Responsibility-04(073)


「ダーヤ。キリム君が困っているだろ、クラムステアに怒られてしまう」


 マゴスはダーヤと呼んだ治癒術士の手をやんわりと払い、キリムをクラムステアへと引き渡した。最初に訪れたゴーンの街で出会った時には1人だったマーゴはパーティーに加入したようだ。


 優しく微笑むその様子は、武器防具を買う店や、品物の選び方を教えてくれた当時のまま。お人好しな性格は健在なのだろう。


 そんなマーゴにキリムは苦笑いしつつ会釈し、そして「あれ?」と顔を上げる。


「どうして、ステアの事を」


「名乗って貰ったことはないが、もうみんな知っていることさ。少なからずクラムステアを召喚した者もいるからね」


「そうですか。ステア、有名なんだね」


 有名なのはお前だろうと言いたいところだが、ステアは主になれなれしく接するクーン族を睨むことに忙しい。


「マーゴさん達は今から町へ戻るんですか?」


「ああ。結構深く潜って珍しいアイテムも手に入ったんだ。換金して装備を修理して、2日くらい休息したらまた戻ってくるよ」


「ということは、もっと下の層まで行ったんですね! 凄いなあ」


「凄いという程でもないよ。それよりキリム君、確か君はまだ旅人等級が3だったはず。新人にしては異例の昇級だし、実力は方々から聞いている。でも流石にここにいるのは無謀じゃないか?」


 無謀ではないかと言われ、キリムは返す言葉に迷う。はたから見れば新米召喚士が「1人」で上級者区域にいるのだ。無謀だと諫められるのも仕方がない。


 そんなキリムに対し、主の実力を誰よりも認めるステアは動じない。それどころか恩人のマーゴを見下すかのように腕を組んでふんぞり返る。


「貴様らは何を見ていた。今目の前で瞬時に魔物を葬ったのは我が主だぞ。俺はキリムの攻撃に合わせ、確実に仕留められるよう手を貸しただけだ」


「だからと言って、こんな場所に1人で来る必要があるのかい? 仲間を募るべきだ」


「俺はキリムの能力のひとつに過ぎん。キリムの実力でこの階層が適正だと判断した上での戦闘だ。俺が主を危険な場所に送り込むと思うか。クラムの忠誠がどれ程のものか、知らんようだな」


 マーゴは確かに遠くからキリムの戦いを見ていた。その動きと戦闘時間からして、決して辛勝ではない。ただ、新人が1人でこの階層にいるという事実が不安でたまらなかったのだ。


「先日、旅人が3人この魔窟からノウイへと搬送された。知っているかい」


「えっ、いや、知りません」


 ふとマーゴの肩に左手を置き、優しげなエルフ族の男が前に出る。ノウイに旅人が搬送されたと言うが、キリム達はその情報を耳にしていなかった。キリムが首を振ると、エルフ族の男は灰色のローブの袖を捲りながら、やはりとため息をついた。


「この階層が君にピッタリの階層だ、クラムステアは今そう言ったね」


「ああ」


「ノウイへと搬送されて……亡くなった旅人は、等級6の5人パーティーのうち3人だ。4日前、この階層での出来事だよ」


「えっ、亡くなった!? でも、この階層でそんな強い魔物には出会っていません!」


 4日前なら、キリム達がゴジェの店で話し合いをしていた日だ。その前日も次の日も、キリムはこの階層で戦っていた。等級6ならばおおよそ倒せない魔物などいないくらいの区域であり、壊滅するとは信じ難い。


 ステアも首をひねり、事態が飲み込めないといった表情でエルフ族の男を睨んでいる。


「申し遅れた、俺はデニース。そっちの治癒術士がダーヤ、槍術士がニジアスタ。大剣を持っているのがリャーナだ。そしてパーティーの壊滅を目の当たりにしたのは俺達のパーティーさ」


 デニースの紹介でダーヤが左手を上げて挨拶する。手と同時に白っぽい尻尾も動き、警戒されている様子はない。


「最初は魔物相手に苦戦しているとしか思わなかったが、よく見れば3人が転がり、2人は瀕死で攻撃を防ぐのに必死だった。俺達が慌てて助太刀したが……断言する。旅人等級8の俺達でさえ逃亡を考えたくらいの魔物だった」


「俺達も未だかつて見たことがない魔物だった。ドラゴンのような恰好をしていたが、体には紫色の粘液を纏い、まるでスライムと呼ばれる軟体の魔物のようだった」


 魔術士とみられるデニースや、治癒にあたったであろうダーヤの悔しそうな表情を見れば、それがただの脅しではない事は明らかだった。


 ステアは恐らく勝てる自信がある。もっと言えば、目の前の5人と対戦したとして、傷一つ受けるつもりもなかった。


 けれど、キリムが未知の相手から不意打ちを喰らい、負傷する可能性は無いのか。そう問われたなら、流石にそこまで言い切ることは出来ない。


 そんな何も言葉を紡ぎ出せないキリムとステアを見て、その場を収めようと出てきたのは槍を背負ったクーン族の男だった。


 漆黒と呼ぶに相応しいプレートメイル、ドラゴンを連想させるような兜は、耳の部分がクーン族仕様になっている。


「おい、デニース、マーゴ。そのくらいにしてやれ。あの召喚士がこの魔窟にいるらしいと知っていながら、忠告もせずにいたのは俺達だ」


「心配する気持ちは分かるが、ニジアスタの言う通りだ。それに、あのパーティーだってこの子だって、自分の実力に見合う階層を選んで戦っていたんだ」


「……そうだな。出過ぎた真似をした」


 まったくその通りだと言わんばかりの表情でも、ステアはそのような魔物の出現を疑問に思っていた。


 魔物の中にも優劣があり、弱い魔物は強い魔物を避ける。それ程までに強い魔物がうろついているのなら、この階層の魔物はもっと少ないはずだ。そのような状況を熟練者が見落とすはずはない。


 しかもこれだけ多くの旅人が長年通う魔窟で、皆がよく通過する階層だ。魔物が湧きやすい場所とはいえ、誰にも知られていないような新種の魔物が突如現れる事などあるだろうか。


「その魔物は今まで発見されたことがないのだな」


「ん? ああ、俺達でさえ聞いたこともなかった。魔窟をマッピングしている連中ですら、死骸の写真を見て新種だと断言したくらいだ」


 考え込むステアが何を気にしているのか、経験不足なキリムは理解していない。ただ、いるはずのない魔物がいた、という事だけは分かっていた。


 あまり考え事に気を取られていなかったからだろうか。ふと皆の中でキリムだけが魔物の気配に気づき、マーゴ達の後ろを指さした。


「何か、来ます」


「えっ? ……驚いた。気配に気づいたのか」


 ダーヤが猫のような耳を澄まして驚く。しばらくすると犬や狼が地面を蹴るような規則正しい音が聞こえてきた。それはこの階層でよく見かける狼型の魔物の足音であり、通常は群れを成して行動している。やはり音は複数聞こえ、キリムは反射的に短剣を構えた。


 しかし、それに続いて装備が擦れる金属音が聞こえて来たかと思うと、魔法を放ったであろう閃光なども視界に入る。


「魔物を討ち漏らしたか……来るぞ!」


「俺が行きます!」


「我が主の戦いを見ておけ。キリムを侮るな」


 何度も倒した魔物相手に怯むことはない。どこかのパーティーが追っているのなら、ここで足止めして止めを刺してもらう事もいいだろう。魔物との距離が縮まり、とうとうあと少しでキリムの間合いに入る。


 そんな時、魔物の後ろからライトボールの灯りが照らし始めたかと思うと、足音の主と思われる旅人達の叫び声が聞こえた。


「逃げろー!」


 その声と同時に魔物がキリムへと飛び掛かる。


 鋭い爪がキリムの顔めがけて突き立てられる……かと思いきや、魔物はキリムを飛び越え、そのまま振り返る事もなく暗闇に消えていった。


「何だ、どうしたんだ」


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