Responsibility-05(074)


「おい、他の魔物も俺達に見向きもしないで通り過ぎていく……」


 大小様々な魔物がキリム達の手前にある分岐から脇に逸れたり、そのまま駆け抜けていく。その後ろから走ってくるパーティーが3組。先程マーゴ達が通って来た地下から走って来たようだ。


 そのパーティーもキリム達を一瞥いちべつしただけで走り去る。


 追いかけているというよりは必死の形相で逃げている……そんな鬼気迫る表情で息を切らし、戦斧士せんぷしの男が振り返りながら大声を上げた。


「お前ら! 何してるんだ、逃げないと死ぬぞ!」


「どういうことだ!」


 マーゴのパーティーの剣術士の男が戦斧士に理由を尋ねる。戦斧士は迷いつつもクソっと言いながら地面を蹴り、短く理由を告げた。


「クラスターだ! 見た事もねえ魔物が下層から大量に湧き出て、熟練の旅人でも手に負えねえ!」


「クラスターだと? まさか、先日の気味悪いドラゴンみたいな奴か」


「知ってるなら話は早い! そんな感じの奴が何十体と湧いて地上に向かっていると言えば逃げる気になるか!」


 そう叫ぶと、戦斧士はまた走ってパーティーを追いかけていった。


 状況を察するに逃げた方がいい。キリムとステアは頷き、マーゴ達と走って退却を始める。魔物たちも先程の会話の中に出た、強い魔物から逃げるというその最中だったのだ。


 勿論キリムとステアは瞬間移動で離脱することも出来る。そうしなかったのは、このところ4人だけで動く事が増え、地下にも顔を出し始めたマルス達が気がかりだったからだ。


 彼らが襲われたなら命はない。


「この先は安全区域だ! 結界が耐えられるか分からないが、逃げ込んで裏の通路に回れば、しばらく時間を稼げる!」


 先に行く旅人達が他のパーティーに呼びかける声が聞こえる。弱い魔物達は見当たらない。散り散りに逃げたのだろう。


 安全区域付近にはキリム達と同じような考えの旅人が多いのか、次第にざわざわと声や動き回って鳴る装備の音が大きくなる。


「ハァ、ハァ、とりあえず駆け込むんだ!」


 階層に分かれてると言うが、実際は1つ1つの層がとても広い。この安全区域までは1階層上る事になり、下の階層の端から走り続ければ息も切れる。マーゴの呼びかけでキリムはなんとか走りきり、安全区域へと飛び込んだ。


 ……はずだった。


「ハァ、ハァ……えっ」


「……まずいぞ、既に強敵が一足先に上の階に向かったようだ」


「これは! 結界が破られているじゃないか!」


「町を守るような強力な結界だぞ!? そんな……」


 安全区域に辿り着くと、そこには旅人が何人も倒れていた。テーブルなどは倒され、壊され、荷物を拾う暇もなく逃げた旅人もいるようだ。食事中だったパーティーのコーヒーカップはまだ湯気が立っている。


「このまま走り続けるのはキツい。挟まれたら終わりだぞ……」


「ダーヤ! とりあえず息のある奴の回復を! 下の階層の連中がやられるのだから、俺達が勝てる保証もない。すぐに逃がせ!」


「キリム君、外に助けを呼びに行ってくれるか。君達は瞬間移動が出来るんだろう?」


「助けを呼んでも、ここまで応援が来ても数時間、現実的じゃありません!」


 キリム達がノウイの旅客協会に報告しに行けば、協会が旅人に呼びかけてくれるだろう。しかし、ここまで旅人が来るのに数時間。流石に瞬間移動を繰り返して連れてくるにも限度がある。


 更に等級8にもなるマーゴ達が苦戦する相手が複数体同時に現れたというのに、戦力になる者がどれだけいるのか。そもそも強い旅人はこの魔窟に集まっているのだ。


 生きる事を考えるなら、キリムはここから離脱するのが最善であり、そうするべきだろう。


 ただ、間もなく対峙する魔物達に、マーゴ達がどれだけ耐えられるのだろうか。


 耐えられるか、すなわち破れて命を落とすまで、どれだけもつのかでしかない。それを分かっていがら逃げる気にはなれなかった。


「……デルが操る魔物がミスティを襲った時……強過ぎる魔物にどんどんみんなが殺されていくのを見ている事しか出来なかった時。あんな思いはもうしたくない」


 キリムは村が襲われた時の事を思い出していた。目の前で母親が倒れ、父親が魔物の爪で切り裂かれた瞬間、友人が魔物に片手で握り潰された瞬間。


 その時に何もできなかった自分は、せめてもの償いとして、父親の手足になりたくて旅人を諦めた。


 こうして旅人になった時、また死に逝く者に対しどうする事もできない無力感を味わうのか。


「キリム。お前がどうしたいかに任せる」


「クラムステア、本気か? 俺達が勝てるとは正直思っていない、しかしキリム君がいたところで……」


「戦う。ステア、戦うよ。デルを倒そうって決意したのに、魔物からとりあえず逃げましたなんて言えない。これくらい倒せないと、デルには敵わない」


 キリムの決意に頷き、ステアは両手に短剣を構えた。力強さは劣っても、その動きだけなら熟練者にだってついていける。それはステアも認めていた。


 マーゴ達が戦わせたくないと再度強く忠告するも、キリムとステアは自分達が先に攻撃を仕掛けるくらいのつもりでいる。


「……仕方ない」


 マーゴがため息をつき、盾を構えてキリムの前に出る。遠くで叫び声が聞こえる中、とうとう視界の先には紫色の粘液を纏った黒い竜が姿を現した。


「やはりな、同じ魔物だ。あの粘液に長時間触れていると、肌や布地が溶かされる。少しくらいならダーヤがカバーするから、恐れずに」


「はい」


 簡単な対処法を教わっていると、更に4体の同じ魔物が追いつく。


 目の前には5体の最上級個体。前方180度、大きく口を開けて並ぶドラゴンを相手に、果たして勝てるのかと誰もが息をのむ。


「来るぞ!」


「俺の後ろに!」


 ドラゴンが咆哮と共に一斉に襲い掛かって来る。攻撃を盾で防ぐマーゴの目は、いつもの穏やかさを忘れるかのような気迫だ。


 ドラゴンは噛みつき、突進、ひっかき、ありとあらゆる攻撃を同時に仕掛けてくるため、マーゴはガードに専念するしかない。


「フルガード!」


 マーゴの体が淡い黄色に光り、盾から気力の炎がゆらゆらと立ち上る。自身の気力を鎧として身に纏う鉄壁の守りだ。


 その気力は挑発の効果もある。ただし、全気力を使ってもせいぜい10分もつかどうか、本来ならば最終手段だ。


 それを最初から出してきたという事は、その間全てを受け持つから何とかしろ、というメッセージでもあった。


「最初は見ていろ! いけると思ったタイミングで来い!」


 ニジアスタが四方には広くとも高さが6メーテ程しかない空間で、勢いよくジャンプした。足に上手く気力を溜め、持ち前の脚力で跳躍すると同時に解放する。


 そうして天井スレスレまで跳び上がると、今度は宙返りをして天井に足をつき、また足に気力を溜めた。


「ダイブスパイク!」


 その天井を蹴って勢いを増したニジアスタは、まるで瞬間移動したかのようにドラゴンの頭上に現れ、ドラゴンの脳天に思いきり槍を突き刺す。


「キエェェェ!」


「チッ、貫けねえか!」


「早く槍を抜け! フューリーストライク!」


 その攻撃に合わせるかのように、今度はリャーナが大剣で前方を薙ぎ払った。緑色の粘液が飛び散り、周囲に散らばったノートや木片がジュワッと音を立てて溶けていく。


「2人とも巻き込まれんなよ! セイントバーストォォ!」


 物理攻撃が畳みかけられた後は、デニースが閃光を放つ。その光はドラゴンの体内にまで届き、光が消えると抉れたドラゴンの体から赤黒い液体があふれ出た。


「凄い……」


 その光景を見て、キリムは圧倒されていた。


「キリム。俺をもう一度召喚しろ。俺を強く呼べ」


 ステアから声を掛けられて我に返ると、キリムの表情も変わる。


「分かった! ステア……ステア、行こう! ここまで頑張って来た、努力してきた! 発揮するならまさに今だ!」


「努力を裏切るのは自分自身だ。心配するな、ああ、お前の召喚が俺の体を駆け巡るのが分かる。行くぞキリム、俺はお前の刃だ」

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