CHANCE-06(064)


「そう。良かったらお店の中にどうぞって。可愛い雑貨をご紹介しますって。そしたらなんだかあたし、救われたような気分になってね。可愛いものが好きでもいい、心に正直でいいって言われた気がして……その場で号泣しちゃったの」


 ミサがゴジェと友人になったことから、ゴジェはやらなければいけない事と、やりたい事の乖離を見つめ直すことになった。鍛冶が嫌いなわけではなく、ゴジェにはその才能もあった。


 多くの人にとって、仕事は好きだからやるのではなく、生きていく糧だ。才能を生かして仕事をする、ただそれだけのはずだった。


 だが、ゴジェやミサが言う通り、この町はお洒落など二の次だ。デザイン性など気にもしない装備を作りながら、自分の才能は果たしてこれで発揮できているのか、分からなくなったという。


「数年後、ゴジェさんが鍛冶を辞めて、そしてまたお店に来てくれたんです。武器防具じゃなくて服を扱う仕事がしたいから、ゴーンに行くって。とっさに私、引き留めちゃったんです。どうせならゴジェさんの大好きな服を揃えて、みんなを着せ替えて、綺麗で可愛い街にしちゃおうよって」


「最初は何言ってんのかしらこの子って思ったわ。でも私もどうせ厳しい生き方を選ぶなら、この街で大暴れするのも、せめてもの父親に示せる態度だと思って。おかげ様で少しずつ軌道に乗ってきたところよ」


「夢を、実現したんですね。すごいです」


 キリムの周りには、何人も将来の夢を語る者がいる。旅人としての大成を目指すマルス達。鍛冶を極めようとするエンキ。スカイポートで出会ったメーガン達は、現状の強さで満足しておらず、ケイナはクラムと共に歩む人の世界に夢を見ていた。


 勿論、夢を諦めた者もいた。キリムとステアに冒険を託すと言ったアビーの事は、昨日の事のように覚えている。


 目の前のゴジェと、そのゴジェの夢を支え、共に歩むミサ。2人は夢のままで終わらせず、行動すれば少なくとも今よりは道が開けると信じている。


 キリムは漠然としていた自身の目標や現状に、今こそ向き合うべきだと思っていた。父親の為に生き、マルス達に合わせ、エンキの為に行動し、ステアのために強くなろうとしていた。


 では、キリム自身は他人の為でなければ、どう在りたかったのか。それを考えたこともなければ、当然皆に伝えたこともない。


「俺、強くなりたいな」


「ん? 急にどうしたんだ?」


 キリムの呟きに、マルスが不思議そうに訊ねる。


「デルを倒したいとか、口ではそう言ってたけど……目標が大き過ぎて本当は確固たる決意にはなってなかったんだ。強くなるついでに色々やろうみたいな」


「まあ、この旅だって、魔窟に行こうかって話だって、強くなるためだったからな」


「うん。でも俺、思ったんだ。やっぱり召喚士でいたい、ステアに見合っていない自分を何とかしたい。デル討伐だって、言ったけど出来ませんでしたって、ステアがいつも一緒にいて、出来ませんでしたなんて言えない。俺はその為に自分から動かなきゃいけない」


 キリムは決意を述べると、ステアへと振り返った。


「俺、この1か月でどれくらい強くなった?」


「どうだろうな、実際に戦って確かめるか」


「もっと早く分かる方法がある」


 そう言うとキリムはコートを脱ぎ、シャツの腕のボタンを外して捲った。


「どうした」


「ゴジェさん、コップないですか?」


「あるわよ、可愛いウサちゃんのが!」


 ゴジェは店の裏にある炊事場に向かい、マグカップを1つ持って戻って来た。すれ違いざまにワーフへとウインクしたのは、ウサギの絵が描かれたマグカップを持ってきたからだろうか。


 キリムはそのマグカップを受け取りテーブルに置くと、脱いでいた装備用のズボンの脇から短剣を1本取り出した。


「おい、何を……!」


 キリムは一度深呼吸をしてから左腕に刃をあて、ゆっくりと左から右へと引いた。鮮やかな赤が滴り、腕からマグカップへと零れ落ちていく。


「あぁ……」


「ゴジェさん!?」


 出血を見てゴジェがその場に倒れ、ミサとサンが慌てて駆け寄る。


 急に腕を切ったキリムにみんなが驚くが、キリムは動じる事もなく少し貯まったコップの血をステアに差し出した。噛みついて止められず、失血死させてしまうのが怖いなら、最初からコップに入れておけばいい。


「血の違いで、俺が強くなってるか分かる? 霊力がちゃんと練られているか、気力や魔力が高まっているか、分かる?」


「……ワーフ、俺を押さえていろ」


「分かった!」


 ステアは血の味を思い出し、自分が我を忘れてキリムに噛みつくのを恐れていた。けれど力が強いワーフがいれば、それを阻止してくれるだろう。しかし、そんなステアが血を飲む事を止めたのはブリンクだった。


「ちょっと、ちょっと待ってくれ」


「何かあった?」


「いや、素朴な疑問なんだけどさ。召喚士って、普通は召喚に応じてくれたお礼に血をあげるんだよな」


「うん」


「俺達はさっき、こっちに来ていたステア達と出会ったんだよな? つまり、召喚主じゃない奴の血って、有効なのか?」


 ブリンクの疑問に対し、それがどういう意味で、どんな違いがあるのかは分からなかったが、キリムは少し待って考えた。


「俺は……ステアを何度か召喚した。最初の時、腕輪を貰った後、スカイポートで、そしてノウイに来る前の山道で。そして解くタイミングもバラバラだった。血をあげたのは……召喚している時だった? それとも解いてる時だった?」


 ステアはハッと気が付き、色々と思い返していた。キリムと行動し、召喚されるかされないかに関わらず傍にいた日々の中、どのタイミングで血を貰ったのかなど覚えていない。


 その時々に受け取った血は一体どうなるのか、そんな事は考えてもいなかった。


「どちらの時もあっただろう」


「キリム、ステア。召喚士に求められる事と、主に求められる事はイコールなのか?」


「どうなんだろう、分からない」


「俺達クラムは自身の事を何でも知っている訳ではない」


「つまり、分からない、と」


 キリムは悩んだ末、左腕を押さえていた右手のひらを放し、もう少しと言ってまたマグカップに血を溜め始めた。


「もう1つ、何でもいいのでコップはありませんか」


「あるわ、ちょっと待って。サンちゃん、ゴジェさんをお願い」


 ミサが炊事場に向かい、今度は透明なガラスのコップを持ってくる。キリムはマグカップに溜まった血を半分ほどガラスのコップに分け、ステアに差し出した。


「ステア」


 ステアはマグカップを受け取り、ゆっくりと飲み干した。ステアの喉が血を体内へと送る。効果はあるのか、それとも無いのか……表情豊かではないステアには、訊ねなければ分からない。


「どう?」


「以前と何か変わった様子はない」


「分かった」


 キリムは少しがっかりしたものの、今度は腕輪に念じてステアを召喚状態にする。


「召喚された状態で飲んでみて」


「……分かった」


 透明なコップに入れられた血をゆっくりと受け取り、ステアはそのまま口に流し込んだ。喉が1度鳴り、そして2度目に鳴った時、表情豊かではないステアの目は、珍しく大きく見開かれた。


 ステアはそのまま一気に飲み干すと、コップを手に持ったまま静かに目を瞑る。


「……これだ。そうか、俺達は自身の事を知らなすぎた」


「どういう事? 説明してくれる?」


「ああ」


 ゴジェはまだ目を覚まさないが、ステアは皆の顔を見ると、今感じた違いと、自身が立てた仮説について語り始めた。


「最初はキリムの血である事に安堵した。勿論力を感じたが……それだけだ。2杯目は……どう言えば分かって貰えるだろうか。施しではなく褒美と感じた」


「召喚していない時は施し、召喚している時は……褒美?」


「察するに、俺達が必要なのは召喚に応じた事への褒美だ。つまり、召喚士から受け取るのではなく、俺達を求める召喚主の血なんだ」

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