CHANCE-08(066)
マルス達の意見を聞く限り、エンキの素材集めはマルス達が担当してくれるのだろう。それはつまり、キリムは強くなる事に専念しろということだ。
「マルス、俺の代わりに言ってくれてありがとう。みんなも、ここまで一緒に付き合ってくれて本当に助かった。俺はステアと一緒に魔窟や周辺の魔物を相手にする。もちろん、何かいいものを見つけたら渡すよ」
「現実的な話、俺達とキリムの目指す場所は違う。俺達がキリムのペースに合わせるのは限界があるんだ。俺達はエンキの装備製作を手伝うという当初の目的のために動く、そして装備を作ってもらって、次のステップに向かう」
「俺はジェインズの専属鍛冶師だから、イサさんの承諾なくして売る事は出来ない。でもイサさんの説得は任せてくれ。キリム、お前の装備も必ず」
エンキが両手の拳を突き合わせてやる気を見せると、気を失っていたゴジェがようやく目を覚ます。途中から会話が聞こえていたのか、ゆっくり体を起こすと、頭を押さえながら協力を申し出た。
「……イサちゃんならあたしに任せて。工房は好きなように使っていいし、みんなの作戦会議の場にしてくれて構わないわ。こんなにワクワクする出来事を見逃せないもの」
「ブティックゴジェが全面協力するわ。装備の強度については関われないけど、刺繍やデザインなら私達も力になれる」
「ゴジェさん、ミサさん、有難う。こんだけ協力者がいて泣き言なんて情けねえ、必ず最高のもんを作る」
「おいらもいるから何でも言っておくれ。あの、それで、おいらが作ったエンキ用の装備と、その……ゴーグルがあるんだ」
やっと渡せるタイミングが来たとばかりに、ワーフがエンキ用の装備を麻袋から取り出す。艶消しされた赤い軽鎧と小手・足具の一式と銀色のゴーグルはエンキのイメージにピッタリだ。
「貰ってくれるかい? おいら、エンキのために作ったんだ」
「嘘だろ、えっ? ワーフ様……こんな、俺こんな素晴らしい品を頂いていいんですか?」
「おいらの弟子の命はおいらが守るんだ。ゴーグルをかけておいらの事を呼んでもらえたなら、すぐに駆け付ける。その……おいらの事、呼んでくれるかい?」
モジモジしながらエンキに召喚を「おねだり」するワーフに対し、ステアは少し驚いていた。
ワーフが作品や作品の製作者に興味を示したことはあったものの、ここまで執着し、「主として認める証」であるゴーグルを渡すなど、今までならありえない事だ。
エンキはそれがステアからキリムに渡された腕輪と、全く同じ類の物である事に気づいていない。ただとても大切そうに抱きしめ、嬉しさのあまり目元が光る。
「ワーフ様……ワーフ様の加護を感じながら鍛冶に取り組むことが出来ます! 有難うございます!」
エンキが礼を述べると、ワーフは照れる子供のようにキリムの後ろへと隠れた。これではどちらが神なのか分からない。
「明日は魔窟について情報を集めましょ。キリムは来たら大騒動になるから、実際に現地の様子でも見てきて」
「大騒動……うん、そうだね、有難う。別行動をしても、もう少しパーティーでいさせてもらえるかな」
「勿論よ! 通りすがりの船だもの!」
リビィが偉そうに腰へと手を当て、胸を張る。マルスはそんなリビィの発言をあからさまなため息の後で訂正した。
「通りかかった船だろ」
「……えっ、2人とも本気で言ってる?」
「乗りかかった舟だよ、どこで覚えたんだ……まさかキリムも」
サンが驚愕の表情でリビィとマルスの顔を見て、ブリンクが心配そうにキリムへと振り返る。そのまさかがありそうなのがキリムだ。
「あー……えっと、ミスティには船がなくて。あ、でも大丈夫! 乗った事はないけど港で船は見たし、1人で乗れると思う」
何が分かっていないのかも分からないキリムの珍回答に、流石にリビィやマルスも固まる。
「んーよし、分かった。間違えるよりはそもそも知らないって方がまだ救いが……いや、ないな」
「まあボナスゴ山脈の万年雪の最高峰を指さして、あの山だけまだ冬なんだねって言ったキリムだし」
「海の魚は最初から塩味がするからお得だね! って言ったキリムだし」
皆は旅の道中でキリムが発した迷言を引き合いに、仕方ないと納得する。横にいるステアが何も言わないのは、正解を知らないせいだろうか。
キリムは何がおかしいのか分からない様子で首を傾げ、皆が何がおかしいのかを教えている。そんな中、エンキだけは真剣な顔をして腕を組んでいた。
「エンキちゃん、どうしたの? お腹が痛い?」
「あ、いや……ちょっと考えてたんだ。お前らがいい奴だから気づかなかったけど、旅人って馬鹿でもなれるんだなって」
* * * * * * * * *
「いい? もう少し愛想を覚えるべきなの」
「別に困らん」
「それはキリムが後でフォローを入れてるからよ。本当は優しいんだとか、クラムだからとか」
「事実だ。何が問題というのか」
今まで何の問題もなく旅してきたとはいえ、いざ1人+1体で単独行動をさせるとなると、心配になるのがパーティーというものだ。
けれど、今更キリムに世の中を教えるのは時間がかかる。
そこでリビィは考えた。
ここは見た目の威厳で何とかなりそうなステアに協力させるしかないと。
「あー……えっと、自分が使役するクラムが色んな人に好かれたら誇らしいの。いろんな人にかっこいいとか、頼りになるとか、優しいとか言われたらキリムが嬉しいの」
「武神だぞ。俺はキリムさえ認めてくれたらいい。他人の評価なんぞ知らん」
キリム以上に難しい相手だと気付いたのはつい先ほど。ブティックゴジェの帰り道、辺りも暗くなり始めた夕方の事だった。
「あーもう! 分からないかなあ、分かるよね? キリムはあなたを良く見せようと必死なの。応えるのがクラムでしょ? ね?」
「ふん……一理ある」
キリムがステアの事をカッコイイ、良いクラムだと周りに思わせたいのなら、それに相応しい態度を取ることはやぶさかではない。
ステアはリビィの言葉に頷き、何をどうすればいいのかちっとも分かっていなかったが、自分なりに良く見せる事を承諾する。
とその時、目の前を歩く幼子が、背中のリュックサックから小さなクマの人形を落とした。
「ほら、今あの子がお人形さん落とした! 拾って優しく渡してあげたら好感度アップ!」
「気付いたならお前が拾えばいい」
「いや、違うの、そうじゃないの。ステアが良い人だって思われるチャンスなの」
「あの子供の不幸を利用しようとは思わん」
「あーもう、何で分かんないかなあ」
リビィはとりあえず駆け寄り、人形を拾う。そして女の子に声を掛けると人形を強引にステアへと渡した。
「ほら、渡してあげて! ちゃんと優しく」
「おい貴様」
「違う!」
女の子は背の高い大男を見上げ、驚きと恐怖で固まっている。女の子を連れている母親も、この状況をよく呑み込めないようだ。
ステアは当然のように女の子を見下ろしている。残念ながら1から教えている訳ではないため、目線を合わせましょうなどと言っても今更だ。
「あー……ごめんなさい、このお兄さん怖そうに見えるけど優しいの。照れ屋さんだから、声を掛けづらかったみたいで。お人形を落とされましたよね? ほらステア。渡してあげて」
「おい……子供。落としたぞ」
おもむろに人形を差し出し、子供は怯えながらも恐る恐る受け取る。有難うと言いたいのだろうが、怖さで言葉が出てこない。
「そこでニコッと!」
「心にもない表情などできん」
「じゃあせめて会釈! あーえっと……あ、足元にキリム!」
訳の分からない指図だが、キリムという言葉には敏感だ。そんな筈はないと思っていても、咄嗟に視線は首の動きと共に足元へと移る。お辞儀に見えなくもない。
傍から見れば0点でも、幼い子が帰り際に手を振ってくれた事で、リビィは全てをやりきった顔のままキリムへと振り返った。
「どう?」
その満面の笑顔を見ながら、キリムは悲しそうにため息をつく。
「愛想についてずっと今まで散々色々と言ってきた結果が、今のステアなんだ。大丈夫だよ、俺がいるし」
「……キリムが大丈夫じゃないから、私がこんな無駄な努力をしたのよ」
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