CHANCE-04(062)
「おい貴様。我が主の肩をいきなり掴んでどういうつもりだ」
ゴジェの行動に、ステアが強く抗議する。だがゴジェはステアの顔を見上げると、更に目を輝かせて腕を握った。
「あなたも! 装備を着ていてもわかるわ、お洋服が映える体、服に負けない姿勢の良さと顔立ち! お願い、1時間でいいの、あたしのお店で話を聞いて頂戴!」
ゴジェは腰を90度に曲げてキリム達に頭を下げる。一体何が目的なのかさっぱり分からず、キリムもエンキも困惑している。ステアの表情からは残念ながら何も読み取れない。
「え、何? やだ体狙い?」
「あー……そういう事なら私達は先に行くわね。ごゆっくり」
リビィとサンが早とちりをし、要らぬ気を利かしてその場を去ろうとする。婿入り前のキリムとエンキが傷物にされても構わないのか、助ける気はないようだ。
ゴジェは肝心な事を伝えていなかった事に気づき、ミサを横に立たせて理由を話し始めた。
「ごめんなさい、あまりにも感動が大きかったから。あたしはゴジェ・アークストロング。こっちはミサ・ユニア、あたしのお店の従業員よ」
「お店の従業員……」
「ああ、変なお店じゃないのよ! ブティックで、いろんな服を売っているから、是非採寸させてほしいの。お店にある服を実際に着て、あたしのイメージと合わせて貰いたいの!」
「つまり、キリム達をモデルにって事?」
リビィの問いかけに対し、ゴジェはしっかりと頷く。ミサはリビィを言いくるめ易いと判断したのか、キリム達ではなくリビィとサンに対して提案を付け加える。
「もちろん、私が着ているのもブティックの服だし、ゴジェさんが作ったものなの。あなた達も良ければ着てみない? いろんな町から収集した情報で、可愛い服も揃えているから」
「可愛い服!」
「決まり! 行きましょ!」
リビィとサンは即断し、キリム達がどうなろうがついていく事を決めた。男達、それにステアとワーフはまだ戸惑っていたものの、エンキは頷き、そして一緒に行くと言って歩き始める。
「いろんな服があって、あの人が作ってるって事は、デザインについて色々話を聞けるかもしれねえ。服を着たいんじゃなくて、今後の製作の参考になるなら何でもやってみたい」
「そういう事なら……当初の趣旨から外れてはいないし、行ってみようか」
「好きにしろ。お前がいいなら俺は構わん」
「おいらも人が作ったものを見るのは好きだ。エンキと一緒に行くよ」
声を掛けられていないマルスとブリンクはどうするか悩んでいるようだ。そんな2人に対し、ゴジェはニッコリと微笑んだ。
「あなた達の背格好のモデルさんは既にいるの。それに2人はお客様に多いタイプの体型でもある。あなた達にふさわしい服がきっと見つかるから、是非いらして?」
ベテランの旅人が多い町は、鍛え上げられた者も多くなる。マルスのように身長は標準でも、体格が良い事など当たり前になる。反対に、旅人でない若者は細く、ブリンクのように華奢な者が多い。
この町に多い体型をしているマルスとブリンクはメインターゲット層であり、キリムやエンキは平たく言えば趣味の世界なのだろう。
「まあ、この町に暫く滞在するのなら……コートの1着も持ってないとな」
「そうだな。どうせ後で調達しようと思っていたんだから、ふらっと見知らぬ店に入る事に比べれば悪い話じゃない」
* * * * * * * * *
ゴジェの店は歩いて1分も掛からない通り沿いにあった。建物自体は他所と変わらない色合いと造りだが、ショーウィンドウは造花や花の絵で飾られ、花屋のように明るく鮮やかな雰囲気だ。
横に5メルテ、奥行き10メルテ程の店内は、白い壁と炭のように黒い木板の床が落ち着きを感じさせる。背丈より低い棚やテーブルには、男女それぞれの服が所狭しと置かれていた。
「ミサちゃん、こちらの可愛いお嬢さんと、素敵な殿方達の服をお願いね。そして……あらやだ、こちらの……えっと、ウサギちゃんは」
ゴジェはエンキの横にいる見慣れない姿のウサギ男に初めて気が付いた。この世界にはウサギもウサギ頭の魔物もいるが、人と共に行動する2足歩行のずんぐりむっくりウサギはいない。
「おいらワーフ! あ、そうだ、そうだった! おいらエンキに渡したいものがあった! 服を見た後でいいから着てみてくれないかい?」
「え、はい! 喜んで!」
ワーフときいて、ゴジェは目を丸くし、口元を両手で可愛らしく覆う。
「クラムワーフ様! あらやだ、もしかしてそういう事!?」
「クラムワーフはおいらの事さ! こっちは弟子のエンキ!」
「まあ、お目にかかれるなんて! あたし、以前は鍛冶をしていたの。よく祈りを捧げておりました。という事は、あなたも鍛冶師さん?」
「え、ああ、はい。ゴーンでジェインズって武具店に」
エンキは軽い自己紹介のつもりだったが、ジェインズの名に心当たりがあるのか、ゴジェは顔全体を手で覆い、そして笑い始めた。
「うふふ、うふふふ! うふふふふ! こんな所でジェインズの鍛冶師さんを知る事になるなんてね!」
「イサさんをご存じなんですか?」
「ご存じも何も、先代はあたしのママの弟さんよ! イサちゃんはあたしの従姉だもの」
「えええっ!?」
予想していなかった展開に、エンキは大声を上げ驚く。鍛冶の経験があり、更には共通の知人がいる事ですっかり打ち解けたゴジェとエンキは、ワーフを巻き込んで採寸もそこそこに製作談義を始めてしまった。
「あー……俺達どうしよう」
「帰るか」
「帰らないよ。せっかくだし服を見てみようか。どんな格好が好き?」
「プレートが厚くなく、動きやすいものがいい」
「普通の服だってば。軽鎧じゃないから」
「見当がつかん。お前が先に選べ……いや、俺が選んでやろう、お前の服のセンスには不安がある」
「いい加減に革鎧の頃のイメージ捨ててよ」
旅立ちの際の革鎧は、今考えると確かにひどいものだった。ステアに言われるまで忘れていたキリムは、ミスティにいた頃の事を懐かしんでため息をつく。
「これなんてどうかな」
キリムはあまりよく考えず、なるべく控えめで色味の少ない長そでのパーカーを手に取った。薄いグレーで、無難を選びたがるキリムらしいチョイスだ。
「あー駄目駄目! 何してるの、こっちにいらっしゃい! エンキちゃんにあなたの身長も胸囲も腕の長さも全部聞いたから、あたしが選ぶわ」
装備談義をしていたはずのゴジェは、服を選び始めたキリムを慌てて止めに入った。世間話や専門の話をしているのかと思ったら、エンキが5人を採寸した際のデータを共有していたようだ。
吊るされた服を探し始めると、ゴジェは真剣な顔つきになり、今までの乙女のようなふわりとした感じがなくなった。
「あ、あの……俺はそんなに派手なものは」
「黙ってちょうだい! エンキちゃんから聞いたわよ? 夏前に買った首元ヨレヨレの半袖シャツしか持ってないらしいわね」
確かにその通りなのだが、キリムはギロリと睨まれて何も言い返せない。ステアの方をチラリと見るが、キリムの私服姿には何か言いたい事があったようで、助ける気はなさそうだ。
「キリムちゃんは、派手ではないけれど整った顔なだけに、どんな服でも誤魔化せちゃうの。だからこそ真のお洒落をすればもっと輝けるわ! 幸い、あたしが作った服が揃うここならそれが出来る! さ、これを着てちょうだい!」
「え、シャツから、全部?」
「そうよ、あとは靴ね。靴はある程度シルエット見て決めてあげるわ、お洒落は靴で決まる! さあ試着してきて。大丈夫、一度着たら買い取れなんて言わないから」
キリムは渋々といった様子で試着に向かう。手持ちの心配はそこまでしていないが、ピンク色の半袖シャツと、黒地にシルバーで刺繍された、大き目の花柄が模様となっている厚手のシャツを見ると不安になる。
はたしてこれを着こなすことが出来るのかと、お洒落初心者のキリムはたじろいでいた。
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