Ⅸ【Merkmal】願いと目標と不甲斐なさを

Merkmal-01(080)


【Merkmal】願いと目標と不甲斐なさを




 小規模な演劇場にも勝る程広い旅客管理所の2階会議室は、多くの旅人が押し寄せていた。装備や荷物が嵩張るせいで、椅子に座れずに立っている人が多く見られる。


 天井と床は茶色い木板、四方は真っ白な壁紙が貼られている。壁際のランプの灯りだけでは暗いからか、部屋の真ん中にも燭台が置かれていた。


 ステアは人が密集した場は嫌いだと言って、部屋の外で待機している。この人数でデル討伐に向かうのであれば、簡単に倒せるのではないかとすら思えてくる。


 時間ギリギリまでに更に5組が入室し、キリムが合計107人を数えた時、会議室の前にある演台に1人の男が立った。


「みなさん、静粛に! 私はレッツォ、旅人等級は8。戦斧士だ。今回の連合召集に応じてくれたこと、心より感謝する!」


 レッツォは挨拶の後、連合の結成経緯とこれからの予定、更にはメンバー選別を行う旨を皆に告げる。


「この連合を立ち上げたのは、仲間の召喚士の死がきっかけだ。まだ私が駆け出しの頃、デルがまだ旅人だった時、彼の罠にはまり、我々の仲間が命を奪われた。それ以降も繰り返していると聞き、デルを捕えるべく必死に鍛錬を続けてきた」


 レッツォがデルと会ったことがあると言うと、また会場の中が騒がしくなる。年齢が上の者の中には、デルと会ったことがある者もいるようだ。マーゴ達も会った事はないようで、新たな情報に皆が興味津々だ。




「25年前、デルがエンシャントに渡ったと聞いた。当時まだ20代だった我々は、無謀にも単独でデルが拠点としている屋敷を見つけ出し、乗り込んだ。そこで見たものは……」


 レッツォが話す間、誰一人として口を開かない。屋敷の場所を訊ねたい、デルの見た目が知りたいという思いはあっても、室内は静まり返り、時々装備が擦れる音がする程度だ。


 誰もがレッツォの言葉の続きに集中していた。


「……召喚士の遺体と思われる山と、多くの実験器具、そして……魔物が入った檻だった」


「魔物が入った檻?」


「召喚士の遺体って、どういうことだ! 何故召喚士だと分かったんだ?」


「人体実験でも行っていたのか、何があったんだ!」


 驚きとともに、会場内には堪えきれなくなった旅人達からの質問が一斉に向けられる。レッツォは手の平を向けて静かにするようにと合図する。皆が静かになると説明を再開した。


「檻の中の魔物はデルに懐いているようだった。そこで俺は気づいたんだ。召喚士がクラムを使役するのと同じように、デルは魔物を使役する方法を編み出したのではないか、と」


「魔物を手懐ける……そうか、各地の襲撃事件!」


 もう旅人は黙ってなどいない。レッツォの一語一句に反応し、隣同士でそれぞれ自分達の知識と答え合わせをしている。マーゴ達は神妙な顔で聞き入っており、レベッカ達も既に知っているのか特に喋る様子はない。


 キリムは質問したい事もあったが、話せる人もおらず黙って聞くしかなかった。


「俺達は一度その場を離れ、すぐにギルド管理所に報告した。数日後、屋敷に向かった者達が行方不明になった」


「デルに倒されたのか?」


「生き延びて帰って来た者の話では、屋敷の近くで1枚の手紙を拾ったそうだ。召喚士を根絶やしにするという手紙の2枚目に怪しい術式があり、そこから魔物が溢れだしたという」


「聞いた事があるぞ! エンシャントのズシの西に当時あったケントシティは、結界の内側から魔物に襲われ、壊滅した。ケントシティで生き残った僅かな住民と旅人は、ケントシティの港、ベイケントからジェランドへと逃げた……まさか同じ方法で」


「ああ、結界の中に魔物が召喚された。結界は破られずとも、内部に最初から発生すれば排除できない。そうして動ける者は命からがら逃げたんだ」


 その話が真実なら、エンシャント大陸にはもう誰も住んでいないだろう。だが襲撃から数年経った頃から商船の寄港は再開している。


 あちらの住民が来ることはないが、ゼロではないとしても、商人や観光客の失踪が大事件になった事もない。


「じゃあ、今のズシとその他の町や村には、一体誰が居るんだ? ズシとの船の往来は?」


 それは当然の疑問だろう。キリムもそれを疑問に思っていた。召喚士は来るなと言っているのはエンシャントの町ではないのか。



「魔物が肉体を操っている元住民か、魔物が姿を変えた存在だと推測されている。もっとも、この5年程は安定していて、移住者の失踪などは殆どない」


「人がいて襲われないというなら、魔物である可能性は低いのでは?」


「必要だから、襲わないようにデルが魔物を操っているのかも」


 一瞬静まったところで、タイミング悪くキリムのつぶやきが周囲に聞こえてしまう。物騒な仮定、それにいささか不謹慎にも思えた事で、キリムは慌てて口を塞いだ。


「いずれにしても、現地を探るには慎重にいかなければならない。その際、こんなにも大勢の旅人が各地の協会で定期的に集まっていれば、何か企てていると声明を出しているようなものだ。そこで、今から幾つかのネクサスを作る」


 レッツォは複数のパーティーを1つに集め、15人前後のチーム、つまりパーティーよりも多いネクサスを作ると言った。


 条件として、1つのネクサスにおいて等級が6以下の人数は6人まで、ガード、ヒーラーは1つのネクサスに2人以上。


 そう聞いた時、困ったのはキリムだ。等級は3のままで昇級審査も申し込んでいない。参加資格は等級5以上なのだという。


「どうしよう……ステアを呼ばなきゃ」


 キリムは横着かと思ったものの、壁際の人が少ない場所に移動してステアを召喚した。


「どうした」


「あ、えーっと……今からネクサスっていうチームを作るんだって。15人くらいまでの」


「1人での行動は駄目なのか」


「連絡網とか、作戦会議とか、ネクサスの中でやるらしいんだ。俺1人じゃそういう情報が入って来ないし、それに参加資格は本来等級5以上なんだ」


 キリムは強いと言われても、やはり自分の等級が気になるようだ。レベッカ達が許可をくれたのだから、キリムには参加する資格があり、既に参加している。


 けれど資格があるからと言って、等級3の者をどこのパーティーが誘ってくれるだろうか。


「パーティーを組んでいない者、人数が3人以下の者は一度壇の前に集まってくれ」


 ネクサスの出来が悪いと思ったのか、レッツォが壇上から呼びかける。この時期にノウイに集まる猛者は多いが、それだけ各パーティのこだわりや自信も面倒が多い。


 今回の連合は連携も考え、このラージ大陸で活動する旅人に絞っている。他はゴーンとパバスで同じ集まりがあるらしく、時期的にノウイに集まった108人が一番多い。全体では後方支援も含め250人程だという。


 当然、参加者全員がフルメンバーのパーティーに加入している訳ではない。キリムのように単独で動いていたり、目的によって臨時の助っ人を行う事を専門にしている者もいる。


 そういう者はグループを作る時に不利だ。レッツォはそれを見越していた。


「見ろよあいつ、若すぎないか?」


「等級は5以上が参加資格じゃなかったのかよ」


「直接見た事はないが、もしかしてあの召喚士じゃねえか? 横にいるのは多分クラムだ」


「はっ!? あいつか! でも何でここに……」


 流石にここに乗り込むだけの実力があるのか、1人ないし2人で組んでいるのはいかにもベテランといった出で立ちだ。鎧は頑丈で、軽装の者も強靭な肉体であることが一目でわかる。魔法職の者は近寄りがたいオーラを感じる程だ。


 そして皆がキリムへと視線を向け、まるで品定めのように上から下までジロジロと見る。キリムは1分も耐えられずに俯いてしまった。


「これこれ、あんた達、こんな若い子にそんな怖い顔しなさんな」


「ねえ~? 坊や。何も悪い事もしてないのに、そんな睨まなくてもねえ? こっちさおいで」

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