CHANCE-05(063)


「ほらこれも!」


 追加で渡されたコートはグレーで裏地に赤いチェック模様が入っている。白黒まだらになったファーが首回りから裾まで続き、ボタンを留めると胸元のファーがお洒落だ。それにやや股上が短いローライズの黒いパンツに、バックルが大きい白い革のベルト。


 ヨレヨレの半袖シャツからの進化が大きすぎる。


「あれ……ちょっと、小さいかな」


 まずは黒のパンツを履き、そして着ていたものを脱いでピンクの半袖シャツを着ようとすると、ウエスト周りは余裕があるのに、胸や腕がきつい。


 採寸結果は伝えられているはずだが、顔立ちや召喚士という職業から細身と思われていたのかと、試着のドア越しにゴジェに服が入らない旨を伝えた。


「あら、顔のすっきりとした感じとは違って意外とガッシリしているのかしら? 1つ上のサイズをお持ちしますね。ドア開けて大丈夫かしら?」


「あ、はい、今脱ぎます」


 そう返事をし、キリムは脱いだものを綺麗にたたむ。試着室のドアを開け、代わりのシャツを持ってきたゴジェはキリムをまじまじと見て、細身な体ながらしっかりとついた筋肉に仰天した。


「凄く良い体! お尻もお腹もきゅっと細いのにその胸板! そうね、細身で引き締まってるけれど、それだけ胸や腕の筋肉がちゃんとしていれば、動かした時に窮屈かもしれないわ。シャツも入らないでしょうから、こっちのサイズを試して?」


「あ、はい。分かりました」


「あーんもう! 着替え終わるのが楽しみよ! もっと色んな服着せたいわ! ミサちゃん、そっちはどう?」


「みんなスタイルがいいわ。やっぱり若い旅人って体が引き締まってるし、絶対におしゃれするべき。ゴジェさんがいつも言ってる事、間違ってなかった!」


 赤いタートルネックに、白黒のチェックのスカートを穿いたリビィは、茶色いロングブーツを薦められている。サンはタイトなジーンズに踵が高い黒いショートブーツ。ゆったりとした白いセーターが良く似合っている。


「2人とも、可愛いね」


「え、ほんと? ほらマルス! キリムは可愛いって言ってくれたわ!」


「可愛いを押し付けんなよ」


 ムスッとして返事するマルスは、窮屈にならない程度の茶色いジャケットを羽織り、革のパンツを穿いている。ブリンクは白に黄色の十字が入ったパーカーを着ていて、皆が雰囲気に合ってはいるものの、いまだかつて見たことのない恰好をしていた。


「着替え終わりました、どう、ですか?」


 ステアとワーフとエンキ以外はもう選び終わったようだ。最期に試着室を出たキリムはとても恥ずかしそうにチラリと視線を上げた。


「あたしの見立てに間違いはなかったわ! シャツは胸の下のボタンを2つ閉めて……そう! 胸板の厚みがいやらしくない程度にしっかり映えるわ! さ、こっちのブーツを履いて!」


 ゴジェに言われるがまま厚手の黒いブーツを履くと、そのまま鏡を見たキリムもビックリするほど見違えた自分がいた。


「こ、こんなかっこつけ過ぎたら逆に恥ずかしいよ……」


「何言ってるの、ここに置いているのは普通の人向けのカジュアルなものばかり。君が着るから映えた、それだけよ。服はね、どんな人でも合う着方をすれば引き立ててくれるの」


「はい……じゃあせっかくだし、これ一式いただけますか? えーっと……金額、が」


 普通の店とはいえ、デザインや手触り肌触りで良質な事が窺える。案の定、値札に書かれた数字はそれに見合うものだった。


「コート、2000マーニ、シャツ、1000マーニ、インナー……500マーニ、ズボンが1200マーニ……ブーツ1500マーニ……うん、流石に買えない」


「何を言ってるの! あたしが勝手に呼び込んで着せたってのに、定価で売るわけないじゃない! 6割引きよ! 原価とミサちゃんのお給料分だけ! あたしの技術料とお給料と店の家賃光熱費はいただきません」


 見ると、手持ちが厳しいながらもマルス達は購入を決めたようだ。


「確かに滞在中の服は必要だよね。この値段なら、たぶんその辺で適当に買っても同じくらいする。その分稼がないと」


 そう答えた事でゴジェとミサはニッコリ笑い、そして次にエンキとステアの服を探し始めた。


 ステアは赤が好きだと伝えていたのか、キリムのコートの色違いで深紅を選んでいた。中には大き目のカットソーと、その下には白いシャツと真っ赤な細いネクタイ。


 カットソーがちょうどよいサイズなのだろう、シャツを着ていても胸筋がうっすらと強調されてスタイルが際立つ。


 パンツはキリムと同じく黒で、聞けばこのパンツもキリムとお揃いのサイズ違いだという。ややグレーがかった細めのハーフブーツを穿けば、周囲を圧倒する程の際立つハンサム男の出来上がりだ。


 エンキは鮮やかな赤と黒のグラデーションのパーカーに濃紺のジーンズ、黒いハーフブーツは大きめでバランスが良い。


「俺、自分の恰好って気にした事なかったんだ。生まれ変わったような気分だ」


「やっぱり素敵! あなた達に声を掛けて本当によかったわ。それで、その……エンキちゃん、どうかしら」


 ゴジェはエンキに対し、心配そうに声を掛ける。どうやら何か相談事があるようで、エンキはキリム達に手を合わせた。


「わりい! 滞在中、ゴジェさんが泊まり込みで鍛冶をやってた時の工房を使っていいって言ってくれてんだ。その代わり……」


 その代わりという事は何か条件付きなのだろう。新しい服に浮かれている面々はその条件が何か、次の言葉を待っている。続きを話し始めたのはミサだった。


「今日のその恰好を写真に撮らせてもらえないかな。店の宣伝のために」


「宣伝?」


「ええ。この町の事、どう思っているか分からないけど、冬が長い厳しい環境で、更には魔窟目的で集まる旅人も多くて、殺伐としているの」


「おしゃれなんて二の次。もちろん旅人さんにとって荷物は少ない方がいいし、仕方がない事ではあるの。でも……住民ですら自分がどう見えているか、この町がいかに雰囲気の悪い町か……気にしなくなっている。あたしはそんなこの町を変えたい。身近なところからこの町を素敵な町にしたいの」


 ゴジェの目は真剣だ。まるでエンキが防具製作を語る時のような、職人の目をしている。


「写真くらいいいわよ、それにエンキには工房も必要だわ。ホテルや宿屋に採ってきた素材を置く訳にもいかないし、工房だって今の話じゃ借りられそうにないわ」


「そうだな。エンキが作業できる環境は必須でもある。ただ……キリムとステアはいいのか?」


「そっか、キリムは召喚士だ、資質が高い奴だって騒がれてんだよな。ジェランドみたいに召喚士お断りの土地から目を付けられる可能性も……」


 キリムは言われて少し悩んだが、エンキの為ならとモデルを承諾した。ゴジェが早速三脚と写真機を出してくると、6人と2体が店の前に並ぶ。


 流石にワーフ用の服は普段のままだ。特殊なサイズになるため、揃えられなかったのは仕方がない。数枚の写真を撮り、個人1人ずつ更に何枚か撮り終えると、ゴジェは満足したように微笑んだ。


「あたし、鍛冶屋をやめてこの店を始めたの。普通の服を一生懸命合わせて、それを鏡で見て自分に自信を持って微笑む、今までいなかった自分になれる、その一瞬をみんなに知ってほしくて」


「私はゴジェさんを昔から知ってたの。その、ゴジェさん昔は男らしさを装わないといけなくて……。よく私の両親が経営する雑貨の店の前で、羨ましそうに人形を眺めてたから」


「もう、やめてよその話、恥ずかしいじゃない」


「へへっ。まだ私は15歳くらいだったかな。ゴジェさんのお父さんは有名な鍛冶師だし、ゴジェさんのことも聞いたことはあって。20歳くらいの男の人が実はこんな可愛いものを好きで、それを辛そうに我慢して見てるなんて可哀想だなって、そう思って声を掛けたんです」


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