Merkmal-08(087)
ステアはそれ以上女の発言に言葉を返さなかった。
「周りの雰囲気に流され、真偽も確かめずに一緒になって卑怯にも悪く言って、反省しています。もう二度としませんなんて誓ったところで、君に何の得がある訳でもないよね。でも今後、行く先々で君の悪口を言う奴がいたら私が……」
「もう、いいんです。気にしないでください」
キリムは女剣盾士の思いを十分に理解し、その謝罪を受け入れた。パフォーマンスの為に謝っているようには思えず、謝る自分に酔っている風にも見えなかったからだ。
こんなにもまっすぐな人でさえ、周囲の空気に取り込まれてしまう。
もしかしたら自分も知らないうちに陰口を言い、誰かを悪者扱いする事に加担しているのではないか。キリムはふと自分の行いも不安になった。
そんなキリムの返事の仕方が少々弱かったのか、女は首を横に振る。そしてまたまっすぐな目をし、自分に言い聞かせるように口を開く。
「いえ、気にします! 傷つけた相手を気にしないなんて駄目なんです! 反省と感謝の意を込めて、いつか心を入れ替えたことを分かってもらえたら、そこで私は初めて許していただけるのだと思います」
「そこまで大げさなことじゃないですよ。じゃあせっかくなので、スペースは使わせていただきます、あの、謝ってくれて有難うございます」
悪く言う事に加担した自分を許せないという、女性の後悔を全く汲み取らないのも意地が悪い。キリムは今度こそ言葉でしっかりと受け入れを表明し、女性の厚意に甘えることにした。
他の者に対しても、流石に死ぬまで一生後悔しろとまでは思っていない。もういいやという気持ちに負けたという面もあった。
その後、代わる代わるキリムとステアに謝罪する者が現れては、アイテムなどを渡してきた。ついには店でも開けるのではと思える程に回復薬が揃ってしまう。
キリムは考えた後、誰かが置いたであろう台の上に「すぐ回復しないといけない人は、必要な分だけ分け合って使って下さい」と張り紙をし、持ちきれないものを置くことにした。
「お前の成長の早さが余程信じられなかったのだろうな。皆も根っからの悪人ではなく、噂を信じてしまったというところか」
「そうだね。もしかしたら、俺も知らないうちにそうやって嘘を信じ込んでいるのかも」
「今回はお前がターゲットだっただけに過ぎんのだろう。真実は自分で確かめるものだ」
「うん。悪口を言われて、色々人生を学んだ気がしたよ」
「何事も利益にした者勝ちだ」
それからというもの、キリムは少なくとも直接悪口を言われることが無くなった。
弱いくせにクラムに戦わせてお手軽探索などと言うのはもってのほか。
更には剣盾士の女があれだけ熱く語った手前、悪口ももはや事実に基づかない僻みだ。「あれだけ言われても認めない性悪」でしかなくなる。
よってキリムへの待遇は改善され、快適な魔窟ライフを送れるようになった……かというと、どうやらそうでもないらしい。
「ほら見ろよ、あれが半年の新人の動きだぜ」
「召喚の維持に集中しないの? どういうこと?」
「あれで更に魔法も使うんでしょ? 信じられないわ」
そう。
そんなに凄いのならその戦いっぷりを見てみたいとして、旅人が常にキリムの戦闘を見物するようになったのだ。
おまけにキリムは称賛されることにも慣れていない。いつも通りに戦っているだけで「すごい」だの「新人とは思えない」だのと言われ、恥ずかしさから逃げ出したいくらいだった。
「ねえ、これって新手の嫌がらせ? 褒め殺し? 俺、命を狙われてんの?」
「褒められて死ぬ訳がなかろう」
「いや、なんかもう居た堪れないよ……あんなに陰口言ってたのに、今度はこんな評価されて、意味が分からない、何これ」
「俺は誇らしい」
戦い終わって拍手など湧こうものなら、キリムの目には涙が浮かぶ。もちろん嬉し涙ではなく、羞恥心が生んだものだ。
「じゃあステアが代わりに褒められてよ、もう嫌だ……」
「他人の善意にまで傷付くとは、面倒な奴だな」
「面倒とか言うな! ステア、瞬間移動!」
「どこに行く気だ」
「周りに人がいないとこ!」
* * * * * * * * *
「ぶははは! 何だ、最近の魔窟内のざわつきはそういう事か!」
「笑わないで下さいよ、もう恥ずかしくて恥ずかしくて」
「いーひひひっ! あー腹が痛い。そこで調子に乗らないのがまた可愛いんだろうな」
「おい。我が主に可愛いとは何事だ」
数日後、キリムは偶然入った食事処でマーゴ達と遭遇した。以前アビーの弟であるイーサンが働くダイナーに入ったが、そこよりは随分と大衆寄りだ。
照度はあまりなく、落ち着いた雰囲気……かと思えばそうとも言えない。
店内に響く上品さとはかけ離れた豪快な笑い声、注文に応える店員の元気な声。打ちっぱなしのコンクリートの上に並べられた木製の丸テーブルに、それぞれ椅子が6つずつ。
勢いよく立ち上がろうとすれば、後ろの席の椅子にぶつかってしまう。そんなぎゅうぎゅうな店内は、どのテーブルも景気よく豪快に酒瓶が空になっていく。
まだ昼だというのに。
「いやあ、俺達もコッソリと見ていたけど、この旅人連中は何をしてんだろうと思ってさ」
「コッソリ見てないで助けて下さいよ……」
「いやいや、そんなやり取りがあっていたなんて。決闘でもして相手の男を倒せばよかったんだ」
テーブルを2つ合わせ、マーゴ達、そしてキリムとステア、それにエンキが囲む。相手の男が剣術士だったと聞き、リャーナが心当たりのある名前を挙げていくも、キリムは男の名前を聞き忘れていた。
「キリム、今度軽鎧の背中にヴォロス・レーベルって貼って宣伝してくれよ。絶対売れる」
「エンキまでそんな……もう魔窟怖い、他の所に行きたい」
明日も魔窟探索を休むというマーゴ達は、ビールをどんどん飲み干してお替りを頼む。
キリムという年の離れた慕ってくれる後輩が出来て、よほど嬉しいらしい。普段はあまり笑顔を見せないニジアスタも、会話の度に尻尾がぶんぶんと振れている。
「ちょっとニジアスタ、尻尾がうるさい」
「あ? お前の尻尾が俺に当たってんだろうが」
「はぁ~? 自分の尻尾見て見ろよ、キリムくんと喋る度に嬉しそうにぶんぶんと」
「……てめえもクーン族なら少しは黙っとけ、同族の事をペラペラ喋んじゃねえ」
ニジアスタは照れた顔を頬杖で誤魔化し、ダーヤの追及を逃れる。
「デニース、お前も長い耳がピクピクとせわしないぞ。自分だけ澄ました顔してるつもりだろうけど」
そんなクーン族の2人を笑うデニースも、マーゴの指摘で顔を赤くして俯く。どうやら耳でバレている自覚がなかったようだ。
「フン。え、エルフ族は嘘がつけないのさ。あ~ヒュウ族は笑顔で何考えてんだか、怖い怖い」
「そうだそうだー!」
キリムは少年のような掛け合いをするデニースやダーヤ達に思わず吹き出す。賑やかで楽しい昼食のひとときを過ごし、そろそろ料理もひと段落した所で、エンキが作業に戻ると言って立ち上がった。
「さて、俺は製作があるのでお先に失礼します。キリム、それじゃあまた後でな」
「あ、うん。そんなに立て込んでるの?」
「あーいや、そうじゃないんだけど」
エンキは言い辛そうにキリムをチラリと見て、それから少し間を置いて、ワーフの不調を告げた。
「ワーフ様が最近ちょっと元気なくてさ。一緒に作業する時はそんな素振りないんだけど、ふとした時に悩んでるみたいでな。頼り過ぎてんのかもって思って、ここ数日は俺1人でやってる」
「ワーフが?」
「あいつが不調? ハッ、俺が誕生してから200余年、あいつが訳の分からん創作意欲を失った事などない」
ステアがあり得ないと言ってふんぞり返る。……が、少し考えた後で炭酸など入っていないかのようにビールを飲み干し、自身も席を立った。
「キリム、俺達も行くぞ。確かめたい事がある」
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