Merkmal-02(081)
キリムが居た堪れなくなってそっと後ろへと下がった時、キリムのすぐ横から年配……いや、もうお婆さんと呼んでいい歳に見える3人組がキリムの前に出てきた。
レベッカ、ヤチヨ、トルクだ。
「キヒヒ、若い時はこんくらい威勢が良くてもええけどね。時と場所は考えないけんばい」
どうやら不躾な旅人達を相手に委縮するキリムを見かねて、助けてくれるらしい。しかしそうすると、今度は3人の老婆が一斉に周囲の視線を集めることになる。
……が、怪訝そうな顔で値踏みしていた旅人達の数人はパッとうつむいた。レベッカ達の正体に気付いたようだ。
その他の旅人も、あからさまな指摘をされたことで恥ずかしさを感じていた。意識的にキリムから視線をそらし、そそくさと隠れるようにパーティー内で話し合いを始める。
「なんだこの婆さん?」
「何だって、あたしらも同じ目的で集まった仲間さね。ここにおるみんながそうさ」
しかし、面と向かって注意された旅人は違った。男は面白くないのか、最初に口を開いたレベッカに向かって威圧的な態度を取る。
短いツーブロックの茶髪に勝気そうな眉。まだ若く見えるが、威勢は一人前だ。
「そんな事は分かってる! 婆さんの介護に来てんじゃねえぞこっちは! ひっこんでろ!」
苛立つ男を前に、レベッカ達は全く動じることなく笑っている。その様子が面白くないのか、男はより怒りを増幅させた。その表情を見て、レベッカはニヤリと笑って更に挑発する。
「おやおや。こんな若い新米の仲間に威嚇して、俺は強いんだぞっち、誇示しとるつもりかい? 仲間が要らんならどうぞ1人で倒してきな」
「なっ…! なんだと?」
笑顔のまま毅然とした態度を取るレベッカに、男は敵意を隠さない。馬鹿にされていると思うと引き下がれないのだ。そこにヤチヨが追い打ちを掛ける。
「あんたそこまで言わんでも、強けりゃ他の旅人がどうだか気にして値踏みなんかせんわね。キヒヒ、ぼく? まあこっちへいらっしゃい。あらあら男前だこと! お名前は?」
「ぼく? って、ねえ? もうそんな子供じゃないもんねえ?」
どうやらこの場ではレベッカ、ヤチヨ、トルクの3人とは今知り合った事にしたいらしい。キリムは恥ずかしさを覚えながらもレベッカ達の傍に歩み寄った。
男は老婆が囲んだせいで、これ以上キリムの事を詮索できない。更には何を言っても言い返されてしまう事に嫌気がさしたのか、チッと舌打ちしてその場を離れ、部屋の隅の壁に寄り掛かった。
「何か言い返さんのか」
「いいよ、別に何かされた訳じゃないんだし」
「俺はあまりいい気はせんな。我が主に対しあんな小物が値踏みなど愚弄にも程がある」
「さあさあ、怖い人は向こうに行ったし、ほら皆さん、ネクサスを作りましょ!」
キリムがステアを宥めていると、レベッカ達はいつのまにかその場にいる旅人を仕切っていた。壇上のレッツォも、発起人ながらこの3人には何も言えない。
旅人達は3人の老婆の前に成す術もない。3人は「あんた強そうね、あの子と組みなさい、あんたはあんたと、そこのあんたも」と、全くもって分かり辛い呼び方でネクサスを作っていく。
等級を聞きつつ、盾役が1人になってしまう班には、代わりに重鎧を着る戦斧士や、武器でのガードがしやすい槍術士を3人揃える。なかなか采配は良い。
「はい、ええかね! パッと周り見てバランスとか、そういうの大丈夫かね! ほらそこの壁際のあんた、いつまでも拗ねとらんでこっちに来なさい! あんたはあたし達と組むばい」
「何でババアと組まなきゃなんねえんだよ」
「あたしら3人と、ぼくと、あんた。それにそこのお兄さん達。あんた達ですよ、お耳の坊や」
トルクがダーヤを指さしてから手招きをする。キリムのためには多少偏りがあっても知り合いで固めた方がいいと判断したようだ。
猫の耳を持つクーン族のダーヤは、お耳の坊やと呼ばれて恥ずかしそうにニジアスタを引っ張った。30歳前後のパーティーを坊や呼ばわりするトルクには敵わないが、せめてもと同じ「お耳の坊や」として道連れにするつもりだ。
エルフ族のデニースの長い耳を見て「俺達だけお耳の坊やは納得いかない」と呟くが、どうしようもない。
「これで余ってるメンバーでネクサスが出来上がり。はいはい、こっちきなさい」
男はまるで我が子か孫と接するような老婆の話し方に、すっかり毒気を抜かれていた。男は剣盾士で、背中に剣と小ぶりな盾を背負っていた。
5人組のマーゴ達、3人組のレベッカ達、それにキリムと剣盾士の男。人数は少ないが、組み合わせの都合上、これ以上ネクサス間で人の融通をお願いできそうにない。
「はい。じゃあ自己紹介せねばね。あたしはレベッカ、治癒専門。等級区分は10、あたしがおるんだから安心しな」
「等級区分10だと!?」
男は驚きのあまり3人を見ながら固まる。ただの「ババア」ではなかったと恥ずかしそうに俯き、他のメンバーの自己紹介を待つ。
「キリム・ジジです。召喚士です」
「げっ、お前召喚士か! そうか、あのクラムを連れた……」
「あー……はい、そうです。特例で入れてもらったんですけど、等級は3です」
キリムは頭を下げた後、申し訳なさそうにメンバーの顔をチラリと見上げた。マーゴ達は知っていると言いたげに、レベッカ達は澄ました顔のままだ。推薦者であることは隠しておくつもりだろうか。
いくら名が知れているとはいえ、キリムは旅人になって半年で明らかに経験不足だ。更に等級区分は3。肩書も新人にしては強いという域を超えていない。男は心配そうにキリムを見つめている。
「す、ステアと一緒に頑張るんで、決行までに等級を上げられるように頑張り……」
「5だよ」
「えっ?」
ふとヤチヨがいつものお決まりの笑いを控えてキリムの声を遮った。
「坊やの等級は5だって言ったのさ。加入条件は満たしとるよ」
「えっ? いや、俺はまだ……」
ヤチヨが澄ました顔で鞄の中から1枚の写真を取り出す。そしてそれを男に見せた。
「……これ、これは! 魔窟で大暴れしていた気持ち悪いドラゴンと戦ってる写真か!」
「キヒヒ。悪いけど、何枚か証拠として撮らせてもろたよ。戦いば見て助太刀するまでもないっち思ったけん、確認した後で下がらせてもらったと」
キリムがステアと共にドラゴンへと斬りかかるところを捉えた1枚、そしてもう1枚取り出した写真は倒した後のもの。いつの間に撮ったのかと驚くキリムと、写真を見た男の驚きのポイントは違った。
「……数日前にパーティーが壊滅、今日も死人や怪我人がこれから運ばれてくるって話だ。それをコイツが相手に?」
「ああそうさ。だからあたしらがさっき協会に、この子の等級を上げなさいと言ってきたのさ」
「俺達も同意した。あの状況で、俺達が5人で相手する魔物を3体も倒したのだからね」
「君が協会の受付で昇級審査を申し出たら、そのまま召喚士ギルドで受理されて、数分で合格が言い渡される」
男はキリムがマーゴやレベッカ達と知り合いだと分かり、そういう事かとため息をついた。そしてここまでの芝居は全てキリム抜きで行われたことだとも気づいたのだろう。
まだ「本当に等級が5になるんですか?」と確認しているキリムをよそに、自己紹介を始めた。
「俺はブグスだ。等級は5、まあ威張れるもんじゃねえんだ、悪かったな。ヤザン大陸のローネスティ出身で、どうしても参加したくてやって来た。パーティーを抜けてきたから、今は1人だ」
キリムは背中をポンと叩かれ、再度すまなかったと謝罪を受けた。嫌われているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。もしくは、男にもこの会場内で等級が一番低いという劣等感があったのか。
老婆3人衆も、ブグスを叱ったからといって遺恨を残すような気は更々無いようだ。
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