HAGANE-08(056)
「やっぱり旅人っつうのはこういう事慣れてんだな。俺は街から出た事すら数えるほどしかねえからさ、色々教えてくれよ」
「ああ、えっと……たとえば寝る時とか、太陽が昇る方を向いてたら朝凄く眩しいとか」
「できれば頭を向けるか、横向きに背を向けるのがいいよね」
「急に雨が降ってきたりすると寝袋が土まみれになるから、かならず木とか岩の上にね。でも岩の上はゴツゴツするから寝にくいの」
「寝る時だけでも色々工夫があるんだなって、なんか地味なだなおい」
エンキはなるほどと頷きながら、携帯食を取り出す。
「んで? あんまり詳しく聞いてなかったけど、クラムステアと一緒にいられない事情が何か、ちゃんと聞いてもいいか?」
エンキはキリムとステアが一緒に行動しなくなった理由を詳しく聞いていない。マルス達と旅をするから、ステアが四六時中ついてくる必要がない。その程度の認識しかなかった。
「えっと、エンキは詳しく知らないし、始めから話すね」
キリムはクラムステアと出会ったきっかけから、どうやって旅をしてきたのかを話した。次第にステアが欲しがる血の量が増えていき、キリムが失神をしてしまったところまで話すと、エンキは成程と頷く。
「それって原因不明なのか? 改善方法はねえの? 今離れているからって意味があるか分からねえんだろ?」
「うん。改善と言うか治すためには、血の契約をするしかない」
「血の契約?」
「召喚士がクラムの血を飲む事で契約が成立するんだ」
「なんだ、簡単な事じゃねーか、そりゃ血を飲むなんて気持ちわりいけど、みんなそれすりゃいい事は知ってたんだろ?」
エンキはそんな簡単な事で悩んでいるのかと拍子抜けしたようだ。表面的にはそれで解決するのだが、そこからは主に精神的な覚悟の話になる。
「血の契約はただの契約じゃない。強くなれるだけじゃないんだ。簡単に言うと不老不死、負傷すれば死ぬことはあるけど、クラム化するんだ」
「クラムになるってことか? 俺だったら、ずっと鍛冶やれるって言われたら嬉しいな」
「ただの契約だったらこんなに悩まなかったよ。みんなが死んでしまった後も生き続けるのは不安だけど、ただの契約ならいつでもできる」
エンキはメリットの方ばかり見ている。不老不死なら好きなだけ鍛冶が出来る、クラムワーフと契約すれば好きなだけ教わることが出来る。そう考えているようだ。
「じゃあ、出来ないのはどうしてなんだ?」
「出来ないってのはちょっと違う。ステアは運命のクラムで、俺が契約してあげないと……消えちゃうかもしれない。だから契約する以外に方法は無い。でもその時点で俺は成長が止まる」
「あ、そっか。これ以上強くなれない、これ以上鍛冶師として成長できない、そういう事だな」
「うん。知識を増やしたり動きに慣れることはあっても、根本的な能力が伸びなくなる」
自分の成長が止まると言う事は、術者としてこれ以上は強くなれない。使役するクラムも未熟者な召喚士相応に能力が落ちてしまう。
エンキはなぜキリムが悩み、できるだけステアとの契約を伸ばそうとしていたのかをようやく理解した。
「ステアは武神だ。当然熟練度が高いベテラン召喚士向きのクラムなんだ。霊力がいくら高くても、その使い方が未熟な俺が召喚したところで真の力は出せない。今の俺とステアじゃ……きっとデルを倒せない」
「魔法も一緒なの。同じ資質でも、ベテランのファイアと私のファイアじゃ段違いだもん。どんなに強力なクラムでも術者の影響を受ける。今のキリムの召喚では不完全って事」
「だからステアを出来るだけ消耗させないようにって、つまりそういう事か」
「うん。今俺に何も影響がなかったとしても、ステアを見捨てることは出来ないから、俺はきっと……カーズを選ぶんだと思う。クラムを見捨てる召喚士なんて居ちゃいけない」
「それをずっと悩んでたんだな」
深刻な話であると分かってから、エンキは腕組みをしてじっと地面を見つめて話を聞いていた。キリムに与えられた選択肢は少なく、キリムが取るであろう選択肢は容易に想像できる。
ワーフとの接点が出来て浮かれていたせいで、エンキはキリムがデル討伐の為に旅をしている事を忘れていた。マルスは言葉が詰まったエンキの代わりに、友人としてキリムに優しい言葉をかけた。
「出来る限り強くなる、その為にノウイを目指してんだろ? それはキリムだけじゃなく俺達もだ」
「そうだね。キリムの召喚能力が上がらないとしても、その他を鍛えたら総合的な力も上がる。キリム自体の強さがステアに影響するなら、身体能力の向上は必須だ」
「確かに。ヒーラーとして見た時、キリムの体力がマルスやブリンクに比べると低い気がするの。底上げはいずれにせよ必要と思う」
「あっ!」
辺りはすっかり暗くなり、夜空を雲が覆っている。目の前には僅かな枝を集めた焚火の明かりしかない。
静寂につつまれたそんな中、10月前だというのに肌寒さからブランケットを取り出したサンの言葉を聞いて、リビィはその場に響き渡るような大声を出した。
「ねえ、それが原因じゃないの!?」
「え、原因って、何の原因?」
「ステアの召喚に必要な力がないから、ステアは血を貰っても貰っても足りないのよ!」
「それか……ステアに血を通じて体力をまわして、成長が遅れてるんじゃないかな。俺よりも動きはいいのに、確かに疲れやすいように見える」
「それよ!」
「どっちだよ」
リビィはブリンクの言葉に大きく頷く。それぞれの考えは異なるものの、どちらの考えもそれらしく聞こえる。
キリムもステアも、あるべき主従として出会ったのに、いつまでもカーズとならないせいだとばかり思っていた。その考えは間違いであって、キリムの成長が現状を解決するかもしれない。そう思うとキリムの心は軽くなっていく。
「俺、カーズのせいだと思ってた。もしかしたらこれが血の契約以外の解決策かもしれない。俺が強くなれば済むって事なら、強くなればいいんだ」
都合の良い話だが、期待できる話には縋りたくなる。そして、それなら腕力や脚力では負けていなくとも、マルスやブリンクの方がはるかに体力がある事を説明できる気がした。
「体力だけよ? ステアと2人で旅してあれだけ技術的にも能力が上がってるのに、体力だけが並みの召喚士と変わらないなんてありえないって思ってたの」
「サン、凄く良い所に目を付けたんじゃないか?」
「俺の体力を、まさかステアと分け合ってる? でも待ってよ、まだ血の契約も済んでないのにそんなはずは」
普通の召喚士は、クラムに対し血を与えるだけだ。キリムはあらゆる可能性を考えたが、ステアと一緒に時間を過ごした以上の事は思い浮かばない。
「一緒にいることで結びつきが強くなってるとか」
「ステアの血を浴びたことがあるとか」
「はっ……まさか、この剣?」
ハッとして腰に差した剣を手に取り、そして腕輪を見る。キリムはステアが腕輪を外さないでくれと言った事を思い出す。
「この剣、そして腕輪。この腕輪と短剣にはステアの血が使われているんだ。それに触れ続けたせい? いやいや、それだと主になっただけでみんな俺みたいになるよね」
「それだけじゃなくて、真の主とクラムが腕輪で繋がることが引き金だったとか」
「いずれにせよ、キリムがそう言った状態にあって体力が上がらないって可能性はあるな。飯だって結構食ってんだし」
「2人分食ってるって事か」
「妊婦かよ」
エンキの呟きに、マルスがすかさずツッコミを入れる。
「とりあえず山越えの体力を蓄える為にも、飯を食ったら早めに寝るぞ。今日の見張り当番は俺とエンキだ」
「戦えねえ分、こういうのは任せてくれ。おい特にキリム、お前は食ったらすぐ寝ろよ」
「分かったよ」
エンキが途中で仕留めた兎を器用にさばき、それぞれが携帯食と共に焼けた肉を口に入れる。キリムやリビィの水魔法でコップを満たして喉を潤すと、それぞれは眠りに、あるいは夜警につく。
キリムは、腕輪を眺め、自分が体力を分け与えているかもしれないステアに、そっと心の中でおやすみを言った。
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