Merkmal-05(084)
* * * * * * * * *
「エンシャントに渡航してみたいとは思ってたんだよな。実際に魔物に支配されたとかって噂はあっても、何かされたって話は聞かない」
「うん、作戦を抜きにしても旅人として興味があるわね。でもやっぱり、今のところジェランドを経由しない船便はないみたい」
「船を1隻借りるなんて現実的じゃねえしなあ」
「操縦出来ないし、お金払っても行ってくれるか分からない。現地視察は難しいだろうな」
魔窟の騒動が終わってから3日、犠牲となったまま魔窟内に残されていた旅人の収容も済んだ。
合同の葬儀、墓地での献花などであっと言う間に数日が過ぎ、キリムとステアはマルス達と一緒にゴジェの工房で調べ物をしていた。エンキはワーフと共に作業をしている。
マルスとブリンクの装備が出来上がり、もうすぐリビィのローブと足具が出来上がる。
サンはキリムの装備を先にと言ったが、キリムはサンの装備を優先してくれと伝えた。キリムとステアはゴーンやイーストウェイまで瞬間移動出来るため、まだ旅立つまでの時間はある。
「ジェランドに着いた時も、旅人だって分からないように上陸しなくちゃね。土地勘が無い訳じゃないけど、私の実家はズシの港からさらに遠いし」
「えっと、エンキ、何て鉱石だっけ? エンシャントでしか採れない鉱石!」
リビィが工房の端でワーフと作業を進めるエンキへと声を掛ける。強弱をつけつつも、規則的なリズムで刻まれるハンマーのリズムが一時中断され、エンキが大きな声で答える。
「アルテナ鉱石だ! まあ今ではアンオブタニウム扱いだけどな」
「なに?」
「
エンキは再びワーフに確認を取りながら、ハンマーを振るい始める。
「おいらが持っているものを分けてあげるから、あまり心配はしないでおくれ! エンキの頼みならお安い御用さ! おいらは師匠だからね!」
ワーフが自慢気に師匠である事を強調する。皆の為、自身が集めている鉱石も提供してくれるという。
旅人が現実的に買える最高級装備であるオリハルコンでさえ、すぐに用意できるらしい。キリムが使っている双剣の主成分と同じだ。異種金属とよく馴染むアダマンタイトとも一番相性がいい。
「ラージ大陸で買えないなら、エンシャントで入手方法を探すしかないわね……」
「鉱山があったんだっけか。元々産出量は僅かだったらしいけど」
必要な分を入手出来れば、エンキに連絡を入れよう。そう言ってマルス達が計画を立て始めた。ただ、後の問題は購入資金だ。旅客協会がないエンシャントに上陸後、現地で金策を出来るかは分からない。その金策は全面的にキリム頼りとなる。
エンキは旅が目的ではない。製作やジェインズへの納品を考えれば流石にエンシャントまでついていく事は出来ない。あくまでもマルス達だけでに行く事になる。
「危なくない? そんな危険を冒してまで……」
「心配すんな、移住は殆どないといっても商人だって行き来しているんだぜ。連合の奴らは目をつけられたらまずいから無理としても、俺達はいざとなれば戻って来るだけさ」
「魔物が支配しているって話もあるのに? 魔物がうろうろしてるかもしれないのに?」
「旅人の情報は殆どない。でもそれで商人が無事に帰って来てるんだぜ? 旅人だけが危険ってのもな。その噂を確かめるってのも有益な情報だろ?」
マルス達は心配するキリムをよそに、未知の土地を想って目を輝かせる。召喚士の上陸を禁止するジェランドに、キリムはついていけない。4人はエンシャントに向かうのなら、キリムはパーティーメンバーから外すことになる。
召喚士とつながりがあるとしてジェランドへの入島を拒否されたり、狙われたりする危険もあるからだ。
「エンシャント大陸っつっても島って言われてもいいくらいの大きさだし、人口はむしろ小さなジェランドの方が多い。そんなに旅人も押し寄せないから、素材探しの探索なら今が狙い目ではあると思う」
「という訳で、魔窟に当分行けないなら、俺達は次の行動に移る」
「でも……」
不安が無い訳ではない。けれど大きな仕事に携われると思うと胸は高鳴る。一方、キリムは自身の故郷を襲った相手の根城に向かおうとする4人に、なおも心配を隠さない。
「それなら誰か強いパーティーに相談するとか、現地に行った事のある人に話を聞いてからに……」
「おい」
キリムが心配するのは当然だ。それを知っていて敢えて向かおうとするマルスへと、ステアが珍しく声を掛けた。
「我が主の想い、無碍にはせんだろうな」
「俺達だって、死ぬつもりで行くわけじゃない。出来る事はやっていくさ」
「エンシャントの詳細な地図を手に入れて、聞き込みをして、商人の護衛をした人も探してみる。下調べなしで向かったりはしないよ」
危なそうなら渡航は見送ると約束をし、キリムは渋々了承した。現地に着けば、ゴジェ宛てに2週間毎を目安に手紙を書くとも約束する。
「デルの配下の検閲があるかもしれない。だから……そうだな、手紙にリビィの絵を載せるから、それで安全か危険かを伝えるよ」
「ちょっ!? ちょっとやめて! 私がエンキに渡した装備デザインの事言ってるんでしょ!」
マルスの案に、リビィがムっとしてマルスの肩をバチっと叩く。そこで手を止めたエンキとワーフが加わり、ゴジェとミサも店に休憩の札を掛けてやってきた。
「話し合いはひと段落ついたかしら?」
「あ、ゴジェさん。マルス達がエンシャントに渡るって言って……」
キリムは心配だと告げ、ゴジェとミサも考え込む。ノウイの町にもエンシャントの噂が流れているようだ。
「あたしは輸出や輸入には全然関係ないけど、一部農具とか工具を作ってる鍛冶師仲間がいるのよ。その人達の話だと、差出人や受取人が旅人だと、手紙や荷物はエンシャント側で検閲されているらしいの」
「荷下ろしの際に、登録されている商人以外の名前の荷物ってこと。島を出る時も結構色々と念書を書かされたりで、情報の持ち出しが厳しいんだって。あまり具体的な事を知らないのは、そのせい」
「つうことは、渡航方法や滞在中の注意点以外、満足な情報は得られそうにねえな。お前ら、本当に大丈夫なんだな?」
ゴジェやミサの反応もあまり良くない。ただ、聞いた限りでは命の危険まではなさそうに思える。
「もし何か危険が迫っている時は、リビィの絵で何らかのサインを送ろう」
「もう、私の絵で決まりなの?」
「おう。悪意のない絵を弾くことはないだろ。反対にサンほど上手いと、風景とか雰囲気で島の様子がバレると思って警戒される」
リビィの絵はお世辞にも上手いとは言えない。しかしそれでも精一杯上手く書いてやると呟くあたり、あまり絵の才能が無い事は自覚していないようだ。
「無理しないようにね、俺は召喚士だし、デル討伐作戦決行の日に向かう以外に方法が無いから」
一時期とはいえ行動を共にした仲間との別れは寂しい。
どんなに疲れて帰って来ても、友人が待っていてくれると思うと気持ちも安らいだ。進捗を確認したり、夢を語り合ったり、この数か月、キリムはミスティにいた時よりも年相応な時間を過ごせた。
エンキも装備製作が終われば、買い付けた材料と共にゴーンへと帰る。そんな仲間の旅立ちに、出来るだけの事はしてあげたい。
4人に出来る限り戦力を増強して欲しいと告げ、キリムはリビィとサンを連れて魔術書屋に向かった。
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