CHANCE-03(061)
サンがふと柱の陰に隠れきれない何かを見つけた。その何かを見つけ驚きはしたものの、サンの表情は急に和らぐ。警戒する必要はないと判断し、そして半笑いでエンキの袖を引っ張った。
「あの柱、後ろの。どう見ても……クラムワーフなんだけど」
「ワーフ様!?」
サンから教えられ、エンキがすぐに振り向くと、柱の陰に隠れているつもりなのか、麦わら帽子のつばと長い耳が丸見えになっている。間違いない。
「あれ……何やってんだ」
「さあ、でも俺達に用事がありそうではあるよね」
「隠れてこっちの様子を見てる……つもりなんだろうけど」
「無理があるな」
「ワーフ様!」
エンキは急いで駆け寄り、柱を回り込んでワーフのふわふわした手を取る。ワーフは一瞬驚きというよりは嬉しそうな顔をしてから、すぐに威厳を保とうと真面目な顔を作った。
「やや? エンキじゃないか! こんな所で偶然だね、ノウイに着いていたとは驚きだ!」
「はい! 今ちょうど着いたところです。こんな所でお会いできるとは、偶然とはいえ嬉しいです」
満面の笑みで再会を喜ぶエンキは、もはやワーフがバレバレな嘘をついているかどうかなどどうでもいい。「見つかってしまった」ワーフも、とても嬉しそうな顔と澄ました顔の切り替えがうまくいかない。
皆もワーフのもとに駆け寄って来るが、周りの者達も一体何事かと6人と得体の知れないウサギ男に注目し始める。ここで更にキリムにまで気づかれたなら、この場はきっと騒動になるだろう。
実力がモノをいうノウイにおいて、なるべくそれは避けたいところだ。
「ね、ねえ。どこかに移動しない? 目立っちゃうし」
「そうだね、どこかゆっくり話せる場所に移動し……あれ、ステア?」
キリムがここから出ようと皆を促そうとしたところで、キリムはそのまたすぐ近くの柱の後ろに、赤いマントが覗いているのを発見した。会話に耳を澄ませていたのか、キリム達へ視線は向けず、柱に背を預けている。どう考えても偶然ではない。
「ステア」
「キリムか。こんな所でどうした」
「いや、その言葉そっくりそのまま返そうと思う」
「俺は……ただワーフについてこいと言われただけだ」
ワーフと違い、ステアは感情を面に出さない。けれどキリムの顔を見ながらではなく、視線はキリムとは反対の方へ向けられていた。ステアなりに偶然を装っているのは丸わかりだった。
「調子はどう?」
「問題ない」
「あの……さ。1週間くらい前、助けに来てくれただろ。あれからステアがきつくなってないかなって」
「問題ないと言っただろう」
ステアは、今度はしっかりとキリムの顔を見て返事をした。嘘ではなく、本当に問題がないのだろう。その見た目は一度コンビを解消した時よりも随分と威厳に満ちている。
「そっか、良かった」
「ワーフの奴、エンキに会いたいからと、俺にキリムの許へ瞬間移動しろと言ってきた」
「ああ、お使いなんだね。やっぱり偶然じゃなかったんだ」
キリムは苦笑いし、そしてあまり思いつめた様子でもないステアにホッとした。ワーフを送り届けるだけでなく一緒にキリム達を待っていたのなら、何か良い報告があるのかもしれない。
「ねえ、少し近況報告もしたいから、話できないかな」
「いいだろう。俺の方も少し気になる事があってな。確かめたいと思っていたんだ」
カーズの影響はあっても、傍に近寄るだけでは問題がないのか、ステアはキリムの背を押し、皆の所へ戻るように促す。6人と2体が揃ったところで、ますます目立ってしまう状態だ。
「なあ、あの2人って……」
「あの金髪男、噂に聞くクラムだよな」
「つう事は間違いねえ、あの召喚士だ!」
「何だ? あのウサギみたいな奴は」
案の定、キリムやステアの事を知っている者がおり、協会内はざわつき始める。この数か月のうちにイサの店ジェインズを訪れていたなら、ウサギ男がクラムワーフだと知っている者もいるだろう。
一同は逃げるように協会から出て、どこか落ち着いて話が出来る場所を探し始めた。
「港の近くには鍛冶屋街もあるらしいし、当初の目的を考えるならそっちを散策しながら座れる場所を探してもいいね」
「そうだな。しっかし、なんとなく町並みが殺風景っつうか飾り気ねえよな」
「冬の期間が長いし、町を飾るって発想がないのかも。どうせ雪で真っ白になっちゃうし。観光地というより武骨な旅人が多いから、華やかで綺麗な町並みも求められてなさそう」
白や灰色の壁、僅かに軒先がある程度の無機質で四角い家々。屋根に傾斜があるのは冬に雪の重みで潰されないためだ。
どの建物にも屋根に上るためのタラップや足場があり、冬場は毎朝雪かきのためあちこちの家の屋根に人がいる光景を目にすることが出来る。
「ところで、ワーフ様。背中に大きな荷物を背負っていらっしゃいますが、何か材料でも買いつけに来られたのですか?」
「えっ? あっ、そうだった! おいらエンキに渡したいものがあるんだ!」
「そんな重そうなもの忘れる……?」
リビィがクスリと笑い、いずれにせよ場所が必要だと辺りを見回す。
その時、ふと6人+2体のやや前方で盛大に何かを落とす音がした。石畳の道はその音をよく反響させ、金属音が通りを駆け巡る。
「あの人、何か落としたけど大丈夫か?」
「俺達見て……驚いたっぽいな。つうことは俺達のせいか」
背の高さはステアほどあるだろうか。青いセーターの上からでも、太っているのではなく明らかに筋肉質だと分かる体型、短く立てられた黒い髪。
そんな大男が落としたであろう荷物を拾おうともせず、両手で口元を覆って立っている。
「そんなに落としたらまずいもんだったのか」
「いや、音からしてそうだろ」
「その割に、じっとこっちを見てるよな。クラムワーフの長い耳を見てるか、それともキリム達を知ってるか」
大男はこちらを見て固まったまま、こちらもそのまま進んでいいのかを躊躇い立ち止まったまま。幅数メルテ程度の路地は他に通行人もなく、この先はすぐお目当ての鍛冶屋街がある。
大男を避けて回り道をしようか、そうマルスが提案した時だった。
「ゴジェさん! お荷物落とす音がしたけど大丈夫ですか? もう、歩くの速いんだから……って、どうしたの?」
大男をゴジェと呼ぶ声がし、後ろから小柄で細く若い女性が小走りで駆けてくる。
この町にしては珍しい、ふんわりとした丈の長い赤黒チェックのスカートに、襟元の大きな薔薇の刺繍が生える茶色のロングコート。
茶色い巻き髪に、黒のタートルネックに黒いブーツと、明らかにお洒落を意識している装いだ。
「ミサちゃん、あたし、出会ってしまったわ。とうとう出会ってしまったの!」
「誰にですか? もしかして……あの方たち?」
ゴジェは低く良く通る声で、ミサと呼ばれた小柄な女性に答える。キリム達に何か用があるのだろうか。その口調に対し、真っ先に違和感を口にしたのはリビィだった。
「いま、あの人……あたしって言ったよね」
「というか、所作や口調が女の人っぽいよね」
「え、でも完全に男の人だよな」
「世の中色んな人がいるさ。ベンガにはそういう男性が接客をするバーもあるよ。大人気なんだ」
ステアは目の前の大男が何であろうと興味なさげに腕を組んでおり、ワーフはどうしたのかと耳と共に首を傾げている。クラムにとって、人の性別や口調など何の意味もない。
そうしてこちらがどう出たら良いのかと躊躇っているうちに、ゴジェは落とした荷物を拾いもせずこちらへと駆け寄って来た。
近づいてくるとやはり背が高く、ステアとは違った威圧感がある。もしかして何か悪い事でもしたのか……そう思ってサンが視線をそらし、身構えた時だった。
ゴジェの太い腕がサンの顔のすぐ右横へと伸ばされ、そして後ろにいたクラムワーフでもなく……キリムとエンキ、それぞれの肩が掴まれた。
「あたしの理想! ああ、とうとう見つけたわ!」
「えっ、な、何ですか?」
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