Merkmal-06(085)



 * * * * * * * * *





 1週間が経ち、マルス達は船でノウイを後にした。ジェランドでエンシャント島行きの船に乗り換え、乗り込むのだ。


「みんな行っちまったな」


「一気に寂しくなるよ」


 キリムとエンキは見送りだ。凍える気温の中、ジェランドとの往復便には数組のパーティーも一緒に乗り込んでいった。その交易船の荷物も乗客数も、イーストウェイ行きやノウイの北にある油田村に比べれば寂しいものだった。


 今日は港の中に氷が張っていない。砕氷船に導かれることなく遠くなっていく船に手を振りながら、キリムは白い息を吐いた。


「さて、俺ももうしばらくしたらゴーンの工房に戻るかな。ある程度稼がせてもらったし、ゴーンに送る材料の目途もついた。ワーフ様やゴジェさんに指導もして貰ったし」


「エンキも居なくなっちゃうのか。俺、どうしよう」


「お前は強くなりゃいいんだよ」


「そうなんだけどさ……寂しいじゃん」


「これまでステアと一緒だったろ? 変わらねえよ」


 エンキは相変わらずのニカッとした笑顔で、キリムの頭をガシガシと撫でる。歳が上だからか、キリムの事は弟か、良く懐いてくれる後輩のように思っているのだろう。


「俺は、しばらくしたらゴーンに戻って、ジェインズへの納品を再開する。ここでの経験を自分の工房で活かさないと意味がねえんだよ」


「ワーフはどうするの? エンキの事を凄く気に入ってるようだし、多分付いていくと思うけど」


「ワーフ様は今までどおりご自分の工房におられるさ。困った時は色々教えてもらうつもりだ。せっかく召喚士でもねえのに腕輪与えて貰ったんだからな」


「俺も落ち着いたらミスティに報告に行きたいし、ゴーンには寄る事があると思う」


「まあ、もう少し居るからな、心配すんな!」


 朝早い見送りが終わり、8時になると空はようやく薄ら明るくなってくる。雪は降っていないが、どんよりと低く分厚い積雲が空を覆い、町の中には黙々と作業を始める港の騒音が響き始める。


「じゃあ、俺はこのままゴジェさんの所に行く。魔窟の結界はもう新しく設置されたんだっけか?」


「うん。結界士がいたからすぐ作り直せたみたい。旅客協会と魔窟を管理してる有志の人達で寄付を募ったよ。俺も1万マーニ払った……というか、払わされた」


「はぁ? お前魔窟でみんなを助けた上に、金まで払わされたのか!」


 エンキは呆れ、お人好しだなと呟く。ステアにも呆れられたと告げ、キリムはエンキに手を振って魔窟に向かう準備を始めた。


「あ、おはよう、ステア」


「ああ」


 ステアはあまり見送りというものに興味が無いのか、それとも仲間同士で別れの時を過ごさせようと配慮したのか、自分の荷物を整理するため住処に戻っていた。


 昨日から結界が復活している事は分かっており、ステアは支度もしてきたようだ。


「行こう」


「俺は補助に回る。基本はお前が1人で倒す気でいけ」


「分かった」


 魔窟の安全区域の少し手前に着くと、キリムとステアは用心のためそっと安全区域に立ち入った。数組のパーティーが既に陣取っており、恐らく昨日の結界復活直後からいるのだろう。


 今日も魔物の牙や毛皮、鱗などの高額戦利品を求め、更には鍛練も兼ねて、旅人が続々と魔窟に戻ってきている。


 旅人キリム、その名を知らない者はもはやこの魔窟にはいない。


 旅人になって半年で貢献度や推薦を集めて等級は5となり、クラムを連れて1人で深層を目指す。玄人顔負けの戦闘を行う少年を知らないはずもない。


「あいつ、召喚士のキリムだぜ」


「チッ」


 キリムは幸い優しい者との出会いが多く、助けられてきた。けれどインチキだと考える者は未だに多い。他の召喚士が真似しようとしてもうまくは行かないせいで、出来るはずがないと思われ、信じて貰えないのだ。


 召喚士達は、キリムの召喚士としての才能を否定しようがなかった。キリムを真似しようと数多の召喚士がクラムに主になりたいと申し出たが、今の所クラムに認められた召喚士は新たに誕生していないのだ。


 せめてもとクラムを召喚したまま連戦をしたとしても、素質が高くなければ数時間ももたない。その結果、等級の高い召喚士や、そのパーティーメンバーからのやっかみは、以前よりも激しくなっていた。


「やあ、今日も1人で武者修行か、パーティーの仲間を差し置いてご苦労なこった」


「……どうも」


 旅人は基本的には良い人が多く、認められることに飢えている。だから一般人からすれば頼もしく、親しみを覚える存在である。しかし、旅人同士で手柄を争う間柄となれば話は別だ。


 メーガン達、マーゴ達、それに召喚士のケイナのように、素直に実力を認め、仲良くやっていこうと協力関係になる者も多い。けれど嫌味を言う為にわざと近づいてくる旅人もいる。


 今もまさにタイミングを見計らったように、1人の剣術士の男が近づいてきた。


「いいよなあ、クラムがいるからって強い魔物を倒してもらってんだろ? まともに攻撃が通じないだろうに、卑怯としか言いようがないぜ」


「はぁ……」


 言われる内容は大体いつも一緒だ。楽をしている、何かカラクリがある、旅客協会に金を積んでいるなどの言いがかりは、キリムももう聞き飽きてきたところだ。


 それでもステアは主が謂われのない非で責められることを、我慢するようなクラムでは無い。キリムに変わってここぞとばかりに反論をする。


「フン、悔しかったらお前らも我が主のようにクラムを使役してみたらどうだ。そうして群れずに1人で挑めばいい。金で名声でも何でも買え、なぜ貴様はそうしない」


「な、何を!」


「ステア、もういいよ、行こう」


 疲れたからと休憩しようとすれば、100人はのんびりくつろげる広さがあるにも関わらず、お前の座る場所はないなどと言われる。隅に座ると嫌味を言いに他の旅人が寄ってくる。


 キリムだって、最初は反論していた。


 努力もしているし、強い魔物を相手に立ち回りを常に考え、良い装備を揃える為、強い魔物のドロップ品を集め、死に物狂いで戦ってきた。


「クラムステア? そもそも本当にクラムなのか? 召喚士が強い旅人を雇って旅してるだけなんじゃねーのか? 本物見た奴なんて殆どいないんだ、会ったことない他人なら幾らでも騙せる」


「まったくだ。だいたい、1年足らずで等級5だと? 真面目に旅人やってきた俺達が10年で等級6だぜ? あり得ねえ」


「こんな若造に手を貸して、血欲しさにのこのこと後を付いてくるクラムってのも滑稽だよな」


「ははは!」


 最近では他のパーティーでも、術以外を試す余裕のある召喚士や魔術士が、簡単な物理攻撃で参加するようになった。そんな新しい風を吹き込んだのもキリムだ。


 それでも何年、何十年も先輩の旅人は、成長の早いキリムに追いつかれる、追い越されていく。それがたとえキリムの血の滲むような努力の結果によるものだとしても、屈辱と感じるのだろう。


 他の旅人の近くを通る度に聞こえてくる陰口。1人に続いて連鎖するそれらも、普段なら聞き流す。けれどキリムがどうしても許せない類のものが1つだけあった。


「あの、ですね」


 キリムはわざと聞こえるように陰口を言う1つのパーティーへと向き直る。


「キリム、やめておけ」


 今度はステアがキリムを止めようとする。何故キリムが怒るのかを理解しているからだ。


「俺の悪口は良い、言われたって俺は強くなるために頑張るのをやめたりしない。でも! ステアの事を悪く言うのは許さない!」


「キリム」


 やれやれ、と言った表情でステアがキリムの肩を掴んで止める。それでもキリムの怒りは収まらない。

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