Responsibility-03(072)
「夕食は血になるようなものをしっかり食べるよ、これくらいの量ならいつでもどうぞって言えるくらいじゃなきゃね」
「頼もしいな。キリム、少しいいか」
小手を装着し直すキリムを、ステアがおもむろに引き寄せる。相手が主なら、もう少し優しくてもいいと思うのだが……ぶつかる鎧の鈍い音が響く。キリムは衝撃にびっくりしている。
「ど、どうした? 何かあった?」
ステアはキリムの匂いを嗅いだり、腕を持ち上げたり、少し引いて目を凝らしたりと、何かを確かめているようだ。
「……お前の霊力の質が変わった気がする」
「えっ? 上がったって意味で? それとも下がった?」
「前者だとは思う。何だろうな、単純に変化している」
資質値は霊力量やその質を測り、そこから導き出される数値だ。キリムの場合は99、この資質値は基本的に変わらない。上限に近いその質が変わったというのはどういうことなのか。残念ながら召喚士本人が把握することは出来ない。
ではステアが分かるかというと、残念ながらクラムにも物の
「俺にとても良く似ている、そう感じる」
「ステアに似てる? 俺の霊力が?」
「そう感じただけだ。俺が弱ったように、何かが起きなければいいが」
不安に思っても仕方がない。実際にステアは少しの血で調子が良くなり、キリム自身は体力的な問題を除けば随分と動きも良く、技の威力も上がって来た。何にも影響がないのなら、不安になっても仕方がない。
「ステアの主として、見合うようになってきてるって事ならいいんだけど」
* * * * * * * * *
それからもキリムは朝になれば、相変わらずステアと共に瞬間移動をしていた。町とダンジョンを家から出てすぐかのような感覚で往復し、自身の強化に取り組んだ。
これは地下で寝泊まりする旅人のように、すぐに戦いに出られるのと同じ条件だ。むしろ、きちんとした食事や風呂、しっかり休めるベッドがある分、キリムの条件の方が良い。
休みの日にはマルス達とゴジェの工房に向かう。そんな生活ももう2か月が経とうとしていた。
徐々に素材も貯まりはじめ、エンキは本格的に製作に入り、そろそろマルスの盾が完成する。マルス達は4人だけで魔窟に行き、エンキは素材が足りない時や気分転換の為に同行するくらいだ。
マルスはキリムを優先しようと言ってくれたが、キリムはパーティーの命を守る盾が何よりも優先だと言って丁重に断った。
「着いたぞ」
瞬間移動した途端、魔物に囲まれるのではないか……という怖さもあるが、キリムは安全区域に飛んでもらう事を嫌がる。楽していると面と向かって言われるのは、やはり気分が悪いからだ。
「町を出て1分で魔窟の地下か。流石にズルしてる! って言われても言い返せないな。普通だったら2時間あっても来れない」
「俺の瞬間移動はお前の能力だと言っただろう。クラムを使役するお前の特技に、文句を言う方がおかしいと思わないか」
「まあ、物は考え様だね。プラスに考えなきゃやってられない。さ、戦おう!」
地下9階層をパーティーも組まず探索する者など流石にいない。この辺りになれば、ステアもキリムの戦いを見守るのではなく共に戦うのが前提だ。
旅人の等級で言えばレベル5相当と言われ、すれ違うパーティーは皆が熟練の旅人ばかりだ。
キリムが周囲を照らす光球「ライトボール」を打ち上げ、魔窟の探索を再開する。すると間もなく魔物と対峙することになった。
「ステア、背後回りそうなのお願い!
キリムは剣に気力を込め、両手を押し出すように水平に一振りした。空気が切れるように真空の刃ができ、魔物は真っ二つになる。威力が足りず耐えた魔物にはすかさずファイアを唱え、倒し漏れないように一掃していく。
キリムは自分と対峙する魔物は基本的には自分で片付けている。ステアはキリムの戦い、もしくはキリムを守る事に徹し、ステアが自ら魔物をどんどん倒していくわけではない。目的はキリム自身の戦闘能力の向上なのだ。
ガード役と治癒術士不在の2人で攻略するのは、本来ならばとても厳しい。勿論ステアがいるからこそできるのであって、もしキリムが2人だったとしたら、こんな所ではとても戦えない。
「技は控えめに行け、今日は先日のように低層から軽くこなしてきたわけではない。午前中だけで疲れ果てるぞ」
「そうだね、分かった!」
気合のままに全力で戦いだすキリムをステアが止める。ステアは育てるということを意識し、キリムが少しでも早く強さを実感できるようにとマネジメントしていた。
「通常攻撃しか出来ないって思うと、どうやって効率よく魔物に切り付けるかを考えないといけないね」
「ああ。打撃や体当たりで間を確保しながらいけ。後ろに下がるだけでは追い詰められる」
「分かった、空間の確保も意識する」
牛の頭を持つ2足歩行の亜人型のミノタウロスを1体倒し終わると、すぐに反省会をしながら先を目指す。
魔力の節約のためライトボールを消し、壁際に置いていたランプを持ち上げたところで、ふと複数人の足音に気付いた。
「他の旅人がいるようだな」
「うん、さっき少し遠くが明るかったからもしかしたらと思ったけど、戦ってたから待ってくれていたのかも。まだ早い時間だし下層から来た人達かな」
「俺達よりも早く到着しているとは思えん、恐らくそうだろう」
暗い魔窟の中、キリムが照らす明かりとは別の所から光が漏れ、遠くまで見渡せるようになる。どうやら他のパーティーのようだ。その明かりはだんだんと近づいてくる。
互いに鉢合わせになった所で、キリムは自分から男5人組のパーティーに向かって挨拶をした。
「えっと、おはようございます」
「ああ、おはよう。この時間に戦っているなんて、なかなかやるね」
「有難うございます。あの、地下への通路はみなさんが来た方向にあるんですか?」
「そうだよ。もしかして魔窟に来て日が浅いのかい?」
そう言うと、剣術士がメットを脱いで挨拶をしてくる。男はとても上等に見える全身鎧に、大きな盾と幅広い剣を背負っている。もう1人は大剣使いなのだろう、禍々しい程刃がうねった剣はいかにも強そうだ。
後ろにいるのは魔術士と治癒術士、そして残る1人は槍を持った戦士だ。見ると、治癒術士と槍術士は猫のような耳と尻尾を持つ「クーン族」で、背が高い魔術士は、耳がやや長く寿命も幾分長い「エルフ族」であることが分かった。
どちらもラージ大陸では殆ど見かけない少数種族だ。
ただ、キリムはそのクーン族やエルフ族よりも、メットを脱いだ剣盾士に驚いていた。
「あっ!」
「おや? ああ、君か! こんな所で会うとはね。すっかり有名人になったキリム君」
「お久しぶりです、あの、ゴーンでお会いして以来……」
「マーゴだ。覚えていてくれたのかい、光栄だね。久しぶりというべきかな」
それは旅人になった初日、ゴーンの町で装備を売る場所を教えてくれた男だった。その時よりも少し髭は伸びていたが、キリムは男の事をよく覚えていた。
「マーゴ、この子は知り合いか?」
「ああ、みんなも名前は聞いたことがあるんじゃないか? 召喚士キリムを知らない旅人なんて今時いないよ」
「え、あのキリム・ジジ!?」
「あ、えっと、そうです、キリム・ジジです。宜しくお願いします」
「お前があのキリムか! クラムを従えて短剣で戦う召喚士キリム! 一度会いたかったんだよ、いやあ、朝早くに出発した甲斐があった!」
そう言うと、クーン族の治癒術士は満面の笑みでキリムの頭を撫でる。黒い耳、灰色と黒が混ざった髪の青年は、マーゴよりもフレンドリーだ。
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