CHANCE-07(065)


 クラムは人が創り上げたものであり、クラム達は創られた自分達の事を漠然としか分かっていない。


 何故血を求めるのか、それも戦闘型のクラムだけに限られるのか。霊力という存在すら、知られるようになったのはクラムが生まれたずっと後の事だ。


 召喚士が召喚したことへの謝礼、そう語られていたものの、召喚士もクラムも、血を飲むタイミングに違いがあるとは思っていなかった。キリムは旅の殆どにおいて、ステアの「召喚主」ではない状態で旅をしていた。


「召喚した事への報酬がなく、力を使い続けて衰弱していた、ってこと?」


「それだけでは説明はつかないがな。お前の血を飲めば、確かに俺の状態は良くなっていた」


「それって、真の主の血だからってことかしら」


 リビィがそう呟くも、真の主自体が殆ど例のない存在であって、前例から推測する事もできない。クラム側も、人がクラムが作ったのなら人が知っているだろう程度の認識だった。


「おいら達は、それぞれの役割に忠実なだけで、それこそが存在意義なんだ。それ以外の事を考えた事なんてないし、その知識もない」


「己がクラムを従える資格を持つ存在……真の主たる者のその所以である」


「え?」


 ステアがふと口を開く。その言葉は、どこか詩のようにも聞こえた。


「お前たちは知らないだろうが、メルリトというクラムがいる。メルリトは最初にカーズとなったクラムだ。メルリトに続いた2番目のクラムは、主の戦死と共に消えたとされている。実際は他のクラムを同時に召喚しただとか、もう少し入り組んでいるがな」


「キリム、知ってる?」


「詩を好み、弦楽器、特にハープを弾いてあらゆる呪いを消し去るクラムだよ」


「メルリトは言った。己がクラムを従える資格を持つ存在……真の主たる者の所以であると。俺はその意味をよく理解していなかった」


 ステアは血を口にするタイミングについて、メルリトの言葉で何かに気が付いたようだ。その目の前にいるキリムは……どうやら何も気づいていない。


「そっか、分かった! キリムとステアがあるべき主従だって事は、そういう事だったのか!」


 頭の回転が速いブリンクは、ステアの言葉を理解したようだ。誤解のないように言っておくと、決して他の者の頭の回転を疑っているのではない。


 例えばキリムだって、思い返してもらえるなら、どこかの場面できっと、おそらく、多分……もしかしたら頭の回転の速い時くらいあった、かもしれない。


「えっと……それはつまり?」


「キリムの短剣を使う双剣士としての才能、それこそが真のクラムを従えるための資格なんだ!」


「そうか! キリムの召喚能力はついでに過ぎないってことだな!」


 マルスは答えが分かった事に喜び、ブリンクと正解者同士ハイタッチをする。そこにステアが加わることは当然ない。当事者のキリム、クラムであるワーフはまだよく理解できていないようだ。


「あー。つまりどういう事だ? 召喚士じゃないとあるべき主従になれねえから、キリムには霊力があるっつうことなら」


「分かった! 私も分かった! キリムは双剣の才能を伸ばすべきで、えっと伸ばしたい人で、双剣を使う武神であるステアを求める者って事よね!」


 リビィもまた、マルスとブリンクとハイタッチをして正解を喜ぶ。


「そうね。例えばキリムにとって、鍛冶の神であるクラムワーフよりは一緒に戦ってくれるステアの方がいいわけだし、最適なクラムがステアって事ね」


「逆に、ただ血が美味いってだけで、クラムにとって仕えるに値しない人だったら? そういう事さ。だから予め相応しい主と逢うことが決まってんだよ」


「俺が霊力を測って貰った時、召喚能力はオマケだから、安心して鍛冶師をやれって言われたんだ。俺は鍛冶、キリムは双剣。その才能に見合ったクラム、ステアが仕える程の才能を持っているって事だな」


 旅人を前にしてやや毒がある言葉でもあるが、エンキがそう言ったことに、誰もが同意する。


 同じ武器で戦い、素人だったとは思えない程能力を伸ばしていく。そんなキリムの才能を伸ばすにはステアが必要だったはずだ。そしてキリムはステアが仕えるだけの価値がある双剣士だということ。


 クラムや召喚士の真実を解明できるほどの知識はないが、それでもそうではないかと考えると一番しっくりくる。


「俺と同じ武器を使い、俺を師として成長していくキリムが誇らしい。今更だが、お前が真の主で本当に良かったと思っている。そうか、俺たちの出会いは必然だったのだな」


「俺との出会いも、ステアと同じ双剣での戦いも、偶然じゃなかったんだ」


 クラム1体に、真の主は生涯1人だけ。その主が誰であるか、どんな者であるかはクラムにも、真の主自身ですら分からない。


 だから出逢えるか分からない、ではない。互いは出逢うために存在している。その可能性に気づいた事は、召喚士とクラムの関係に大きな衝撃を与える事になる。


「つまり、次からは召喚してから一緒に戦って、血を少しあげたら大丈夫ってこと?」


「話のレベルがいきなり下がったが、まあそうだな。懸念材料の1つは解消された、という事だ」


 キリムは残念ながら勉強に関して秀才な訳でも、常識に自信がある訳でもない。もう一つ言えば、この十数年の経験や世界の広さは誰よりも少なく、狭い。


 ただ、それが時には有利に働く時がある。だとしたら、それは今だ。良くも悪くもキリムは単純で、見えているもので判断する。


「これからステアと一緒に旅が出来るって事だね。俺は強くならないといけないんだ、それは変わらない。見えない問題を考えるより、今はそれだけをやりたい」


「賛成だ。キリムはこれで万事解決って訳じゃない。俺達はクラムとの関係や影響については専門外だし。でもデルを相手するならキリムは強くなる事だけ考えないとな」


 マルスがニッと笑い、キリムの肩を強く叩いて励ます。引っ越してからおよそ6年の間、会うことも叶わなかったが、それでもマルスはキリムの友人なのだ。


 キリムが気を使い過ぎて自滅していく性格なのは良く知っている。


 ここで自分達が一言掛けて背中を押さなければ、キリムは決意だけ強くとも、無用な気遣いと優しさから、結局はやるべき事に集中しない。マルスはそれをしっかりと見越していた。


「これは俺からの提案というか、お願いになる。今聞いた通り、キリムは強くなる事が最優先だ。対して、エンキは材料の確保が最優先だ。この2つを今のパーティーのままで成し遂げるのは無理だと思う」


「うん……実は私、ウーガ戦からヒーラー1人で5人に気を配るのは厳しいって思ってた。正直、このまま魔窟に行ける自信がない」


「整理しましょ。素材探索なら絶対に倒す人、守る人、治癒する人が必要。ガードはマルス、ヒーラーはサン。残る攻撃役は私かブリンクだけど」


「いや、攻撃職は2人とも必要だ。俺の物理攻撃だけで相手できる魔物ばかりじゃない。魔法が必要な場合もある。もっと言えばエンキだって、身を守る武器を持ってほしいくらいだ」


 マルス達はすぐに今後どう動くかを議論し始める。


 キリムは加入してからまだ1か月程度だが、マルス達はずっと4人で旅を続けてきた。その間にどう連携を取るか、どうこれから対処するべきか、彼らなりに話し合いながら進んできたのだろう。


 キリムは残念ながらそのような機会も仲間も持っていなかった。自分の好きなようにしろと言ってくれるステアに甘え、なんとなく成り行きに任せての旅ばかりしてきた。


 いい加減に考えていたつもりはなくとも、自己分析をしたような覚えはない。


「俺、自分の戦い方とか、実力とか、漠然としか考えてなかった。あんな風にしっかりと自分の現状を説明できない」


「これから出来るようになればいい」


「うん、まあ、そうだね」

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