Responsibility-02(071)
素材という言葉で思い出したのか、ステアは鞄から1つ包みを取り出し、エンキへと視線を向ける。愛想がないのはもう周知の事実であって、気づいたエンキから歩み寄る。
「何だ? 何かあったか」
「キリムがこれを渡せと言っていた。ミノタウロスの角と、牙だ」
「そりゃすげえ! 成分調べて使えそうなら使わせてもらう、有難うな!」
エンキは自身の疲れも忘れ、目を輝かせてミノタウロスから得た戦利品を手に取り見つめる。
慣れない採掘、慣れない戦い。どんなに体がガタガタでも、そこで貴重な材料を見つけたなら、それだけで疲れも吹き飛ぶ。
「では、俺達は一足先に戻る」
「ばいばい、また明日ね!」
サンがそう言った直後、もうステアはその場にはいなかった。得意の疾走で、気づいた時にはもう宿の前に着いていたからだ。
「やっぱキリム、努力してるんだね」
「ああ。クラムに戦わせてお手軽探検、なんて言ってくる意地の悪い輩もいるからな。キリムはそういうのを気にするし、だから納得できるまで努力する」
「このところ食事の時間も合わないし、キリムとステアだけで別の部屋を取るようになったよ。朝は俺達の方が早いし」
採掘がメインであるため、マルス達はクエリを受注して動き回ることが出来ない。キリムは8時頃に起きて旅客協会に向かい、クエリを受注してから魔窟に向かうのだ。
採掘の警備、素材の提供はマルス達が、滞在費はキリムが稼いでいる。装備の提供はエンキだ。誰かが一方的に貢ぐような関係ではなく、この役割分担は上手くいっていた。
「ステアの表情を見ていたら進捗が分かるよね。多分、誇らしそうな表情だったのは、順調だからよきっと」
「え、サンはステアの表情から感情を読み取れるのか?」
「見下すような顔してる時って、だいたいキリムを自慢げに思ってる時よ。真面目な顔の時は何も考えてないか、目の前の事だけ見てる気がする」
サンの分析を聞き、マルスとブリンクが顔を見合わせて感心する。リビィとエンキはそもそも読み取れないと思って、先ほどの表情を覚えてもいない。
「すげえな。キリムでも何となく分かるかも、くらいに言ってたのに」
「キリムって、そういう所だけ無頓着っていうか、大雑把よね。まあ、そうじゃないとコンビでやっていくのは大変かも」
「順調なら朗報だ。俺たちは倒れたら帰れなくなるからな、まずい時は言ってくれ。特に俺は1人で助けを呼びに行くなんて絶対無理だからな」
「大丈夫、私がみんなを強制的に回復と持続魔法で起き上がらせるから。強制的に」
「強制的って2回言わないでよ、なんか怖い!」
周囲より秀でている事は明らかなキリムが、頑張ったと胸を張れる程健闘した自分達よりも、はるか努力をしていた。
その姿を見て、明日からの魔窟探索へ意気込みを新たにしない者は1人もいなかった。
* * * * * * * * *
「ステア、俺って率直に言って成長してる?」
「魔法に関しては分からない。高価な魔術書に変えた分、威力は上がっているだろう。勿論、専門でやっているリビィには全く及ばないが」
「双剣は? 戦いを見てどう思う?」
「そこについては断言しよう、動きだけで言えばその辺の双剣士に負けてはいない」
更に1週間ほどが過ぎた。
このところキリムは旅客協会へ寄るのも1日置きとなり、泊まり込みで魔窟に籠るようになっていた。食事や水を多めに持って、倒れそうになれば回復薬を飲む。
宿のベッドで寝た方がいいのは勿論だが、キリムは少しでも魔窟にいないと、強くなる時間が足りないのではと不安に思っていた。
その理由は、自身の体力にあった。
ステアは数日に1度、ほんの少し血を貰えたならそれで済むわけで、以前のように旅に支障が出るようなことはない。それなのに、キリムは体力の伸びだけが異常に悪いと感じていた。早い話、戦い続ける持久力がない。
「でも、戦い続けることが出来ない。マルスやブリンク達と比べても、俺だけ疲れるのが早かったんだ」
「いいか。忘れているようだがお前は他人の3倍の事をしている。召喚、魔法、剣術、他人と同じだけ動くなら、単純に3倍の体力が必要だ」
「そうだけど……体力だけは伸びが悪い気がするんだ。むしろ落ちてる気も」
「だとすれば、せめて今の体力値を維持できている間に鍛え終わるしかない」
体力は戦闘持続能力とも言える。動き回るにはそれだけの体力が必要だ。魔術士や治癒術士、召喚士はあまり動き回る必要がなく、武器を使用する場面も少ないことから、通常は気になる事は無い。
ただ、相手が強い魔物であれば攻撃を避ける、詠唱をしながら息切れせずに陣形を維持する事は必須になる。1人で戦うキリムにとって、これは致命的な欠点になる。
「腕輪のおかげかな、俺が気絶してもステアの召喚が切れないからまだいいけど、俺だけ戦闘についていけなくなるのは悔しい」
「……双剣士としての筋力、気力、そして動きの上達に対し、体力が追いついていないか。倒れるまで戦うというのがそもそも間違いかもしれない。少し休憩を増やし、食事も増やせ」
「いや、倒れるくらいやらないと1年なんてあっという間だよ。もしデルがどこかを襲撃するとしたら、俺がどんな状態であっても戦わなくちゃいけない。これは俺の義務みたいなもんだ、疲れたからって放りだせない」
「1人で背負う必要はない、デル討伐を目標に掲げる者は多いのだからな。お前に何の責任がある訳でもなかろう」
「責任がないからって、誰も代わりにデルを倒してなんかくれないよ」
地下7階層で戦い続け、休憩はその場で行う。仮眠を取る時は1階層下の安全区域。
そうして活動しているうちに、キリムの存在に気付くパーティーも多くなった。「あの召喚士」が1人で来ているとなれば、注目しない者はいない。
声を掛けてはこないものの、あまりその視線は歓迎してくれるようには見えない。もしも泊まり込みの際にステアがあからさまに威嚇をしていなければ、やっかみの1つも言われていた事だろう。
クラムのお陰で旅が出来る、いざとなればクラムに任せておけばいい、クラムが強いからと自分まで強くなったと勘違いしている……キリムが傷付く言葉はいくらでもある。
その中身は強くなろうと必死にもがくただの少年だ。未成熟な心に鎧を着せることは出来ない。
「最終手段なんだけど、回復薬飲み過ぎるとお腹いっぱいできついから、ヒールを覚えようかな」
「攻撃魔法の威力が格段に下がるが、仕方がないか。治癒の適性はあるのか」
「あんまり。あーいやごめん、殆どない。気休めだよ」
「ならば食事量を増やせ。いいか、次からは回復薬を飲まなければならない状態になれば休憩し、何か口にしろ」
キリムは早速とカバンからパンを1つ取り出してかじり始める。回復薬でお腹いっぱいになってしまい、食事が足りていない事は、キリムも感じていた事だ。
帰りはステアの瞬間移動、行きも前日にいた場所まで瞬間移動をする。もうこれ以上効率を求めるには限界があり、あとはいかに体力をつけ、長く戦うかにかかっている。
「思い切って明日は休息を取ろうかな。買い出しもしたいし、ちゃんと食べる」
「そうしろ。それと……今日は血を飲ませてくれないか」
「そうだね、明日休むし、問題ないよ。宿に戻ろうか」
「ここで今くれ、戦いの後の高揚感のまま」
キリムは小手を外すと、ステアの細く鋭い歯がキリムの腕へと刺さっていく。
召喚士がなるべく痛く無いようにとの配慮か、クラムには腕を咬むというよりは刺すための鋭い歯がある。その歯が少し埋まったところでキリムの血が少しずつ溢れ出す。
「ああ、やはりあるべき主から直接飲む血は美味い。空腹どころか全身の力が完全以上に満たされた気分だ」
「え、もういいの?」
「ああ十分だ。俺にとってそれだけ良質ということだ。自信を持て、我が主」
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