Responsibility-10(079)


 イーサンは驚きつつも、ようやく納得がいったと頷く。


「俺達が依頼した訳でもないのに、9月に墓参りに行くと、墓石にディラン義兄さんの名が刻まれていました。墓の中には遺骨の頭蓋骨、それに行方知れずだった大剣と杖も」


「その時に納めた。名を刻んだのはワー……知人だ」


 イーサンは俄かに信じ難かったが、ステアが嘘をついているとは思えない。キリムもその時に訪れた店がここと似た雰囲気だった事、アビーの容姿や一緒に旧墓地に行った事などを伝えた。


「その姿、エプロン、杖も、確かに姉さんだ。そんな、姉さんが幽霊になって現れるなんて信じられないが」


「あの、これ……アビーさんから貰ったんです」


 そう言うと、キリムはいつも着けている赤く細い金属製のブレスレットを見せた。ステアも腕をまくり、同じものを見せる。


「それ、それは!」


 イーサンは目を見開き、そして次の瞬間には顔を手で覆った。そしてそのまま髪を掻き上げるようにして静止したまま、潤んだ目で信じられないと呟いた。


「俺と兄さんが……結婚する姉さんとディラン義兄さんに贈ったものだ」


「そうなんですか。アビーさんから、代わりに冒険を託したいって頼まれました。それからすぐに消えてしまって。お返ししましょうか」


 イーサンはキリムの言葉を聞くと、お洒落なダイナーに似合わない程慌てて厨房へと駆け込んでいった。数名のコックがいる中、イーサンが1人の男に縋りつく姿が見える。


 男はイーサンの兄なのだろう。信じられないといった表情でキリム達の方を向き、白い厨房服の袖で目を拭く仕草をした後、コック帽を取って深々と頭を下げた。


 再び料理を運んで現れたイーサンの目は真っ赤で、その横には兄と思われるコックもいた。やはり目は真っ赤で、改めて頭を下げられる。


「5年程前でしょうか。当時のイーストウェイはまだ旧墓地を使っていました。けれどアンデッドが湧きだして墓地を放棄せざるを得なったんです。倒しても倒してもキリがなく……」


「姉はその骨を移したいと言っていましたが、叶わず……肺を患ってあっと言う間に。治癒術ではどうにもならなかったようで」


「どうかブレスレットはお2人が旅に持って行って下さい。俺達に返す事ではなく、夫婦の旅を託すことが姉さんの望みですから」


 話を聞きながらキリムも涙が溢れてくる。美味しいはずの牛ステーキもどこか味気なくなってしまった。けれど心は温かい。


 サービスに珈琲を出して貰うと、ステアはやはり一気に飲み干してしまったが……キリムはその味がアビーの店で飲んだものと同じだと気付き、感想を伝えた。


「元々姉さんが選んだ珈琲豆ですから。そうか、姉さんはこの豆を君達に……」


 店内は忙しくなり、ゆっくりと話せる状況でもなくなってくる。兄弟は改めてキリムとステアに深々と頭を下げた後、それぞれ持ち場に戻っていった。


「俺、旅人で良かったなって思った」


「たった1つの出会いが、こうして繋がっているとはな。旅人が旅をする理由が少し分かった」


「今度イーストウェイでアビーさんのお墓に報告しなくちゃね」





 * * * * * * * * *





「キリム」


「ん?」


「今日の事……済まなかった」


「何の事?」


「俺が、我を忘れて暴走した事だ」


 キリムとステアは行くあてがなく、雪が積もる寒い港の防波堤に腰かけ、もう薄暗くなり始めた灰色の空と海を眺めていた。


 宿に戻るには早く、キリムの消耗を考えると戦いに出る訳にもいかない。マルス達は魔窟におり、騒動で戻っているとしてもトロッコは限られるため、順番待ちで暫くかかるだろう。


 エンキの装備製作も大詰めで、今ゴジェの店を訪ねるのも憚られる。


「悪くない事を謝るなって言ったのはステアだよ」


「そうか、そうだな」


 ステアはキリムが思っている以上に気にしていたようだ。いつもならキリムがステアに慰められ、勇気づけられているのだが、今日はキリムが励ます側になっていた。


「ほら、血を少し飲んでおきなよ」


「ああ」


 小手を外して身震いすると、ステアがゆっくりと噛みつく。鋭い牙のような左右の2本の歯だけが肌を突き破り、そこから血がゆっくり溢れ出す。


「元気出た?」


「ああ」


 ステアが口を離すと、キリムは鞄からガーゼとテープを取り出して傷口を塞ぎ、また小手を填める。視線を湾の反対側に見える山へ移し、そのままステアに自分の思いを伝え始めた。


「俺、そんなに色々な所に行けたわけじゃないけど、世界が開けて、それと同時に喜びも悲しみも繋がっているんだって分かったんだ」


「そうか」


「俺達は魔物を倒せる。でも世界にはそうじゃない人の方が多い。そういう人達を助けられるなら、それに手を貸してくれるなら、ステアは間違いじゃないよ」


 ステアはようやくキリムが自分を励まそうとしている事に気が付いた。主に肯定されると、クラムは存在意義を認められ何よりも満たされる。自分が強くなった気にさえなる。


「俺だけじゃデルを倒せない。ステアが俺の力で、つまり俺が戦うのと同じだとしても、俺は俺の身を自分だけじゃ守れない」


「たかが半年の旅人生活で、8等級の旅人が5人がかりで倒す魔物を相手にしたんだ、仕方がなかろう」


「これがデル戦だったら? デルは俺の成長を待ってくれない。10等級の魔物だから、まだ半年だからなんて言ってられない。だから、経験を積むだけじゃ足りない。もっと強くなる方法を……」


 キリムは自身の決意を述べ、強くなれる方法を考えようとしていた。


 そんな時、後ろからキリム達を呼ぶ声が聞こえた。振り向くとそれはダーヤで、その横には焚火代わりなのかライトボールを掲げて杖に跨って浮くレベッカの姿があった。


「キリム君! こっちこっち!」


「何かあったんですか?」


 キリムとステアは防波堤の上から飛び降りて、2人に駆け寄る。


「今日魔窟で起こった騒動の事だ。まだ全員が集まった訳じゃないけど、旅客協会で話し合いが行われる」


「話し合い?」


「あたしらはあんたが連合に入っても大丈夫と判断した。今から連合の会議をするばい、ついておいで」


 聞きなれない連合という言葉に、キリムもステアも首をかしげる。


「連合は1つの目的の為に、旅人がパーティーの単位を超えて集まる団体だよ」


「目的?」


「勿論、デルの討伐さ」


 デルの討伐と聞き、キリムは驚く。


 デル討伐の旅人を募っているという噂は聞いていたが、掲示板などで貼りだされてはいない。情報収集も満足に出来ておらず、具体的にどうやって倒すかを考えなくてはならないと思い始めていた頃だった。


「ダーヤさんも、レベッカさんも連合に加入しているんですか?」


「ああ。レベッカさん、ヤチヨさん、トルクさんは、連合として動くためにギルドの支部長を辞めて、勧誘活動をしていたんだってさ」


「そういうことさね。あたしらは大陸の西の端にあるパバスで支部長をしとったんよ。あんたの噂は聞いとった。とんでもない才能っち、召喚士ギルドの子達が騒いどったけね」


 キリムは自分が知らない間に審査されていた事にまた驚き、戦う姿は見られていないはずだと疑問に思っていた。


「この猫耳ぼうやから聞いた。安心なさい、キリムちゃん。あんたの強さは上から数えた方が早い。まあ、あたしら程ではないがね」


 キリム達は旅客協会まで雪を踏みしめながら歩いていく。


 町の門には魔窟から戻って来る旅人、これから取り残された者達を救助しに行く旅人が溢れている。


 静かな冬のノウイの町は俄かに慌ただしくなっていた。

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