Merkmal-04(083)



* * * * * * * * *



「成る程な。深いとこではそんな事になってたのか」


「みんなが逃げているからとりあえず逃げてるって奴が殆どだったからな」


 キリムはエンキが風呂から戻るのを待って、今日の出来事を一通り話して聞かせた。魔窟での強すぎる魔物、そしてこのタイミングでデル討伐の連合という組織に加入した事。


 決行の確定日時はわからないが、来年の夏ごろになるのではないかとまで話すと、エンキが腕組みをして考え込む。


「仮にデル戦の最前線に立つとすれば、次に渡す装備がその勝負服になるってことだよな。そんなに強い魔物相手に、俺の装備が通用するか不安だ」


「装備は多分大丈夫だと思う。明日旅客協会に行くんだけど、今日のドラゴン戦でベテランと一緒に阻止したから、等級区分5に推薦してもらえたんだ」


「等級5!? また離されちまったな……悔しいがその状況で俺が戦えるかというと無理だから納得だ」


 マルスとブリンクはため息をつき、悔しさと羨ましさを滲ませる。恨みつらみを口に出さないのは、それを言ったとしても自分の価値は上がらないと分かっているからだ。


 クラムに選ばれた少年がこれまで何を背負い、どれだけ努力してきたのかはよく知っている。それに知っている自分達こそキリムを認めてやらなければ、遠慮しがちなキリムは無用な後ろめたさを感じてしまう。


 キリムが人生の選択をするまでの時間は残り少ない。そんなキリムが自分達のせいで成長できなければ、それこそ悔やんでも悔やみきれない。


「こうなったら、俺もワーフ様に手伝っていただくしかねえな。胸を張って渡してやるのが鍛冶師のプライドだ。自分だけの力に拘って旅人の命を蔑ろには出来ない」


「賢明な判断だ。我が主の為とならば俺からも礼を言う。どのみちしばらく魔窟には行けん、明日にでもワーフを呼び出せ」


 ステアがそう告げると、エンキは頷き、そしてマルスやブリンクへと目をやる。マルスやブリンクがそれにまた頷くのを見て、キリムは何かあるのだと思って次の言葉を待つ。


「あの……な。俺の親父が死んだって話はしたと思う」


「うん」


 キリムはふとゴーンでイサに聞いた話を思い出していた。エンキの父親は魔物に襲われて亡くなった、と。


「俺の親父は拘りの強い人だった。素材の選び方、鍛える道具の手入れ、妥協は悪だと言って僅かな歪みも許さない完成品。俺にとっては神様だった」


 ワーフとはまた違った尊敬を語るエンキの昔話に、キリム達は黙って頷く。


「親父は材料の商談に向かった。南のヨジコって町だ。あの町は港から町まで距離があって、親父は聞いた話によれば幌馬車に乗り込んだそうだ。そして……サンドワームっていう人の何倍も大きな芋虫みてえな魔物に襲われた」


「サンドワーム……」


「砂の中に潜んでいる魔物だ。小さな牙が無数に生えた大きな口で人や動物を飲み込む。地中に潜ってから噛み砕き、ゆっくりと消化する」


「何それ、怖い……」


 ステアが補足し、キリムが両腕を抱えて身震いする。エンキはそれだと言い、話を続けた。


「護衛はあまり慣れていない旅人だったらしく、装備諸共噛み砕かれていった。馬車も何もかも壊された。俺の親父もサンドワームに喰われた。無事なもんなんて何もなかったそうだ」


 エンキはそういうと自分の手を握ったり開いたりして、暫く言葉を詰まらせた。父親の死に様を他人伝手に知らされる無念は良く分かる。キリムはエンキが泣きたくなるのは当然だと思っていた。


 けれど、エンキは父親の死を悲しむためにこの話をした訳ではなかった。


「後にサンドワームが倒された時に犠牲者の一部も見つかった。身元の確認にはてこずったらしいが、親父が見本として作った鎧だけは無傷のまま発見された。親父の鍛冶は間違ってなかったんだ。いざという時に命を守れる装備だった。着ていればな」


「それがあるから、エンキもそのまま鍛冶師を継いだんだね」


「そうだ。俺は……正直親父の鎧が見つかるまで、旅人を恨んでいたよ。金貰って護衛しておいて、壊滅して依頼人共々死んじまうなんて無責任だろってな」


 パーティーの壊滅自体はそう珍しい事ではない。旅というものは本来それだけ危険なのだ。携帯用の結界もあるが、ベンガクラスの大きな町で、頑丈な2階建て1軒家が庭付きで買える程の金を、どれだけの者が払えるだろうか。


「旅人も出来ないと思って請け負っている訳じゃない。ただ、勝てなかったんだ」


「それは分かってるさ。鎧が見つかった時、ふと思ったよ。この鎧が無事だったなら、この鎧を着ていたら助かったんじゃないかってな。買った装備が悪かったせいで死んだのかもしれねえ。そして、そのせいで親父を守れなかったのかもしれねえ」


 エンキはブリンクの言葉に理解を示しつつ、今はもう恨んでいないと念押しをする。


「親父はその死なせない装備を作れたんだ。だからその息子として、等級に合わせて作るとはいえ、俺は絶対に妥協はしない。知り合いのよしみで勘弁してくれなんて絶対に言いたくねえんだ」


 ワーフを頼るのは、エンキが力不足である事よりも、キリム達を死なせたくないからだ。キリムはエンキの想いを着て戦う覚悟を試された気がした。


「妥協はしない。でも、だから俺が完璧に出来るかというと話は別だ。ワーフ様に教えていただきながら、絶対にお前らにとって最高の装備を作って見せる」


 キリムはようやくイサが告げた話の真意を理解した。


『エンキにとって、これは相当な覚悟がいる旅になる。守ってやって、必ず』


 キリムはイサの言葉を思い出して心で頷き、エンキがそこまで考えてくれているのならと、明日以降どこかで作戦会議をしたい事を伝えた。


「等級5で許される装備ってのがどれくらいなのか分からないけど、エンキとワーフのコンビで作ってくれるなら、そんなに心強い事は他にないよ。マルス、ブリンク、殆ど装備の材料をお願いしちゃってごめん、本当に有難う」


「いいって事よ! 自分だけで強くなる必要はねえんだ。俺達も魔窟なんて本当は通うつもりなかったんだし、こんなに上達する機会が早まったのもお前のお陰だよ、キリム」


「俺、本当はマルスと同じ剣盾士を勧められていたんだ。でもどうしても双剣士がカッコよくて、諦められなかった。才能があるとは1度も言われたことがないけど、そんな俺が双剣の武神とその主の戦いを間近で見られた。感謝しかないよ」


 キリムは仲間といいながら、自分だけが自分の為に戦っていた事を申し訳なく思っていた。


 勿論、マルス達もキリムの紹介で他の同期よりは破格で極上の装備をオーダーメイトで作って貰える事になった。エンキはワーフと知り合うことができ、決してキリムばかりが得をしたわけではない。


「キリムに協力した旅人として、便乗で昇級を狙うさ」


「そうだな、口添え頼むぜ」


 ブリンクがニッと笑い、マルスと共に如何に自分達がキリムの役に立ったのか、レポートに纏めるため指折りで貢献を数え始める。


 キリムの性格をよく知っているからか、だからこそキリムの事を素直に応援できる。これが傲慢な性格だったなら、きっと手伝ったりはしていない。


 キリムは自身の性格や振る舞いがどう影響しているか、まだよく考えていなかった。無意識に他人の善意を惹き付けている事にも気付いていない。


 周りの人がとても親切で、いつも助けてくれる。キリムはそう思っている。キリムの亡き両親はよほど子育てが上手かったのだろう。


「俺はキリムの従者でしかない。だがキリムが必要とする仲間となれば協力もやぶさかではない。魔物の牙や皮などが必要なら言え、調達してやる」


 ステアがこの「キリム強化作戦」に助力を申し出る。キリムはここまでお膳立てされたなら自信がないとは言えなくなったと、心の中で感謝しながら笑った。

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