(090)
【Outbreak】守り、守られる者たちへ
3月。ノウイはようやく日中の気温が0度を上回るようになり、港内に漂っていた氷もなくなった。
魔窟を出て別の町に向かう旅人も多くなり、反対に商人の訪れが多くなる。
キリムとエンキはゴジェの工房で、マルス達からの手紙を読んでいた。
町の中には魔物の気配がない事、旅人が驚くほど警戒され、泊まれる宿が1つしかない事。
他にも村があるらしいが、その場所を誰も知らない事なども綴られている。希少な鉱石も細々と産出しており、手に入らない訳ではないようだ。
ただ、キリムとエンキはそのような近況報告もそこそこに、別の話題で盛り上がっていた。
「ほんとリビィの絵ってすげえな……これは何だ? 手に棒持って何してんだろ」
「分かんない、予想では棒じゃなくて剣だと思うんだけど。ただ、その前にあるのがどう見てもケーキなんだよね」
「あ? これ牢屋じゃねえの? この縦線って……牢屋の格子だろ」
「え、だって……それにしてはこの人ニッコニコじゃない?」
検閲済みの押印があるため、中身は確認されている。検閲逃れの策として、リビィの絵をもしもの時のメッセージにすると決めていたが、今回も前回も前々回も、危険を示す絵なのかどうか、全く判断がつかない。
ステアはリビィの絵の解読を放棄し、ワーフはそもそも興味がないようだ。ワーフは相変わらず召喚されていない時は創作意欲が湧いてこないらしく、最近は朝になるとエンキに召喚を強要すべく、自らエンキの許に向かっているという。
エンキは既にキリムの装備を完成させ、渡していた。キリムは装備してその性能や着心地をモニターとして報告し、微調整などをお願いしている。調整とテストを終えたらエンキもゴーンに戻る予定だ。
エンキ渾身の軽鎧は、基本色は黒で統一されながらも、肩当てや鎧のつなぎ目の赤い縁取りが印象的だ。他には見ない新しいデザインと言うべきか、横一文字の胸当ては銀色が目立たないよう、丁寧に艶消しがなされている。
腹部や可動部に使われるアークスパイダーの糸で織られた耐熱・耐切創の布も黒く染められ、すっきりとしたシルエットがいっそう引き締まって見える。
「ステアも何かエンキにお願いしたらよかったのに。赤いマントもちょっと綻びてきたし、アークスパイダー布もまだあるんだって」
「ステアの不敵な笑みでお願いなんかされてみろ、恐怖で一生夢に出る! いいよ、サッと作ってやる」
「心外だな。俺はそんな顔をしたことなどない」
「まあ、そもそも殆ど笑わないもんね」
キリムとステアのやり取りの中、ステアが不得意なものなどないと言って無理に笑って見せる。その顔が思いのほかぎこちなく、エンキが笑いながら机を軽く手のひらで叩いた時だった。
工房に入る扉がバンと大きな音を立てて開き、動揺した様子のゴジェが転がり込んできた。
「あなた達! 大変よ!」
「うわビックリした、ゴジェさん?」
普段おしとやかを心掛けているゴジェは、鬼の形相とも言えるほどの顔でその場の皆を見回す。ワーフだけが素直に「ひぇっ」と声を出した。
「ハァ、ハァ、ジェランドが……襲われているって船乗りが!」
「なんだって!?」
「ジェランドの基幹港から連絡が入ったって」
「大丈夫なのかな、他の町や村は?」
ジェランドが襲われていると聞き、キリムは慌てて脱いでいた軽鎧を着直す。向かうつもりなのだ。
「情報が入っていないだけかもしれん。ヤザン大陸やラージ大陸以外はどこも大陸と言う程大きくはない、旅人の数も限られる」
「行こう! エンキ、旅客協会に声掛けを! ステアはジェランドには飛べる?」
「生憎、ジェランドは島の北東の小さな砂浜に行っただけだ。そこから港町を目指すには時間がかかる」
「オイラが行けるよ! 確かジェランド島のフカって町だね。何度も行っているよ」
かつてまだワーフが人の祭事に顔を出していた頃、ワーフの装備を神の化身として祀ってくれていたのがジェランドのフカなのだという。
行った事がある場所なら、ステアに限らずどのクラムも瞬間移動が出来る。船で向かえば数日の航海となり、しかも便が出るとも思えない。ならばワーフに連れて行ってもらうのが一番早い。
「召喚士は立ち入り禁止とか、旅人の立ち入りは歓迎されていないとか、今は関係ないよね」
「皆、魔物に殺されるよりはマシだろう。自警団で対処していたとしても旅人には及ばない。俺はお前が飛んだ後、お前の腕輪を頼りに駆け付ける」
「分かった! ステア、出来れば他のクラムにも声を掛けて!」
「ああ、必ず」
「あたしとミサちゃんで見掛けた旅人に声を掛けるわ!」
一同は慌ただしく工房を後にし、それぞれがなすべき事の為に動き出した。
* * * * * * * * *
ワーフの瞬間移動によって、キリムは初のジェランド上陸を果たした。
小型な貨物船や漁船が繋がれている港は、風に乗って潮の香りがする。初めて訪れる者にとって、フカに吹く風はノウイやイーストウェイよりも強いように感じるという。
しかし……。
「ワーフ、ここどこ? 真っ暗!」
「んと、どこだろう? オイラがパッと思いついたのは」
キリムの目の前は真っ暗だ。どうやら建物の中にワープしたらしい。
もしも皆が逃げ隠れている場所なら、ライトボールを打ち上げる事で魔物にここだと告げるも同然だ。仕方なくキリムもワーフも床を這うようにして出口を探し始める。
「ん? あんれま、おめさがた、そごで何してるだか」
老人の声がすると同時にふと明かりがつき、キリムは眩しさに目を細めた。目が慣れたところで辺りを見回すと、そこは木造の建物の1室だった。
お香のような匂いがする部屋の中、男が少し重そうな法衣を着ていてキリムとワーフを訝しげに見ている。
聞きなれないジェランド訛りに怯むも、ワーフはここが何処か分かったようだ。ぴょんと跳ねるとお気に入りの帽子を深くかぶり直す。
「あ、ここはオイラのことを祀ってくれている神社だ! 場所はわかる、港はすぐだよ」
「ジンジャ? とにかくすぐに行かないと! 急にお邪魔してすみません」
「いんや、ここは誰が来でもええ、そういう場所だんべ。旅の人だか?」
男は話を聞きながら、大陸の町や村では珍しい引き戸を開ける。部屋の入口の南京錠を外し、金具で装飾がなされた木製の重たい扉を押し開けると、ようやく外からの光が差し込む。
「おいらはワーフ! このヒュウ族の子はキリムくんさ!」
「ワーフ? あなた様は……まさかクラムワーフ様だか!?」
「うん、そうだよ! 今もこうして神社を守ってくれているなんて嬉しいよ!」
「ややや、クラムワーフ様をこの目で見られる日の来るたあ、やや~ありがたやありがたや」
男はこの神を祀る神聖な
宮司はクラムワーフの化身として全身鎧が祀られているその祭壇の前に正座し、祭壇ではなくワーフに向かって深々と頭を下げた。
「ワーフ様、急がないと」
「そうだね、そうだ宮司さん。この先の港に魔物の群れが来ているって本当かい?」
「んだ、ご存知でおらしたですか、その通りでごぜます。ここさ老人子供ば避難させにゃなんねえで、鍵さ開げよったんでごぜます。そればって、なしてこげなところにおらしたんでごぜますか?」
「瞬間移動をしたんだ! このノウイが魔物に襲われているって聞いて駆け付けたんだ」
「ワーフ様がこのジェランドの為に駆け付けてくれるたあ……どうかこの島をお守り下せえ!」
「いい剣を祀る所に邪は近づかない。みんなをここに集めるのは正解だ。さあキリムくん、行こう」
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